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第20話 傲慢な美意識の裏側で


「源氏の君がお戻りになったのですか!?」


末摘花ははっとして、廊下から部屋の御簾の内へ戻ろうとした。


ガシッ。


紗世がその手を掴む。


「お待ちください、常陸宮の姫君。

姫の飾り髪は、横か後ろからでなければ見えにくいのです。」


そう言って、にこりと微笑む。


「……え……では……ここで源氏の君をお迎えしろ……と……?」


紗世は、にっこりと――しかし有無を言わせぬ圧のこもった笑顔で応えた。


「……え、いえ、でも……」


末摘花と紗世が小さな押し問答をしている間に、こちらへ近づいてくる気配があった。


「おや。姫君、部屋を移動したのですか?

いいじゃないですか。こちらのほうが明るくて、気持ちがよさそうです。」


源氏の君の背後には、反物を抱えた侍従たちが幾人も連なっている。

そして源氏の君は、廊下に立つ紗世と――その隣の人物に目を留めた。


「和泉殿。頼まれたものは持ってきたよ。

ところで……お隣の方は……?」


ふと、気づく。


薄暗い部屋の中でしか見えていなかったその姿。

波打つ髪、黒とは言い難い、やや栗色を帯びた色合い。


美人の条件からは外れる――そう言われ続けてきた髪。


だが――


「……もしや……常陸宮の姫君なのですか……?」


末摘花は大きく扇を開き、顔全体を隠してそっと顔を背けた。


だが、その仕草によって、源氏の君の目に椿の飾り髪が映る。


「……え?

素晴らしいじゃないか。髪がまるで椿の花のようだ!

垂らした髪にも飾りがあって……蔓や葉のように見える。」


紗世は一歩進み出て、静かに説明する。


「真っ直ぐな黒髪では、この椿の飾り髪は結えません。

姫君のこの髪色、この髪質だからこそ可能な、大輪の椿なのです。」


さらに続けた。


「そして、あえて廊下に出ていただいたのは――

姫君の髪は、陽の光のもとで最も輝くからです。

その姿を、ぜひ源氏の君にご覧いただきたかったのです。

いかがでしょうか?」


「いや……本当に見違えたよ!

髪だけじゃない。雰囲気まで明るくなっている。

……まさか、和泉殿。髪以外にも仕掛けがあるのかい?」


「さすが“光る君”ですね。

お召し物を、姫君のお顔立ちと肌の色に合う色へと変えたのです。」


「……!?

もしや、私に持ってこさせた反物の色味は……」


「ご推察のとおりです。

このお屋敷には伝統的で古風な色が多く、

姫君に本当にお似合いになる反物が少なかったので。」


源氏の君は声を上げて笑った。


「ははははは!なるほど。

では、常陸宮の姫君。

私と和泉殿とで、姫に似合う色を一緒に選ぼうではありませんか。」


「そ、そんな……恐れ多うございます……。」


その声には、もはや卑屈さはなかった。

ただ、目の前に立つ稀代の貴公子を前にした、

ひたすらに純粋な――少女のような恥じらいが滲んでいた。





紗世があらかじめ大まかな色味を指定していたおかげか、源氏の君が持ってきた反物のほとんどは、末摘花によく似合った。


「さすが源氏の君ですね。常陸宮の姫君にお似合いになる色ばかりです。

ですから、ここからは姫君ご自身が気に入った色や模様でお選びになってよろしいかと。」


「姫君、気に入った反物はありますか?」


「ええと……その……私、流行には疎くて……」


――まずい、会話が止まる。


「では、源氏の君。

常陸宮の姫君がどのようなお召し物を着ていたら、お嬉しいですか?」


「姫君が着て、私が嬉しくなる衣……か。

和泉殿は本当に、不思議な基準で選ぶのだね。」


――だって男の人は、“自分のために”綺麗でいようとする女性を、愛しく思うものでしょう。


「そうだな……。私は青が好きだから……これなど、良いと思うよ。」


「源氏の君にお選びいただけるなんて、光栄でございます……。」


そんなやり取りを重ね、いくつかの反物が選ばれた頃には、日も傾き始めていた。


「では、選んだ反物で姫君のお衣を、こちらで仕立てさせていただきましょう。

量も多いですからね。今日はこの辺で失礼いたします。」


そう言って、源氏の君は立ち上がった。

その隣で紗世は簪や飾り髪の道具箱を手際よくまとめ始めた。


「あの……和泉殿。」


末摘花が、控えめに声をかける。


「本日は本当にありがとうございました。

最初は、髪を少し変えただけで何が変わるのかと思っていましたが……

今は、なんだか心がとても楽に感じます。

また日を改めて、お礼をさせてください。」


「とんでもございません。

今日の飾り髪のやり方は、しの殿や他の女房の方々に、書き付けをお渡ししてあります。

もし分からないことがありましたら、私宛に文をください。」


(そういえば、最初に感じた息苦しさ。もう、ほとんど感じない…。やっぱり常陸宮の姫君の鬱屈した感情とリンクしてたのかな…。生霊やオカルトの心配はしなくて良さそう……かな。)


そうして紗世は、末摘花邸を後にした。


 


帰りの牛車の中で――


「ご苦労だったね、和泉殿。

それにしても……末摘……いや、常陸宮の姫君が、ああも変わるとは。正直、驚いたよ。」


「常陸宮の姫君は、もともとお綺麗なお方ですよ。

ただ、『真っ直ぐな黒髪でなければ美ではない』という、傲慢な美意識が、姫君の美を曇らせていただけなのです。」


「傲慢な美意識……か。ずいぶん手厳しいね。」


「『こうでなければならない』『こうあるべきだ』『それ以外は認めない』

そうした考え方は、美の在り方を狭めるだけです。

より多くの美しいものを感じたいのなら、様々な美の形を認めなければなりません。」


「…………和泉殿は、今いくつだったかな?」


「私ですか?12でございます。」


「とても、年下と話している気がしないのだが。」


――精神年齢は21+12、ですけれど。


「年下相手に『年上とは思えない』などと思われぬよう、日頃の言動にはお気をつけくださいませ。」


その瞬間――


「ぶふっ!」


「……ん゛ん!」


牛車の外から、吹き出す声と、慌てて誤魔化すような咳払いが聞こえた。

おそらく、惟光と惟成――あの親子だろう。


 


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