表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/18

第9話 光る君、顔面で殴ってくる

翌日、午前。


源氏の君が、六条御息所邸に訪れた。


――と、正式な知らせが届くより先に、屋敷はもう分かっていた。


「……来たわよね?」

「今の足音、絶対そうよね?」

「香りが……違う……!」


女房たちが、あからさまに、ざわ…ざわ…とし始めたのだ。


(あ、なんか……芸能人が楽屋入りした時の空気っぽい……。)


紗世は内心でうなずく。


六条御息所の飾り髪は、昨日最初に試したものに決まった。


肩の前に垂らした髪を、ゆるく編んだ三つ編みにし、その編み目に小さな飾り花を、まるで自然に咲いたかのように散らす。

三つ編みの先には、控えめな色の房飾り。


動くたび、ほんのわずかに揺れる。


(うん、これは勝ち筋……。派手じゃない、でも確実に目を引く……。)


だが。


六条御息所本人は、いつもより明らかに緊張していた。


背筋はいつも通り伸びている。

所作も乱れていない。


――が。


「……お通し、してください。」


その声が、ほんの、ほんのわずかに震えた。


(震えてる……!!六条御息所が……!!)


紗世は内心で目を見開いた。


(これって……もう恋とかじゃなくて、初舞台前の緊張では……?)


紗世は、万が一に備えて六条御息所のすぐ隣に控える。


・飾り髪が崩れたら即直す

・源氏の君に聞かれたら即説明

・心臓が飛び出そうでも顔には出さない


――完璧な布陣。


そして。


(この距離……見れる……!!


平安時代のスーパーイケメン……!!


桁違いのイケメンと名高い……!!


光・源・氏……!!!)


紗世の脳内はすでに祭りである。


(教科書で読んだ男……。

国語の授業で「美男の代名詞」って言われてたやつ……。

“顔がいい”で千年語り継がれてる存在……。

現代にいたら確実にCM10本は抱えてる……!!)


御簾の外、衣擦れの音が近づく。


空気が、変わった。


香がふわりと流れ込み、屋敷の中の音が、一段静まる。


(来た……。


源氏の君……来た……!!)


紗世は、必死に平静を装いながらも、


(お願い……。

一瞬でいいから……。

横顔だけでも……!!)


と、心の中で全力土下座していた。


――この瞬間。


紗世はまだ知らない。


この「見れるかも」という軽いテンションが、

現代感覚ゆえのものであり、ここから力づくで平安時代の「基準」を突きつけられることに。


そして、六条御息所の胸の奥で

静かに、確実に、何かが芽吹き始めていることを。





御簾が、静かに開いた。


衣のすれる音。

そして――ふわり。


香。


(……あ、これは…高い。そして、上品。)


紗世は顔を伏せたままだったが、確信した。


(この人、絶対モテる。

顔以前に、もう“空気”がモテる。)


鼻腔をくすぐるのは、甘すぎず、重すぎず、

「育ちと教養と財力が全部あります」と主張してくる香り。


(あ〜〜……

これは女子が勝手に恋するタイプ……。)


見ていないのに、「雰囲気イケメン」認定が下った。


六条御息所と源氏の君は、季節の挨拶を交わし、当たり障りのない世間話を始める。


――と。


さすが、目新しいもの・珍しいものに目がないと評判の若君。


すぐに気づいた。


「御簾越しではありますが……。

 本日は、どうやら髪がいつもより華やかなご様子ですね。」


(来た。)


「あなたが動かれるたびに、

 小さな白い飾りがゆらゆらと揺れて、とても美しい。」


(よっしゃああああ!!!)


紗世、心の中でガッツポーズ。


(見てる!

ちゃんと見てる!

飾り花、仕事してる!!)


六条御息所は、少しだけ声を和らげて答えた。


「ええ。本日は、和泉に髪を整えてもらいました。」


「和泉?」


源氏の君の声が、少し弾む。


「初めて聞く女房の名ですね。

 新しく入られた方ですか?」


「ひと月ほど前に、和泉国より我が屋敷に来てもらいました。」


六条御息所は、御簾の内から静かに告げる。


「和泉。ご挨拶を。」


「……和泉?」


源氏の君が、何かを思い出したように言った。


「どこかで……ああ。

 頭中将との話でも聞いたことがある。

 確か、珍しい飾り髪を結う姫だとか。」


(あ、噂回ってる……。思ったより早く……)


紗世は深く一礼し、口を開いた。


「お初にお目にかかります。

 和泉守の娘でございます。

 和泉とお呼びくださいませ。」


そして――


伏せていた顔を、上げた。


………………


……………………


…………………!!!!!!?


(――――――――――――!?!?)




真っ白な、うりざね顔。


一重で、すっと横に流れる切れ長の目。


赤い、おちょぼ口。


そして、袖口から見える、

ふくふくと、肉付きの良い手。


(イ……イケ……メン……!?)


紗世の脳内CPUが、フル稼働を始めた。


(そうだよ!!

ここ、平安時代!!


白い顔!

うりざね顔!!

引き目かぎ鼻系の配置!!

おちょぼ口!!


美のフルコンボ!!!


そりゃそうだ!!

絵巻物の中から歩いて出てきたら、こうなる!!)


しかも。


(手、ふくふくしてるけど……


これもモテ要素だ!!


肉付きがいい=食に困ってない=家柄と財力!!

当時の勝ち組オーラ、出まくり!!


あーーー……


……一重で切れ長の目は、綺麗だな。


でも……


現代人感覚で見ると……


正直……


ちょっと……


アンバランス!!


うりざね顔が完璧すぎて!!

おちょぼ口が小さすぎて!!


ていうか!!


ここまで見事なうりざね顔、ある!?


ないよ!!

こんな瓜、スーパーで見たことない!!


そりゃあ……

他の追随を許さない美男子って言われるわ!!


ないもん!!こんな完璧な瓜!!)


――以上。


【ここまで思考時間、約2秒。】


内心では嵐のように思考が吹き荒れていたが、


外見はというと。


紗世は、にこり。


控えめで、品のある微笑みを浮かべた。


(だめだこれ……。


顔、覚えた……。


千年後まで語られるの、納得しかない……。)


――こうして。


紗世は、

「源氏物語最大の災厄(予定)」

との初対面を、無事(?)果たしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