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017 決着、死永の戦い

「プリフカム・プロヴィア・メデオロア! <罪も汚れも星の雨が濯ぐ!>


 魂を崩壊させて得たエネルギーの半分を、魔力と練り合わせて呪文を乗せる。

 力の奔流は光の渦へと変わり、夜空で魅せる星々の瞬きを含んだ奔流がアヴァリティアから流れ出て、不死の王マルヴェラを捉えた。

 このまま殺せるとは思っていない。

 狙いはあくまで、内側に存在するもう一つの波を洗い流すこと。


 一つの器に二つの液体が入っていれば、どのような影響が起きるか分からない。

 混ざって爆発するかもしれないし、別の何かに変化する可能性もある。

 最悪なのは、マルヴェラの側に溶け込むことだ。

 一つの魂から生成できるエネルギーは無尽蔵だが、エネルギーの生成速度は魂ごとに異なっている。

 マルヴェラのものではないもう一方の波。その揺らめきを見れば分かる。

 あれは、英雄たり得る魂だ。


 英雄、英傑、偉人に革命家。呼ばれ方はその人それぞれだが、彼らは共通して魂の揺らぎが常人よりも一定に近しい傾向にある。

 彼の持つ波は、一定を保って揺れていた。

 マルヴェラに囚われていなければ、きっと今頃は人種(ヒューマン)の間でその名を知らない者はいないくらいの偉業を成し遂げていたかもしれない。


 それだけに、不死の王に取り込まれることは避けねばならなかった。


「もう一人の俺を殺したか」

「彼はお前じゃない。非力で短命で無知な人種の幼子だ。不死で不変で不必要なお前とは正反対の生き物だ」


 だからだろう。あの魂に惹かれていたのは。

 変わることも死ぬこともないマルヴェラから見れば、人種の刹那の大波には魅せられるものがあったのだ。


「正反対? 違うな。お前の言う人種ってのは、元は俺たちヴェラムから生まれた。言うなれば子孫だ」


 魔法に耐性のある肉体だったらしい。星流呪文を突破した少年の体を操るマルヴェラが、剣を片手に迫る。

 どこにそんな物を隠し持っていたのかと疑問に思うが、今はそれどころではない。

 突き出したアヴァリティアを引き戻し、こちらも斧刃を構えて体の回転に合わせて振り上げる。


「だからお前たちは人種を嫌い、見下し、憎悪した」


 刃が交わり火花が散った。その向こうで、マルヴェラは幼いその顔に怒りを宿して睨んで来た。


「本能が拒否しているんだ。機械人形だった頃の記憶が、その身に遺っているからな!」

「機械人形? なんの話だ……と言うよりも、いつの話だ?」


 弾かれたアヴァリティアを手元に引き戻しつつ、距離をとって呪文を唱える。

 攻撃呪文の類は、おそらく肉体が弾き精神魔法は効果がない。であれば、ここで使うは拘束呪文。


「モルス・ソリターリア! <孤独に全て囚われる!> 」

 

