終幕
静寂の広がった正十二角形の広間の真ん中で、俺はそれらを見ていた。
広間の中心に置かれた円形のテーブルの上には、七十三階建ての立体模型がテーブルの縁ギリギリにまで広げられ、時間の経過と共にその内装を変えていた。
俺の役目は、地上の各騎士団の操作。迷宮の攻略は潜界しているメイスに一任した。だから俺は、俺の仕事をこなす。
もしブランディラーク共和国との戦争に負けたとなれば、メイルから煽られるだろう。
「ええ?! 俺は実際に自分で動き回りながら指示出しして勝ったのに、そっちは全体を見渡せる場所から指示して負けたって?! 一体どんな指示したら負けられるか、教えてもらっても?」
と、半笑いで言ってくるのが目に見える。そんな事にならないためにも、俺は小分けにした騎士たちを的確に操作しなければならない。
テーブルゲーム制作会社『ハニワ』が手掛けるミニチュア・バトルゲーム『Box In Planet』はその名の通り、一つの惑星を模した立体模型の上で、キャラクターをモデルにした駒を動かすボードゲームだ。
このゲームの特殊な部分は二つ。一つは、惑星とその地に生きる全てが実在する事。そしてもう一つは、その地に自分を入れることができるという事。
ハニワの組み上げた惑星制作システム『グリーンガーデン』は、各種初期設定を記したキャラシートを取り込む事により、システムが自動で立体模型とキャラ毎のミニチュアフィギュアを作製してくれる。
各陣営の儀回士であるプレイヤーは、この模型とミニチュアを使用しゲームを進めるのだが、ハニワが制作した独自のシステムはもう一つある。
住民憑依システム『ブループラント』。このシステムによって、潜界士と呼ばれるプレイヤーはテーブル上の惑星で生きるキャラに憑依する事が可能となる。
普段のゲームでは、儀回士か潜界士のどちらか同士が陣営を決めて対戦するのだが、今回はイベントの関係で、二つの役職を各陣営それぞれに取り入れて戦うという特殊ルールの元、戦っていた。
『原妖種陣営が不死種陣営の所有する拠点に侵入しました。これより、拠点侵略ポイントが十秒毎に加算されます』
騎士団の小隊ユニットを、防壁である背の高い石壁の内側へと入れた事で、侵略ポイントのが加算が始まった。
侵略ポイントとは、敵陣営の拠点に自陣営の駒が入る事で得られる、拠点の所有陣営を決めるポイントの事を指す。
この場合、初期ポイントである三十二ポイントを不死種陣営が所有し、こちらは侵略してから十秒毎に一ポイント奪取する事ができる。
つまり、拠点の侵略には五分と少しの時間が必要となる。その間、拠点に侵入したこちらのユニットは外には出せない為、戦力を増やして抵抗するかどこかに隠すかの二択が迫られる。
とはいっても、隠すのは現実的ではない。つまりは取れる手は一つ。
他の騎士ユニットを移動させて侵略したユニットを守らせつつ、攻めに徹する。
相手もこちらの動きに抗うように戦力を固めているが、戦闘力は元よりこちらの方が上だ。
一・五倍までのユニット差までなら勝機はこちらにある。
『最終得点を発表します。原妖種陣営<八ポイント>、不死種陣営<六ポイント>となりました。よって、原妖種陣営の勝利となります』
そんなアナウンスが広間に反響したのは、侵略ポイントを二十四まで集めた頃だった。
周囲から歓声が上がり、共に起こった無数の拍手で広間は埋め尽くされた。
「ったく、レディのやつめ。まんまと罠にハマりやがって」
沢山の音に埋め尽くされた広間の中心近くで、対戦相手で同じ儀回士の男がそう悪態を吐く。
まあ、彼の気持ちもわからなくもない。
今回のイベントは、潜界士との協力が必須だ。しかし、レディはあの性格からして、彼の指示を無視するだろうことが予想されていた。
そして、それを上手く使おうと言ってきたメイルの思惑通りに事は進んだわけだが、こちらとしては思わずにはいられない。
もっと速く勝負をつけられなかったのかと。
こちらでは一ターン一年の換算だが、実際に憑依している彼らの時間は現実と変わらない。
その時間差を利用することで、一気に勝利へ近づくこともできたはずだった。
それをしなかったのは、単にメイルが今回のゲームフィールドを気に入ったからという、何の益もない理由なのだから頭が痛い。
「そっちも苦労するなメトゥロ」
苦笑いを浮かべ、立体模型を挟んだ向こうの儀回士を見た。
「ああ、まったくだ。何で潜る奴らは変人ばかりなんだか」
潜界士の性格の難はどこも変わらない。だがそれと同時に、頭のネジが一、二本抜けている方が潜界には適しているのではないかとも思う。
実際に他者の人生に潜り込み生活するなど、常人にこなせるものではない。ましてや、
「国王と結婚して首都を拠点にするなんて、普通は考えついてもやらないっての」
「あの作戦を聞いた側からしても、それには大手を振って賛成だ」
しかも子供まで……。
あんな事、あの二人以外にはやらないだろうが、そもそもやる方がどうかしているんだ。
『潜界士の帰還が完了しました』
広間に反響したアナウンスに続いて、二人の影がこちらに向かってくる。
片方はやり切ったと満足げに肩を揺らし、もう一方は憤りに細かく揺れていた。
「まあ、何はともあれ、英雄たちのご帰還だ」
「ハァ……今回はこっちの負けだが、次は必ず勝つからな。リーブル」
「楽しみにしてるよ」
次戦うとなれば、その時は通常ルールで頼みたい。
イベントだからこんな面倒なルールも受け入れたが、潜界士と協力しろなどこちらの胃がもたない。
『これにて本日のイベントは全て終了となります。お疲れ様でした』
広間に集まっていた気配が次々に消えてゆく。そんな彼らからは満足げな雰囲気が漂っていた。
どうやら、観客たちには満足してもらえたらしい。
人間が宇宙に生活圏を広げて一万年。その間、人々の娯楽は幾度となく姿形を変えてきた。
庭に線を引いて体を動かす外遊びや、持ち運びを重視した携帯ゲーム。
ディスプレイでプレイするテレビゲームや、ゴーグルをかける事でゲームの世界を観測するVRゲームと、そこから発展した意識をゲームの世界に落とし込むフルダイブ型。
更には、荒廃した地球をゲームフィールドにした、遠隔操作機械人形を用いたペイント銃によるサバイバルゲームが流行った。
そして今の流行は、次世代没入体験型ボードゲーム。
参加ユーザー五千万人を超える超大作。それこそが、『無限の庭で生き残れ』をキャッチコピーにした、株式会社ハニワが手掛ける『Box In Planet』だ。




