003 人種の限界
俺に対して、人種の男は失望の眼差しを向けて来た。
「……はあ、そういう事か」
直立姿勢を崩して少し前かがみになると、こちらに一歩近づいて来た。
体を横にずらして傾けているが、これは攻撃姿勢とは言えない。そもそも、殺気を感じない。
馬鹿なのか? それとも無知なのか? いや、自棄を起こしている可能性もあるか。
しかし、砦の外壁付近で感じ取った気配は、目の前の人種で間違いない。
油断すれば殺される。とは思わないが、人種が到達することなど到底できない遥か高みを、目の前の男から感じた。
試してみるか。
「一撃だ」
「は?」
「お前の本気の一撃を、俺は動かずに受ける」
「これだから、フェアリーとか呼ばれている奴らは……」
大きなため息と共に、男は顔を手で覆った。
何かの準備とかではない。……これは、落胆?
「なあアンタ」
顔を手で隠したまま、人種の男は声を向けて来た。
「なんだ?」
俺は、まだ見ぬ何かを見られるのではとワクソワしているというのに、この男は何故こうも俺の時間を無駄にしてくるのだろう。
「アンタは、だいぶ話が通じるから聞きたいんだけどさ、なんでフェアリーとかって連中は、他の種族を見下してんだ?」
「そんな事か。やはり、後者だったようだな」
原妖種が、他の種族よりも優れている理由。それは、現存するすべての種族の大元が原妖種だからだ。
原妖種が獣と交わり生まれたのが、現在謀反を起こしている妖羊種や、その隣人の妖牛種。その他妖馬種、妖猫種、妖犬種に妖兎種など。
これらを総称して、妖獣種と括らなけばならないほど雑多に存在する。
対して、原妖種が海へと帰ったのものは、妖海種と呼ばれている。
妖海種もさらに細かな種族へと枝分かれしているが、こちらも大元を辿れば原妖種に帰着する。
これらとは異なる退化を果たしたのが、小鬼種と呼ばれる大きな耳と大きな目を持つ小さな種族と、全てにおいて劣っている人種だ。
「これで分かっただろ。お前たち人種には、なんの力も知恵もない。故に、私たちに救いを乞うことしかできない」
「分からないな。何をもって優劣を付けてるんだ?」
頭を掻きながら、人種はこちらに質問を重ねた。
虚しい事この上ない。
無駄な問答、無駄な教鞭。しかし、これが実は準備を済ませるための時間稼ぎという線もある。
なればこそ、俺はこの虚無を耐えなければならない。この先にあるワクワクを見るために。
「分かりやすいのが寿命の長さだ。我々原妖種は八千年ほど生きる。対して、妖馬種は三百年、妖牛種なら二百年」
これには驚いたらしく、人種の男が目を見開き、動きを止めた。
「……別に、長く生きれば偉いってわけでもないだろ」
その後、驚きがその身の内に消化できたらしく口を開いたが、何ともつまらない返しが来ただけだった。
「たかが百五十年を生きられるかどうかのお前たち人種に、何が分かる? 何も学ばず、何も得ずに死んで行くお前たちに何が語れる?」
やはり、人種は無知だ。そもそも、魂と肉体の成長が釣り合っていない種族に、何かを期待すること自体が間違っているのかもしれない。
本来、生物の肉体は、魂の成長に合わせて成長する。それが生物としての基本だ。
だのに、人種はこの世界で唯一、この成長の仕方をしない独自の成長過程を作り出している。
肉体の成長は著しく、魂は遅々として成長しないと言う道だ。
結果、肉体が先に限界を迎え、魂が成熟するよりも前にその一生を終える。
こんな生物は他にはいない。
進化を誤り、退化した劣等種。それが人種だ。
こんなことで苛立ちを感じるなんて、なんて虚しいのだろう。
さっさと片付けて帰るとしよう。
読みかけの本がある。この虚無は、あの本の続きを読むことで癒せばいい。
「分かるさ語れるさ。人の一生は、どれだけ生きたかじゃない。生きている間に、何を成したかだ!」
返ってくる言葉は、どれも陳腐で、薄弱で、無価値だった。
「その何かを成す以前に、見つける段階でお前たちは寿命を迎えているんだ。だから知らない。だから語れない。何て哀れで、無駄な生き物なんだろうな」
「だったら、お前は何を知っている? 何を成した?」
男が、怒りに拳を震わせた。
「戦争をして、多くの命を奪ったお前が、一体何を語るって言うんだよ。戦争をしちゃいけないなんてことも知らないお前が、一体何を知ってるって言うんだ!」
「無垢な幼子は時として……いや、抑制を知らない赤子と言った方が正しいか。自身を知らないお前には、言ったところで理解できないだろう」
この戦争に無駄はない。そもそも、無駄な戦争などこの世にはない。
生命は、食す事で体を作り、寝る事で消費したエネルギーを回復させ、繁殖する事で種の存続を叶える。
そして、争う事で未来を得る。
「人を馬鹿にして、踏みにじって、殺し尽くして。それで何が成せるって言うんだ」
怒りが頂点に達したのか、男は斜めに構えていたその姿勢によって、死角となっていた右腕をこちらに伸ばした。
ようやく、準備は整ったという事か。
そう期待した俺は、悪い意味でその期待を裏切られた。
代わりに訪れたのは驚愕。
理解できなかった。
なんで、お前がそれを持っている?
