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005 極秘任務

 会議も終わったしさあ帰ろう。そう思った矢先に、嫌な予感が近づいてきた。


「先刻の魔法、悪くなかったぞ」


 ヴェントス騎士団団長、アレス・ミュートが目の前にまで来ていた。


「ありがとうございます」


 そういえば、アレス団長は俺の力を他の団員に見せて、その上で皇帝に謁見させようとしてたっけ。

 戦争における戦果だけでなく、会議室での突発的な戦闘。

 これ以上ないくらいに、団長の目的通りに動いた。

 まさかこれ、全部考えてたんじゃないよな。

 ないと思いたい。

 ……多分、あるんだろうなぁ。


「話がある。明日一日、時間を作ってくれ」

「了解しました」


 これは、面倒事の予感がする。

 予感というよりも、実際に面倒な事になった。

 一日、帝都に滞在するのだから。

 昼間に行った会議での騒動のせいで、円卓内は居心地の悪いものになっていた。が、帝都の宿はかなり高い。一介の騎士では、その支払いは中々に痛いのだ。

 結果、空気は悪くとも、本部である円卓に泊まらざるを得なかった。

 なお、アンバーとユピタは、先にそれぞれの仕事に戻ってしまった。

 一人残された俺は、部屋に引きこもって一日を終えた。

 無駄な時間を過ごすことになってしまったと言うわけだ。

 数千年を生きる原妖種だとしても、時間は有限。そして、時間は何物にも代えられない。


 そうして、虚無感に苛まれた一日が経過し、約束の時間。

 円卓の中に置かれた『ヴェントス騎士団団長室』の前で立ち止まった。


「入れ」


 ノックもしていないのに、中にいるのであろう団長は、俺の到着を瞬時に捉えて声をかけて来た。


「失礼します。ダリル・ベレッタ、命令に応じ参じました」

「そこに腰掛けて少し待て」


 団長室はその名の通り、団長が執務仕事を行うための部屋で、中はとても殺風景だった。

 執務机と椅子が一組みと、応接用の足の短いテーブルと、それを挟み込むように対面して置かれた二人掛けのソファ。

 それが、団長室に置かれた家具の全てだった。

 唯一調度品と言っていいのか、机の上には外付けの引き出しが一つ、角を合わせて置かれているだけだ。

 本棚も壁飾りもない質素極まる部屋の中で、アレス団長はペンを走らせながら、ソファに腰掛け待っていろと言う。

 黙ってその指示に従うと、部屋の中にはペンが紙の上を走る音が聞こえるばかりとなり、眠気を誘った。



 どれだけそうしていただろう。

 数時間待っていた気もすれば、数秒だった気もする。

 眠気を感じて瞬きをした瞬間、鼻先まで覆う襟の立ったコートに、フードを目深に被った何者かが対面のソファの向こう側に立っていた。

 こいつは敵か、それとも味方か。

 一瞬の思考の間に、俺は魔力を練り上げ魔法の準備を整えた。


「待て」


 あとは呪文を唱えるだけ。その段階の俺を、団長は一言で止めた。

 団長が待てということは、この人物は敵ではないのだろう。

 そう判断して、練り上げていた魔力はそのままに、少し浮かせていた腰を再度ソファに沈めた。


「ほう。中々の強者だ」


 くぐもった声が、フードの中から聞こえた。


「私の部下の、ダリル・ベレッタです。死霊魔法の使い手であり、指示通り、野心のない人材となっています」


 アレス団長が敬語を使う相手など、限られている。

 つまり、今目の前にいる人物は、ファータ帝国の役人か?


「団長命令の待てに対して、即座に魔法を止めつつも、魔力はそのまま。そして会話から、こちらの素性を絞り込む。なるほど、アレスが他の部下を切り捨ててでも手元に置きたがるわけだ」


 高い襟とフードの隙間から見えのは、目鼻の穴だけでなく、装飾の一切施されていない、一枚の白板と言っていい仮面だった。

 声がくぐもっていたのは、仮面で素顔を隠していたからかと理解したのと同時に、なんとなくその中身が見えた気がした。


「おや、もう気づかれてしまったか」


 ただ、このこちらの思考を読み取っているかのようなこの言葉は、どういう意図と仕組みからきているのか。それはまだ分からなかった。

 

「初めまして、ダリル・ベレッタ。私のことはそうだな……キールとでも呼んでくれ」


 どかりと対面にソファに腰掛けた自称キールは、そう言ってアレス団長に手招きした。

 団長相手にここまでの無礼。帝国広しといえど、二人しかいない。

 要するに、もうほとんど確定している。

 が、それを口にすれば、俺の首が飛びかねない。だから、俺は無言を貫く。


「訳あってこんな格好をしているが、まあ気にしないでくれ。中身は、君の想像通りだということだけは伝えておくけれどね」


 何がそんなに面白いのか、キールは仮面の下で笑みを洩らす。


「今回お前を呼び出したのは、キールからの依頼を達成できるのが、お前しかいないと判断したからだ」


 キールの隣に並んで腰掛けたアレス団長は、そう切り出した。


「依頼とは、どのような?」

「それは僕から話させてもらうよ」


 僕? 先ほどは『私』と言っていなかったか?