 マルヴェラの足元から飛び出した鎖が四肢に絡まり、その場に体を縛り倒す。

 が、鎖を全て切り裂き拘束を抜け出たマルヴェラは、こちらにステンドガラスを彷彿とさせる橙色の透明な刃を振りかぶる。


「クローディオクロック! <瞳を奪え!>


 汎用魔法を唱えつつ、アヴァリティアを後ろに引いて構えた。

 肉体に魔法抵抗があるのならば、瞑目呪文は効かない。とはいえ、全く効かないわけではないことは、ここまでの魔法で確認済みだ。

 汎用魔法であればほんの一瞬の効果だけで抵抗されるだろう。

 瞑目呪文ならば、瞬きと大差ない。しかし、今欲しいのはその一瞬だ。

 手中でアヴァリティアを反転、体重を乗せて振り下ろす。

 一瞬の暗闇からすぐに復帰したマルヴェラも、振り上げていた剣を素早く横に薙ぐ。

 橙の透明な刃が、紅蓮に茜が重なった戦鎚とぶつかり激しく火花を散らせると同時に、剣身に大きなヒビが入った。

 長杖戦鎚斧だからこそできる奇襲だ。

 体重をかけていたことで、横から差し込まれた剣を砕きつつ戦鎚はマルヴェラの頭部を捉えた。

 が、一秒も必要ないくらいに迫った所で青い光が一瞬視界を奪い、戦鎚の軌道を大きく逸らした。

 見れば、青く透明な盾がその左手に握られていた。そして、右手には砕けていた橙の剣が握り直されている。

 自動修復能力付きかよ。


「カヴォー・ルエ・フランゲレ! <力に屈して跪け!>」


 戦鎚で下から突き上げ、勢いを即座に殺して戦斧を振り下ろす。大理石の破片を散らせる中で、長杖に魔力を流した。


「エクスクラマティオ! <悲鳴を上げろ!>」


 自身の魂に別の波長をぶつけて波長を無理矢理に一定に保つ。それによって体中に英傑の力が流れ込む。

 力が指先まで伝わるのを感じながら追撃を加える。

 青い盾を砕き、橙の剣を割る。


「不死とは言っても、お前ら機械人形とは違って血が通ってんだ。切られりゃ血が流れるし、殴られれば骨が折れる」

「悪いな不死の王。知らないようだから言っておくが、俺たちだって切られれば血ぐらい出るんだよ!」


 マルヴェラは苦言を呈しつつも、こちらの動きに対応し始めた。

 盾で受け止めるのではなく受け流し、剣で切り払うのではなく突いて来る。

 一撃一撃を避けられ受け流され、体勢を崩された俺の眼前に橙の鋭い切っ先が迫る。


「っ!」

「正確な攻撃ばっかりしやがって。流石、ゼンマイ仕掛けの人形だな。慣れれば見切れるっっての!」


 迫る刃を避けようと体を無理矢理後ろに倒したことで、軽く皮膚を切り裂かれる程度に留める事ができた。

 しかし、大理石の床の上を転がり勢いを殺したが、四肢から悲鳴が上がり、アヴァリティアを握る両手が細かく震える。

 肉体強化呪文とは、魂の波長を無理矢理捩じって英傑たちに近づけている。

 謂わば、存在の虚偽を行いながら戦っているという事だ。これ以上自身の存在を偽り続ければ、魂が崩壊しかねない。

 体の奥底から這い上がって来る別の痛みから考えて、あと一撃打ち込めるかどうか。

 対してマルヴェラは、こちらの動きと自身の肉体に慣れつつある。

 ギリギリな状況が続いている。


「悲しいものだな。世界から生物として認められ、すべての種の頂点に立ったというのにこの程度か」


 踏み込んだ足に力が入らず、振り上げたアヴァリティアの軌道が逸れる。その隙をマルヴェラは見逃さなかった。

 斧の刃の下に剣を差し込み下から掬い上げるように弾き、俺の手中から得物を遠ざけると同時に体を反転、遠心力を乗せた盾で脇腹を突き刺して来た。

 骨の砕ける音が脳内に響く。

 血管の中を駆け巡る血が騒ぎ、肺に溜まっていた空気が喉を広げて外へと逃げる。


「人間が生きていた頃の方が、お前たちは厄介だった。プログラムに従う機械だった頃の方が、ずっと危険だった。命を捨てる覚悟なんて、お前らは持っていなかったからな」

「……どうした不死の王。さっきから、意味の分からない事ばっかり、言いやがって。耄碌、してるんじゃないか?」


 大理石の床に膝を突き、俺は定まらない視界で子供の肉体を捉え続ける。


「気にするな。所詮は世界に存在を捻じ曲げられたマガイ物。そんなお前らに期待なんてしてない」

「何の、話だ?」

「あの二人も殺されたようだしな。これで契約は終了だ。俺は、お前たちを殺して外に出る」


 悠々と見下ろして来るマルヴェラは、青い盾を光の砂へと変えると右手の剣に纏わせた。

 橙の直剣に絡まり伸びた青が、透明な片刃の長剣を形作る。

 天井から降る照明が、剣の中を通ると湾曲してきらりと光った。


「何も知らず何も成せずに死ね。世界に求められて生物としての機能を得ただけの不純物」


 大上段に構えたマルヴェラの殺気に満ちた目だけは、不思議と形を失わずに捉えることが出来た。

 真っ暗闇の中で燃ゆる一つの灯火を浮かべたその瞳の中で、俺が俺を見つめていた。

 俺は俺に問う。ここで死ぬのかと。

 俺は俺に答える。


「残念だけど、俺はここでは死ねないらしい」


 一呼吸の度に、体が悲鳴を上げる。魂が激しく粟立つ。

