002 カンバ砦攻防戦
会議から一週間の十二日が経過した。
その間俺は、砦の防衛を死兵たちに任せて他の戦地へと赴いていた。
「アンバーの方から声がかかるとは思ってなかったよ。俺の事大好きか」
「今は仕事中だろ。仮面はどうした仮面は」
「家に忘れて来た~」
「取りに帰りなさい」
アンバーは、この世界でたった二人の友人のうちの一人で、素で話せる数少ない同僚だ。
何故俺がここまでアンバーを気に入ったのかと言えば、発端はやはり、死体の山の上で死体を操り、対戦型の盤上遊戯に興じていたのを見られたからだろう。
『一人寂しく死体と戯れるくらいなら、俺に声をかけろよ』
『なにそれ、俺のこと好きじゃん』
『は?』
てな感じで仲良くなった。
実際、何時でも死の気配を纏った奴が近くにいては、誰も気が休まらないだろう。
その辺、アンバーは平然と受け入れてくれていた。
「そういえば、ユピタは?」
「登山中。ここにユフィを入れたら、戦力過剰もいいところだ」
ユピタ、ユフィこと、本名ユピタル・ジャッジマンは、アンバーの幼馴染みであり、俺のたった二人の友人のうちの残りの片割れで、同じくヴェントス騎士団に属している。
サードオニキスを彷彿とさせる明るい瞳に、この国では珍しい純黒の髪の青年であるユピタは、誰とでも打ち解ける事ができる明るい性格をしていて、男女ともに人気があった。
「山ってことは、ベンデラ砦?」
「他にどこがあるんだよ」
ヴィスカル領とマーメント領の間に設けられた砦は、全部で四つ。
一つは、俺が死守して相手に多大な損害を与えたロロト平地に置かれたリンドーン砦。
二つ目が、俺が戦力を派遣したピューレの大川に沿って作られたバンボロ砦。
三つ目は、リンドーン砦から北西に進んだ惑わしの山の中腹にあるベンデラ砦。
そして最後がここ。
朽ちた樹木が乱立する森林地帯、その名も閑古鳥の巣。
砦は、この閑古鳥の巣を横断するように建てられた。名をカンバ砦。
「な~んで、国内にこんな砦築いてんだかな」
「それ、分かってて聞いてるだろ」
蜂蜜色の瞳が、上から覗き込んで来た。
アンバーとは歳は近いが、身長差はそこそこある。
更に、角度によって色が変化する原妖種特有の遊色瞳によって、はちみつ色の濃い目の黄色から、鮮やかな赤である紅赤色に変わるのだから質が悪い。
女受けがいいのだ。
甘い系統の二色の瞳と、その色味に合った素朴な茶髪。加えて、それらの素材を十二分に活用した整った造形の顔と、細いながらに鍛え抜かれた筋肉質な体。
これでモテないのは嘘だ。
「それか、俺が好きで他には目が行かないかだな」
「なに言ってんだお前は。いい加減、仕事の顔になれよ」
「分かったっての。こうして楽に生きていられる時間は貴重だってのに」
「はいはい。それより、俺が書いた報告書は読んで来たか?」
急に仕事の話を振られても、完全に休憩時間になっている俺の頭は、正常に働いてはくれないのだ。
「……だと思ったよ。今日の敵、少し厄介だぞ」
アンバーの中で、俺は報告書を読まない奴だと思われている部分については後で聞くとして、今はそれよりも興味がそそられる方を聞くべきだ。
「どんなよ」
使える素材ならば、できるだけ傷つけずに確保したい。
無理ならば、それはそれで全力で戦う理由になるし、どちらに転んだとしても俺には利点しかない。
「雷を大量に降らせる奴がいる。多分魔法使いだが、姿が見えなくて対処が難しいんだ」
「それで今日まで長引いた、と」
「動き出したら、場所を特定してくれ」
アンバーの気持ちが相手に届いたのか、そんな事を言った瞬間、視界の端で小さな発行現象が走り抜け、砦の上から一望できる枯れた森林地帯で爆発が生じた。
地面が大きく抉られ、枯れ木と共に騎士が巻き上げられて宙を舞う。それに追従するかのように、砦よりも背の高い煙が立ち上がった。
次いで、砦の壁に衝撃が走る。
「これ?」
「だろうな! 索敵してくれ」
即座に戦闘態勢へと動いた俺とアンバーは、砦の外壁の上という目立つ位置から素早く飛び降りて、敵の視線から外れるようにその身を隠した。
地上に降り立った俺は、雷属性の対策をあれこれと考えながら、大気中に漂う魔力の流れを読み解いた。
が、それは予想を裏切る結果を伝えて来た。
「系統は雷……なんだけど、魔力の流れがあんまり見えない?」
「なに?」
眉根を寄せたアンバーがこちらに追言を零そうとして、踏みとどまった。
俺の言葉を信じないのではなく、魔法以外の可能性を考える方が、合理的という判断だろう。
