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第1話 本に潰されて、畳の上

『源氏物語』。

それは、世界最古の長編恋愛ドラマである。

主人公・光源氏をめぐる愛と嫉妬、貴族たちのドロドロを描いた──つまり、千年前の恋愛リアリティショーだ。


その日、泉紗世いずみさよは大学の図書館にいた。

卒論の資料を探して、古典解釈本を三冊抱えている。


一冊増えるたびに、腕にずしん。肩にずしん。

文学の重み、物理的にもずしん。


紗世は地方のFラン大学の文学部生。だが文学が好きなわけではない。


理数系が壊滅的だったため

「国語なら点取れるし、まぁ……文学部でいっか。」

という、ノリと消去法の産物である。



しかし、そんな適当な選択にも光はあった。

ゼミの教授が脱線して話す「平安の風俗」ネタが妙におもしろかったのだ。


平安貴族がお香でモテ自慢をしていたとか、手紙を“においつき紙”で送るとか──


「昔の人も結局やってること変わらないな。」と思うと、ちょっと親近感が湧いた。


だがその“楽しい古典”も「卒論」という名の現実に直面すると、一気に色あせる。



「図書館の本、全部タブレットで見れればいいのに〜。あと教授、せめてWikipedia引用OKにしてくれませんかね〜。」


と、文明の利器に全幅の信頼を寄せながら4冊目の本を取った、その瞬間──



ドンッ!



下から突き上げるような衝撃。



「……地震!?」


立っていられないほどの揺れ。

書架がミシミシと悲鳴を上げる。



「うわっ! ちょ、待っ、倒れる倒れる倒──」



ドサァァァン!



分厚い本と本棚のコラボ攻撃が炸裂。

背中にとんでもない重圧がのしかかる。


(いやこれ、文学で潰れるってどういうオチ!?)


と思ったところで、意識が暗闇に沈んでいった──。





(……うーん、背中、痛いなぁ……)




目を開けると、そこは見慣れない天井。


(あれ?ここ、図書館じゃなくない?)


体を起こすと、上にかけられたのは何枚も重ねられた着物。足元には畳。周りは木の壁。


「え、なにこれ。和風旅館の新サービス?……ていうか、畳に直寝!?そりゃ背中も痛いわ!」


混乱していると、部屋の襖がスッと開いた。

二十代くらいの女性が陶器の桶を抱えて入ってくる。


「若の御方おんかた、お目覚めですか? 何をぼーっとしておられるのです?」


(えっ、若の御方?なにそれ、新しい呼び方?)


でも、彼女の顔を見た瞬間──頭の奥で名前が勝手に浮かんだ。


「……真砂?」


自分でも驚くほど自然に口が動く。


「ありがとう、真砂。」


言った瞬間、(え、誰真砂!?)と心の中で全力ツッコミ。


だが真砂はにっこり微笑み


「寝起きでぼんやりしていらしたのですね。ご気分が悪いのではなさそうで、ようございました。」


と、丁寧に頭を下げた。


──待って待って待って。


気分が悪いどころか、状況が理解できてないんですけど!?



混乱しているはずなのに、周囲の状況や情報が自然と頭の中に浮かんだ。


(この人は真砂。私付きの侍女で…この体に掛けられていた着物は掛け布団で畳は敷布団の代わりなんだ……。)


状況や情報に驚くのだが、頭にはすぐに「一般常識」として受け入れられていく。


真砂が持ってきた水の入った陶器の桶は洗顔用の水だ。



そして自然と動く体に身を任せ、洗顔用の水に両手を入れた時、ふと思いついた。


「真砂。鏡を持ってきてくれる?」


そう。自分の手が泉紗世の手では無いのに気付いたのだ。


泉紗世の右手の甲には生まれつきの小さな痣があったのに、この手には無かった。


(しかも、この手。妙にふっくらしてるんだよね。ふっくらというか瑞々しいと言うか…。いや、まだ20代前半だから元から瑞々しいけど!でも!なんか違うのよ、瑞々しさが!)


真砂に鏡を持ってくるよう頼んだのは、自分自身が誰なのか確認したかったのだ。


「鏡、持ってまいりましたよ。」


ドキドキしながら手鏡を受け取った。

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