「何故、それをお前が持っている……」
思った事が、思わず口から飛び出した。
こんな事、ここ数百年無かったことだ。
それほどまでに衝撃的な光景が、目の前に広がっていた。
「その無駄に長い人生で考えてみろよ。これを受けて生きてればの話だけどな!」
男の体に隠されていた右手。そこに握られていたのは、一振りの短剣。
強力な気配はそれだったのだと、この瞬間に気付いた。
突き出された短剣、その細部にまで目が行く。
細かな装飾の施され方から、飾るために作られただろうと分かるそれはしかし、生物を殺す力を有していた。
刀身から紫電が迸る。それを受けて男の髪が逆立ち、体中から青白い静電気の光を放った。
動いた。
男は一歩ごとに服が揺れ、バチパチと光を散らす。
「アンタは間違ってる。これがその証明だ!」
その右手に握られた短剣の切っ先は、俺の心臓を狙っていた。
が、突き進む短剣を、俺は素手で受け止めた。
直後、周囲二百メリルが吹き飛んだ。
物理的な爆発に紛れて、雷魔法が体全身を焼く。
これを受けて生きていれば?
なにふざけた事を言っているんだ。そもそも、それを作ったのがどこの誰だか知っていたのか?
力を知りもせず、学ぼうともしない。
これだから、人種は劣っていると言っているんだ。
武器も、知恵も、正しく理解しないと意味はない。
知った気になって、習得した気になって振るえば、その刃は自身に向く。
それを、俺たち原妖種は良く知っている。学んでいる。
だから、刀身を素手で掴んだ。
魔術武器『雷切』
八百年ほど前に、原妖種の間で流行った玩具だ。
雷すら切れる剣。ではなく、雷で周囲を焼き切るための魔術が組み込まれている魔術剣。
今回は爆発まで含まれていたが、きっとこれは、製作者の遊び心とでもいえるものだろう。
「俺は死霊術師だ。死霊魔法は、ただ死体を操るだけじゃない。あまり知られていないが、その出発地点。才能とでも呼べるものは、魂の観測だ」
爆発によって巻き上がった土煙が、風に靡いて横移動をする。そんな中で、俺は雷切の刀身を掴んだまま、そこに立っていた。
「最初に観測するのは、自分の魂。この肉体の中に納まったそれがどんなものなのかを理解する。そこから他者の魂の観測へと挑戦し、次に、死者の魂の観測に移る」
煙は濃く、手の届く範囲もろくに見えない。勿論、人種の男の姿も見えなかった。
雷切から手を離したらしく、気配を見つけることもできなくなった。
「死者の魂は大きく三つに分けられる。
一つは、その地に縛り付けられたもの。二つ目は、故郷などの思い出深い土地を目指し移動するもの。そして最後は、誰かの思惑でどこにも行けず、消えることもできないもの」
煙が晴れ、惨状が飛び込んで来た。
短剣を握っていたはずの人種の姿は見えず、立っていた場所には、俺から見て奥に進むように、放射状に広がった血が、地面を濡らしていた。
爆発の衝撃に、肉体が耐えきれず消し飛んだと見える。
「死霊術師は、死んだ魂を利用できるんだ。よく覚えておけ、人種の男」
視線を持ち上げれば、そこには淡い光を放つ球が浮いていた。
死者の魂の特徴、その三つ目。
誰かの思惑でどこにも行けず、消えることもできないもの。
今俺が観測しているのが、この三つ目だ。
俺が魂縛魔法でこの土地に魂を縛り付け、条件を付与した事で自然消滅を免れている。
「これを受けて、残っていればの話だがな」
魂縛魔法、付与した条件は『俺が次に放つ魔法を受けない限り消滅できない』だ。
「ユディキウム <無知には罰を>」
玉に成形された爛鱗が、紫煙をくすぶらせるかのように中から怪しく輝き、そこから視界を奪うほどの光の奔流が飛び出し瞬く間に人種の魂を飲み込んだ。
流れは止まることなく、周囲の彷徨う魂すらも飲み込み、夕焼け空めがけて飛んだ。
閑古鳥の巣、カンバ砦攻防戦、アンバー・バラクスス上級魔術技師の指揮の元、一か月の継戦。
ダリル・ベレッタ上級魔術師参戦後、一日で終幕。