そしてそれは、正しいのだろうと、俺は思う。
なんせ、大気中の魔力にあまり干渉せずに魔法を発動するなど、答えは一つしかないのだから。
「魔術か」
「多分。だけど、ここまで大規模に扱える奴が、相手にいるとは思えないんだ」
ここまで言えば、後はアンバーが全てを解決してくれる。
「ヨシ! これの対処は予定通り俺がやる。本命は別で来るから、お前は力を温存しておけ。それと、そいつもおそらくは……」
「分かってる。任せなさいよ!」
「……仕事中。それじゃあ、頼んだ」
血の臭いが枯れ木に絡みつく戦場に、アンバーが飛び込んだ。
途端に周囲の魔力がほんの少し凪いだ。
来る。そう思った瞬間には、視界は雷の発光で潰され、耳は轟音を捉えて痺れた。
アンバーは大丈夫だろうか。そして、思わず頷いたが本命とはなんのことを言っていたのだろう。
目と耳が一時的に使えなくなった事で、疑問が次から次へと湧いて出た。
じっとその場で待つこと数分。
目と耳の感覚が帰って来た。
断続的に続く衝撃で、砦があちこちで悲鳴を上げていた。その度に、中空に向けた視界に複数人の騎士が巻き上げられたらしく飛び込んで来た。
どれも手足を歪に曲げて、受け身の姿勢も見せずにそのまま落ちて行くのを繰り返す。
『大切な仲間が』なんて言葉は、俺の頭の中には出てこなかった。
思い浮かぶのは、ただ一つ。
『あんなに損傷してたら、そこまで役に立たないだろうなぁ』だった。
死体の損傷具合によって、死兵の練度は上下する。
両足を骨折していれば速くは走れず、また片腕を失っていれば平衡感覚を失い、動きがどこかぎこちなくなる。
死霊術師は通常、自身の使用できる魔力の量と、死体の損壊具合を天秤にかけて取捨選択を繰り返さなければいけない。
俺のように保有魔力量が常人の倍以上あるのならば話は別だが、俺が知っている中で、俺以上の魔力保有者は、フル―メ騎士団団長のロゼリア・ヴァーミリオンくらいしかいない。
もし彼女が死霊魔術を使えていたら、きっとこの国のどこか一つの領地に存在する墓場が、役割を失う事になるだろう。
そうなれば、墓場の管理人や墓守、葬儀屋が大量に失業してしまう。
ぼんやり考え込んでいたら、いつの間にやら視界に映るだけでも、既に数百の素材が出来上がっていた。
しかし、ここは戦場。もう少し待てば、更に素材は増える事だろう。
かと言って、相手の兵数が八千に対してこちらは千五百とちょっと。
時間をかけ過ぎれば、逆転の目は消えて無くなるだろう。
兵力に差があるのには理由がある。
マーメント領の領主、ガバナント・マイムが領民の妖羊種に暗殺され、その首謀者が逃亡を選ばず、隣国と手を組み反旗を翻したからだ。
マーメント領の種族割合は、約四割が原妖種、もう四割が妖羊種で、残りの二割が、妖牛種や妖猫種となっている。そして、国境線沿いにあるこの領地の隣には、妖牛種の国パラゴンが。
今回の一件は、妖羊種を筆頭とした妖獣種混成反乱軍が、妖牛種が興した国から援助を受けたことで起きた謀反というやつだ。
妖羊種は妖牛種と友好的で、その妖牛種は、妖猫種や妖犬種と親密な関係を築いていた為に、それぞれの国とも連携をとって、このマーメント領へと、戦力が流れ込んできていた。
劣等種の代名詞の人種については、わりかしどこでも取引はされているので、どこかで奴隷を大量に仕入れ、この戦争に投入しているのだろう。
見る間に素材が増えて行く。
人、犬、犬、羊、人、牛、人、羊、猫、人、人、人、人、…………。
こちらの被害を上回る速度で、相手の戦力が削られて行く。
原因は、先ほど外壁から飛び降りた色男にあった。
ヴェントス騎士団の『影の軍師』と呼ばれるアンバーは、その名の通り、影を媒介とした幻影魔術を得意としている。
魔法と魔術の違い。それは、動力源だったり、能力の強弱だったりと色々あるが、最も分かりやすいのは、才能の要否だろう。
魔法は、才能が九割以上を占める。
対して魔術は、原妖種なら使えて当然と言うほどのお手軽技術なのだ。
但し、誰でも始められるからと言って、侮ってはいけない。
誰でもできるという事は、それだけの可能性を秘めている事に他ならない。
狭き門の向こう側に、綺麗に整えられた箱庭が整えられているのが魔法だとすれば、魔術は解放された門の向こうにある雄大肥沃な手つかずの箱庭だろう。
魔法は与えられた箱庭の中でなら好きに生きて行ける。が、新たに何かを増やそうとするのは、想像以上に難しい。既に箱庭いっぱいに、草木が植えられ手が加えられているからだ。
