潜界士
『原妖種陣営が、迷宮の創造主と久遠の魔術師の討伐に成功しました。討伐ポイントが加算されます』
脳内で響いたアナウンスから、送り込んだ駒が己の役割を果たしてくれた事を知る。
本来なら知りようもない迷宮内の出来事も、この世界で生きているわけではない自分には勝手に伝わってくる。
つまり、対戦相手にもこの状況は筒抜けだという事だ。
自分がこの庭に降り立ち最初に行ったのは、二千年ほどの大戦だった。
息を吹き返したばかりの惑星という設定の中で起こすにはペナルティのリスクがあったが、今もこうして残っている事を考えれば、システムはこのまま成り行きを見守る構えを取ったのだと判断できる。
二千年の大戦で、不死の特殊能力を獲得していたヴェラ・ムー・ムリアンは迷宮内に封じ込めることができた。その間、戦争の準備もできた。
「いよいよ終幕だ」
ブランディラークの防壁の上に立ち、そこから戦況を見下ろしていたら再度、アナウンスが脳内に響いた。
『不死種陣営が、精霊獣<銀月の魔狼>の討伐に成功しました。ポイントが加算されます。また、不死種陣営の潜界士には討伐特典が与えられます』
「これは……マズイな。見つかった」
自分が立っていた場所が爆散したのは、キルバスの肉体が石壁を蹴って飛び降りたのとほぼ同時のタイミングだった。
「あっぶ!」
「何避けてんの?」
正面から冷たさを含んだ声が飛んできた。
石壁に沿って地上へと落ちていた自分の目の前、手を伸ばせば掴める距離に、一人の少女が姿を見せていた。
突然の出現に驚きはしたが、その少女の中身が分かっていればそこまで慌てずに済んだ。
「巻き角に横長の瞳孔。不死種が一体しかいないって設定を聞いた時からそうだと思ってたけど、やっぱり妖獣種に紛れてたんだね。レディ」
「そっちは多重人格の皇弟って、戦闘能力皆無のキャラじゃない。何考えてんの、メイル」
レディこと、妖羊種の王妃アメリアは、無抵抗で地上へと落ちて行く。
このままでは落下死だが、潜界士は死んでもデスペナルティを背負うことで別の駒へと憑依できる。
「フェスティナ・レンテ! <ゆっくり止まれ!>」
足元に展開した魔法にアメリアを乗せて、地上へと静かに降り立った。
「助かったわ。ありがと」
「思ってもない事を……それより、これからどうするつもりだ?」
「せっかく生き残ったんだし、戦うわよ。魔狼だって、このために排除したんだから」
アメリアの右手には、一振りの短剣が握られていた。
精霊獣<銀月の魔狼>を討伐する事で得られる特典武器『銀爪月<ウルレナ>』。
月の銀光を纏った片刃の短剣は緩く弧を描き、鋭く研ぎ澄まされた殺気をこちらに向けて来た。
「さっきレディが言った通り、キルバスには戦闘能力なんかないんだけど?」
このまま向かってこられては、碌な抵抗もできずに喉元を切り裂かれるだろう事は目に見えている。
もう少し待ってくれないかなぁ。
「今頃、そっちの旗駒に俺が向かわせた駒が衝突してるけど、そっちはいいの?」
「どうせ倒せっこないでしょ。一緒に冒険して知ってるけど、あの駒じゃ役不足よ」
「それはどうかな」
ファータ帝国から偵察のために向かわせた時には、碌な装備を与えていない。こうなる事を想定していたからだ。
レディは肉体派の潜界士だ。正面衝突ではこちらに勝ち目はない。だから常に、彼女と戦う場合はからめ手を使う事にしている。
今回で言えば、ダリルを晒す事で死霊魔術の危険度を推し量らせ、アンバーとユピタルの処刑で戦力を失ったように見せかけた。
おそらくレディの中での戦力図では、ダリル対マルヴェラとその配下となっていたのだろう。
しかし、先のアナウンスを聞いていればこちらの偽装工作には気づけるはずだ。
そうではないという事は、
「前回のゲームを引きずり過ぎじゃない?」
「うるさい!」
これは、かなり頭に血が上ってますね。
まあ、前回のゲームでは一方的に破壊し尽くしたから、それが原因だとは思っている。
「あれは悪かったって、前に謝ったでしょうが!」
「別に気にしてないって言ってんでしょ!」
短剣を大振りで迫るレディの横を通り抜け、すぐさま路地へと飛び込んだ。
ここからは鬼ごっこと同じだ。
捕まれば死ぬっていうところが大きな違いだろう。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
レディとの鬼ごっこは、一時間ほど続いた。
『不死種陣営の旗駒が倒されました。最終得点の集計に移ります。潜界士の皆さまは戦闘を終了し、今しばらくお待ち下さい』
脳内に響いた機械的な声に続き、レディの右手に握った短剣に変化が起きた。
今にもこちらの首を掻き切ろうと迫っていたその刃に、バツ印の真っ赤なテープが巻き付いた。
そのままテープ毎切り裂こうとこちらの首に当たった短剣にはしかし、鋭さが微塵もなかった。それどころか、当たったという感触すら希薄だった。
「ゲームは終了だ。これ以上戦闘を続ければ、通報案件になるぞ」
この一時間、キルバスに設定されたスタミナ値を使い切らない事に心血を注いで逃げ続けた。その結果がこうして結びついたのは喜ばしいのだが、今にも首を絞めかねない勢いのレディの殺意に満ちた眼差しを前にしていると、不思議と息が苦しくなった。
『集計結果を発表します。原妖種陣営<八ポイント>、不死種陣営<六ポイント>となりました。よって、原妖種陣営の勝利となります』
今回のゲームはこちらの勝利で幕を閉じ……いや、蓋を閉じる。
戻ったらきっと、リーブルが怒っているだろうな。
「もっと速く蓋を閉じられただろ」て。
しかし、この庭はとても楽しい場所だった。なんならもう少し楽しんでもいいくらいだ。
そんな事を言えば、きっと彼はさらに怒るだろうから絶対に言わないけど。
『現時点を持ちましてゲームを終了します。潜界士は、直ちに現世へ帰還してください』
機械的なアナウンスに従い瞼を閉じる。
真っ暗闇の視界のその向こうで、一筋の光を隙間から放つ扉があった。
このゲームの出入り口。そしてそれは、この箱庭に潜界するために必要な蓋だ。