 公私で一人称を変える事はよくある事なのだから、気にする必要もないはずだ。しかし、なんとなく引っかかった。


「ダリル。君は、東方の地に最近、国が興されたのは知っているかな?」


 東といえば、最近は戦争をしに砦に行った。そして、その先にあるのは妖牛種の国パラゴンだ。

 だがあの国は、今から七百年ほど前に興されている。

 原妖種流の冗談で言えば最近ではあるが、先刻の『東方の地』ということから、さらに東に移動した場所を指している可能性が高い。

 そして、パラゴンのさらに東には、魔狼の巌窟や、怪鳥の止まり木などがあるはずで、国を興せるような土地ではなかったと記憶している。


「その様子からするに、ダリルは新聞などは読まないようだね」


 新聞……確か、最近の流行りで、紙の情報共有媒体の『狭ノ間新聞』とかいう名前の、薄い紙の束だった気がする。


「その新聞に書かれた情報は確かでね。怪鳥の止まり木を抜けて魔狼の巌窟を越えたその先、暗がりの小道の隣あたりに突如として建国されたんだ」


 暗がりの小道。

 陽が一切差し込まない、死者の国へと通じると言われる細く長い道の名だ。

 確か、数十年前にも探検家が入って行ったという噂が流れた気がする。

 帰ってきたのかはわからないが、まあ多分、帰ってきていないのだろう。


「その国に、何か問題があるのでしょうか」


 場所が場所なだけに、すぐに立ち行かなくなりそうな気がするが、突如という部分は気になるところだ。


「問題がある。というよりも、むしろ問題がないのを確認するのが目的かな」


 ここから件の国に向かうには、パラゴンを迂回し、南の一部から南東方面にかけて広がる木漏れ日の森林地帯を抜け、中立国プラタナスを通過。そこから、二柱の精霊獣の棲家を抜けなければたどり着けない。


「国の名前はブランディラーク共和国。種族の壁を取り払い、全種族が平等で平和に生きることを目的とした新興国家で、初代国王は人種だと言うから、何もないとは思えなくてね」


 種族の壁を取り払う?

 平等に平和?

 人種を国王に? 

 本気で言っているのか?


「そんな国でも、場所が場所なだけに密偵を送り込むのも難しい。そこで、前回の戦争で活躍をしたと言う君の話を耳にしてね」


 つまりは、そのブランディラーク共和国なる新興国家に行って、情報をかき集めてこい、と?


「その力を、どうか俺に貸してほしい」


 今度は『俺』? 一体どうゆう性格をしているんだ、この人は……。

 何とも掴みにくい。

 見た目やころころ変わる一人称もそうなのだが、魂の波長が平坦過ぎて、何を感じているのかがイマイチ読めない。


 生物には、瞬き、脈拍、呼吸など、一定のリズムを繰り返すものが多数存在し、魂にもそれが存在する。

 それが波長。

 そして、それこそが『魂は別の場所で形成され、この地に渡り付く事で肉体と結び付き、一つの生命体になる』と言う考え方の証明になる。なんて意見も出されている。

 一部の研究者たちは、この理論を元に『輪廻転生』を再現する事ができるのではないかと、息巻いている時代もあった。


「……まさか、その国に行って情報を持ち帰れ。なんて、言わないですよね?」


 キールの素性をなんとなく察していながらこんな口の利き方をすれば、どれだけの温情をかけられたとしても、斬首刑に処される。それが分かっていながらも、つい本音が口を突いて出てしまった。


「ダリル」


 案の定、アレス団長から発言を咎める目が向けられた。


「今の私はキール。何も問題はないよ。とはいえ、もしこれが公式の場であれば極刑は免れないだろうから、注意するに越したことはないね」

「…………はい。魂に刻んでおきます」


 ホントに何を考えているんだ?

 魂の波の揺らぎを見れば、動揺、驚愕、怒りに不満。歓喜や哀しみなど、その魂が感じている感情を察する事ができる。

 が、今対峙しているキールの魂の波はとても穏やかで、感覚を研ぎ澄ませる事でやっと、その波長をわずかに感じ取れる程度で、感情を読み取るまでには至らなかった。


「さっきの質問の答えがまだだったね。勿論、是だ」


 まさか、本当に密偵ごっこをしろというのか。俺に?

 死霊魔術師の俺に?


「……ところで、話は変わるんだけれど。君が活躍した直近の戦争で、何か気になる事はなかったかな?」


 膝に両肘を突き、俺を見上げるようにその手に顎を乗せるキールの白塗りの仮面からは、まるで何かを試すかのような視線を感じた。


「気になる事……出所不明の魔術武具、ですね」


 アンバーが折角掴んだ情報も、他の騎士団には真偽の判断が甘いとあまり重要視されていなかった。

 が、もしかしてこの人は、それを正しく評価しているのだろうか。

 いや、だからこそアレス団長の所に来たと言うべきか。


「その通り。マーメント領の連合軍からだけで十を超える数の魔術武具が回収された。どう考えても普通じゃない」


 そこで候補に挙がったのが、新興国家ブランディラーク共和国という事か。


「そこで、君にはブランディラーク共和国に赴き、調査して来てほしいんだ」

「調査、ですか?」

「ああ。国王の考え、国民の暮らし。出所不明の魔術武具の関連性の有無。その他諸々を」


 チラリとキールの隣を見てみれば、無言で頷いてきた。

 つまり、受けろと。


「ダリル・ベレッタ。ブランディラーク共和国への潜入情報収集依頼。謹んでお受けいたします」

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