しかし、魔術ならば好きな事を好きなだけできる。
知識を蓄え技術を磨き、唯一無二の景色を作るのも、荒々しく荒廃した不毛の大地へと変えることもできる。
要するに、本人の努力次第というわけ。
そして、アンバーのそれは前者を正しく体現した存在だった。
事前に組み上げた幻影魔術に、本人の魔力と素材を放り込むことで無数の幻を生成したり、俺と同じく死体を放り込んで、その姿形を継承した影を動かしたりしている。
但し、俺の死霊魔法とは異なるのは、これらに時間制限が付いている事だ。
本人はそれすら取り払おうと、日々改良に勤しんでいるが、俺個人としては是非とも失敗して欲しいと思っている。
でなければ、俺の存在価値が無くなってしまうから。
一人勝手に進むのは、友として見逃せない。
砦の壁に背中を貼り付けながら杖を掲げ、呪文を唱える。
発動範囲は、戦場となっている閑古鳥の巣の半分に指定する。
こうすれば、アンバーの影の兵士と、俺の死の兵士による連携が可能となる。
戦力は一気にこちらに傾き、相手は絶望の中で、醜く足掻くだけになると言うわけだ。
日が傾き、そろそろ日没を警戒し始めなければと言う頃になって、ようやくそれは現れた。
既に戦地は争いを追えて、混成軍は退却の兆しを見せ、こちらは負傷者の回収と撤収作業に入ろうとしていた。
そんな祭り後のような淋しさが風となって土煙を巻き上げるこの場に、ずっと戦場の奥に引っ込んでいた強大な気配が、近づきつつあった。
アンバーは宣言通り、雷魔術を打ち続けていた妖猫種三体を狩り潰し、力尽きていた。
これ以上の働きを期待するのは、酷というほどの疲労度合いだった。
つまり、あの強そうな気配は、俺が相手にしなけらばならないという事だ。
さっさと片付けて、アンバーを休ませるとしよう。
「アンバー上級魔術技師」
「どうした、ダリル上級魔術師」
周囲には、疲労から膝を突き荒い息を吐き出す者や、友が死んだのか、焼け焦げた死体の前で蹲り咽び泣く者。他には、負傷者に肩を貸して後退する者といった、ヴェントス騎士団所属の騎士たちがいる。
こんな場所で、普段の軽い調子で話しかけては、明日にはその話が上に伝わり、アレス団長から罰を言い渡されてしまう。
その為、こうして仕事中は真面目の仮面を被り、佇まいすら整えるようにしている。
それはアンバーも同じ事。但し、アンバーの場合は基本丁寧な人格故に、そこまで苦労はしていなさそうだ。
「強大な気配が一つ、接近しています」
「そのようだな」
疲労が抜けきらない顔を見ながら、次の言葉をじっと待つ。
ここは、あくまでアンバーの戦場だ。俺が好き勝手に動いていい道理はない。
「ダリル殿。力を貸してほしい」
「承知しました。あの敵は、必ずや討ち取って見せましょう」
このやり取りは本当に無駄だと思います。
笑いをこらえながら、互いに真面目な雰囲気で言葉を交わす。そして、俺は限界が来るよりも前に、視線を外した。
騎士団所属の上級魔術師に支給される魔導者のローブは、こういう時に役に立つ。
常にフードを目深に被っていれば、死と隣り合わせの戦場で笑っていても誤魔化しが利くのだから。
「後退しろ! 負傷した者は、動ける者が手を貸してやれ!」
アンバーの指示を背中越しに聞きながら、俺は静寂が訪れた元森林地帯を進み、気配の元へと近づいた。
風が膝下から吹上げ、戦場に残った死の臭いを持ち上げた。それらは肌に触れ、体中に絡みつく。が、そんな感覚も、とっくに慣れてしまい不快感はない。
逆に、すぐ傍に死を感じることができて、心安らかになるようにすらなってしまった。
『戦争中毒』という言葉が脳裏を過ぎったが、俺はそれを無視して戦場を闊歩する。
急ぐ必要も焦る必要もない。
もうここには、俺が操る死の兵士しか残っていないのだから。
魔法の直撃を受けたのだろう抉れた地面に挟まれた場所で、それと対峙した。
「なんだアンタ。そちらさんの大将か?」
場所と空気に似つかわしくない気楽な声。だが、そんな事はこの際どうでもよかった。
そんな些末事以上に、確認しなければならない事があったから。
瞬きをして相手を再度捕らえる。それでも、視界に移るそれの姿形は変わらず、それがこれの正体なのだと、脳が答えを大々的に告げて来た。
妖羊種ではなかった。そして、妖牛種でも妖犬種でもない。ましてや妖猫種でもない。
「なんの冗談だ?」
「なにがだ」
「お前は、人種だろ」
人種だ。
非力で脆弱な人種の男が一人、遮蔽物の無い開けた場所で直立して、こちらを見ていた。