 アヴァリティアから伝わるエネルギーが今にも吹き出しそうに沸騰する。

 もう一歩も動けない。肉体はそう叫んでいた。しかし、俺の魂はまだ波を立たせて動いていた。

 体の奥底から、一つの波を押し流す。

 その波はどこまでも続き、大理石と石英と黄金で飾られたこの広間に広がりそして、二つの波とぶつかった。

 白泡を弾かせてぶつかった二つの波が、俺の背中を突き飛ばす。


「テーラム・アブスタ・ファケレ! <肥沃な大地の犠牲を種火に焦土は完する!>」


 ベルベットの鱗から削り出した短杖の尖った先端を、こちらに向けたユピタが呪文を唱える。

 ジャッジマン家の荒痩魔法がマルヴェラの右肩を穿ち、内側から焼き焦がした。

 肩から腕へと広がったひび割れから乾いた肉を露出させたマルヴェラへと、アンバーが右手を構えて肉薄した。


「ノクス・ベルベット! <不明の夜鐘!>」


 構えた右の手甲から昼間の陽光を思わせる光が溢れ、一つの魔術式を浮かび上がらせた。

 光は一条の帯となり、右腕に絡まり無数の気配と視線を放つ。アンバーはその右手でマルヴェラの腹部を刺し貫いた。

 光はマルヴェラの血を浴びると、見る間に陽を落として夜の帳を下ろした。

 光に隠れていた無数の瞳が、暗幕の向こうからマルヴェラを見る。

 視線を受けたマルヴェラは距離を取ろうと一歩下がったところで動きを止めた。


 背中を押した二つの波が俺を見る。二対四色の目が語っていた。「次はお前だ」と。

 アンバーの影魔術による硬直は、敵の力量に依存する。

 マルヴェラ相手では数秒が限界だ。


 肉体も魂も限界で、重量のあるアヴァリティアを振ることなどもうできなかったはずだった。しかし今は、手のひらに感じる得物が不思議と軽く感じた。

 瞼を開き、瞳の奥で魂を観測する。

 波の揺らめきに合わせて魔力を練り上げ、両手に握り後ろに引いたアヴァリティアへと流し込む。


「ヴェントス! <追い風よ!>」


 突風が俺の体を前へと押し出し、その勢いを全身に流して踏み込んだ俺へとマルヴェラも反応した。

 右腕が使い物にならなくなったからか、左手で青橙の長剣を握りこちらに振りかぶる。

 が、速度は俺が上回っていた。

 アヴァリティアの斧刃で大理石を削りながら、下段から切り上げる。

 マルヴェラの左脇腹から入った斧刃が、子供の小さな内臓を切り裂き、骨を断ち、罅割れた右腕を切り飛ばした。

 苦痛に歪んだマルヴェラの幼い顔がぐっと近づいた。

 青橙の長剣が俺の右胸を穿ち、片方の肺を潰して来た。

 鋭い痛みが体全身に巡る。

 血を噴き出し、痛みを訴えかける肺を、俺はそれでも空気を取り込み膨らませた。


「こんな俺でも、知ってる事がある」


 呼吸ができているのか、俺自身分からなくなっていた。

 痛みで視界が霞み、今自分がどこにいて何をしているのか見失いそうになる。


「孤独の非力さと、孤高の虚無さ、だ。お前が、どっちだったのかは……言う必要、ないよな」


 右腕を切り飛ばしたアヴァリティアを引き戻すが、もう振り回す力は残っていない。

 内臓を傷付けられたからか、魔力が上手く練り上げられない。

 集中力ももう残っていない。思考があっちこっちに飛んで、脳内では星々の光が、荒波の向こう側で瞬いていた。


「ハッ、忘れたのか? それともただの無知か? 肉を崩せば呪いが噴き出し、魂を散らせば不死が巡るんだぞ!」


 胸の前まで下ろしたアヴァリティアの斧の刃を、半壊した不死の王の肉体へと両手で押し出した。

 幾つもの赤で彩られた斧刃は、子供の体に深々と突き刺さり、肉体が崩れるのを防ぐ支柱となった。


「フルクトゥ・クレアーレ <汝の魂は何を得る>」


 アヴァリティアの中に残していた魔力を、崩れかけのマルヴェラへと流し込む。

 不死の呪いを拡げず消滅させる方法。それは、世界を誤認させる以外に手はなかった。

 本来、一つの魂には固有の波が存在する。では、それと全く同じ波長の魂が同時に存在する場合、世界はどう判断を下すのだろう。


「アニマス・モルトス! <死者の忠誠は蘇る!>」


 応えは簡単、強い方の魂が弱い方の魂を吸収する。

 アヴァリティアの中には、まだ地下迷宮を彷徨っていた魂の半分のエネルギーが遺されている。

 四百三十の魂から抽出したエネルギーで生成した人造魂に対して、たった一つ魂。どちらが強いかと言えば一目瞭然だ。


「二つの魂のせめぎ合い。つまりは、世界に対する魂の上書き。不死が、お前の存在に付随した呪いでしかないのなら、この世界から、お前の存在を消せばいい。それだけの、話だろ」

「ま、まさか……貴様ぁ!」


 魂の衝突。

 半壊した子供の体の内側から発せられた眩い光に飲み込まれ、俺たちの視界は白一色に塗りつぶされた。


「孤独を突き進んだ己の非力さを抱えて消えろ、不死の主マルヴェラ!」


 俺の叫びは、白光と共に世界の書き換えに飲み込まれた。

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