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第28話 戌の刻の証言

朝の都の辻を、大きく立派な牛車が通り抜けていった。

その傍らを、下人と簪職人の弟子が駆け抜けていく。


その牛車の向かう先は、六条御息所邸であった。


六条御息所邸の取次ぎ役の女房が、慌てた様子で御息所のもとへと駆け寄る。


「源氏の君が、いらっしゃいました。

それから、和泉殿に昨夜の詳細を改めて伺いたいと、源惟成殿もご一緒でございます。」


(惟成殿は分かるけど……何で瓜〈=源氏の君〉が?)


紗世は足を庇うようにしながら、六条御息所の傍に控えた。


源氏の君は惟成を促し、六条御息所の前に座らせると、自らはその横に控えるように腰を降ろした。


「今日、用があるのは惟成で、私はおまけなのだ。」


そう言って、源氏の君は軽く笑う。

惟成は静かに会釈をした。


御息所は惟成を見据え、深々と頭を下げた。


「昨夜は、当家の和泉をお救いいただき、誠にありがとうございました。

惟成殿がおられなければ、和泉がどうなっていたか……考えるだけでも身の震える思いでございます。」


その横で、紗世も深く頭を下げる。


「本当に、ありがとうございました。心より感謝申し上げます。」


「いえ。都の治安を護ることが、私の務めにございますゆえ。どうかお気になさらず。」


惟成は、わずかに照れたようにそう答えた。


そして、静かに背筋を正す。


「本日は、昨夜の状況を詳しくお聞きしたく、参上いたしました。」


その声音には、先ほどまでの柔らかさはなく、

確かな緊張を帯びた“仕事の顔”が宿っていた。




「まず、昨夜は戌の刻という遅い時間に門外へ出た理由をお聞かせください。」


「はい。取次ぎ役の方から、簪職人が来ていると聞きました。

こんな時間に、とは思いましたが……それでも門外へ出ました。」


「その簪職人は、懇意にしている職人ですか?」


「いえ。懇意にしている簪職人の“弟子”だと名乗っていました。

私は初めて見る顔でした。」


「……つまり、口では弟子を名乗っていても、確かな素性は分からない、ということですね。」


「そうなりますね。

無精髭の生えた、痩せ型の男だったと思いますが……暗かったものですから。

顔を覚えているかと言われると……自信がありません。申し訳ございません。」


「和泉殿が謝ることはありません。きっと誰でも同じでしょう。」


惟成は一度言葉を切り、静かに続けた。


「和泉殿を攫った人間は、もう一人いましたね。」


「はい。

弟子を名乗る男と話をしていた時、後ろから口を布で塞がれ、羽交い締めにされました。

真後ろでしたので姿はほとんど見えませんでしたが、男であったことは確かです。」


「それで?」


「そのまま、邸の少し先に停めてあった牛車に押し込まれました。

弟子を名乗る男も一緒に牛車に乗り込み、私の衣の裾の上に腰を下ろし、身動きが取れぬようにしていました。」


「牛車の中で、その男と会話は?」


「私を傷つけるつもりはない、と……

それから、“あるお方”のもとへ連れていく、と言っていました。」


「“あるお方”とは?」


「分かりません。

ただ、このような男たちを使い、六条御息所邸という名家から女房を攫おうとするのですから、それなりの身分のお方ではないかと……。」


「では、牛車から逃げ出した時の話を。」


「はい。

私は裾を踏まれて身動きが取れませんでしたが、暗かったためか、牛車が大きな石に乗り上げ、大きく揺れました。

その拍子に、裾を踏んでいた男が横に転がり……自由に動けるようになったのです。」


和泉は一度息を吸い、


「それで……今だ、と思い──牛車から、飛び降りました。」


「牛車から飛び降りたぁ?」


源氏の君が、珍しく素っ頓狂な声を上げる。

六条御息所は、くらりと眩暈を起こしたように身を揺らした。


「和泉殿……本当に、牛車から……飛び降りたのかい?」


「源氏の君。和泉殿が飛び降りたのは事実です。

私は、その瞬間を目撃しております。」


惟成が淡々と答える。


「……和泉、その……足の怪我は、まさか……。」


御息所が震える声で問う。


「はい。牛車から飛び降りた際に、痛めたものと思われます。」


沈黙。


紗世は内心、


(やっちまった……)


と思っていた。


令和の感覚で言えば、歩くほどの速さの牛車から飛び降りるなど、何ともない。

だが、ここは平安時代。


マンボウのような豆腐メンタル貴族が量産されている世界だ。

男一人が通ってこなくなるだけで病み、

恋の病で命を落とす者すらいる。


誘拐された時点で気絶もの。

牛車から飛び降りるなど、発想すら存在しない。


(なんか……皆して、人を物の怪でも見るみたいな目で……見てる……。)


紗世は、そんな視線をひしひしと感じていた。

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