000 主の帰還
暗闇の中で、俺は意識を取り戻した。
どれだけ眠っていたのか。
ここは何処なのか。
俺はまだ、生きているのか。
何も分からない。
瞼を開けど、何も見えない。
耳を澄ませど、何も聞こえない。
服を着ていないのか、肌に触れる感触も何もない。
何も感じない。
何も分からないし、何も感じない。
だけど、今までの全ては残っている。
猫の少女にぶつかった事。両親に売られた事。犬の貴族に買われて撃たれた事。死体漁りに拾われ、売り払われた事。冒険者に買われて、地下迷宮に潜った事。
そして、迷宮の中で、四つの瞳に一本角の巨人と出会った事。
記憶はあるが、今何が起きているのかは分からない。
意識はあるが、何も感じない。
だから、悲しみも無ければ、安らぎもなかった。
感じる情そのものがないのだから。
意識が戻ってから、数年か、あるいは数時間が経った頃、俺の周囲に広がっていた暗闇に変化が訪れた。
優しいオレンジの光と、暖かな青い光が同時に差し込み俺を照らした。
正確には、俺と俺の周囲の暗闇を、だ。
オレンジの光は光輪となり、青い光は二つの玉となって俺の側へと近づいてきた。
誰かに呼ばれた気がする。誰かに、必要とされている気がした。
そう思った瞬間、それまで何も見えず何も感じなかった俺自身にも、変化が訪れた。
側へと迫っていたオレンジの光輪へと手を伸ばし、それを手のひらへと納める。すると、手のひらの中で一つの指輪へと形を変えた。
俺は指輪をはめた手を突き、暗闇の中で体を起こす。そこで、何も身に纏っていなかった事を知り、何とはなしに手を伸ばした。
指輪をはめた指先が触れたのは、暗闇だった。
俺はそれを引っ張り千切り、体に巻き付け羽織った。
裸の肉体に触れる暗闇は、夜の空気のようにひんやり冷たく、人の血肉のように暖かかった。
身なりはこれでいいだろうと、目の前で浮遊し続ける二つの玉へと手を伸ばし、足元へ落とした。
カンカラと軽く甲高い音を立てて転がった二つの青い玉へと、俺は片足づつ入れて歩き出した。
暗闇の衣に、オレンジの指輪。青の靴を履いて闇の中を進んだ俺は、気付けばそこに立っていた。
等間隔に立ち並んだ石英の柱。それらの上から、ウサギの頭、オオカミの胴体、ウナギの尻尾の黄金像がこちらを見下ろす。
広間の通りを抜け、最奥に置かれた玉座へと腰掛ける。
気づけば、目の前には一本角に四つの瞳を持つ巨人が一体、跪いていた。
「呼び出せ」
俺の言葉に、跪いていたそれは静かに頷き、出て行った。
これでいい。あとは、彼らが来るのを待つだけだ。
世界を、あるべき姿に戻すために。




