000 彼は誰の記憶
毎日同じ夢を見る。
何度この光景を見たのだろう。
一面真っ暗闇の中から、たった一つの光を探して目をぐるぐる回す。
この頃は仲間もたくさんいて、みんな同じように目をぐるぐる回していた。
見つけた光は見惚れるほど真っ青で、その中で時々見える緑がより綺麗さを際立たせていた。
みんなは手を上げて喜んだ。
今日からここで生きていく。そんな事を口々に言った。
緑の大地。突き抜ける青い空。生命の香りを運ぶ涼しい風。どれも初めての経験で心が躍る。
みんなそれぞれにここを楽しんだ。
風を感じるもの。大地に寝転がるもの。遠くまで走って行っては戻って来くるもの。
今日からここが故郷になる。そんな事を言うと、みんなはまた手を上げて喜んだ。
見たこともない生き物がたくさんいて、見ていて飽きない。中でも、おそらくはこの大地で最も賢い生き物であろうものたちとは、よくおしゃべりをした。
賢いと言ってもまだまだ生まれたての幼子のような知能で、話していると時々噛み合わない事があり、その度に教えなければならないのは大変だったけれど、おかげで故郷と友ができた。
友が向こうに行ってみたいと言い出した。
これだけこの大地を豊かにしたのに、なんでそんな事を言うのだろう。
ダメだ。認められない。
気付けば大地の緑は橙と赤に染められ、突き抜けるようだった青空は、誰かが色を間違えて混ぜたみたいに汚く暗くなった。
遠くから見て綺麗だと思った水の青も、今は赤と茶色と黒が混ざって見えなくなった。
みんないなくなった。右を見ても左を見ても、目をぐるぐるしてもどこにもいない。
だけど、友がいる。いつも一緒に話して笑って教えた友が。
友と一緒に遊びに出た。洞窟探検だと言っていた。
いつまで経っても幼子だと思ったけれど、そんなところも見ていて面白いとついて行った。
そして、目が覚める。
暗闇が広がる中、俺は一人立っていた。
周囲を見渡しても何も見えず、何も掴めない。
それに、足がないからどこにも行けない。
そんな俺の前に一つの青い光と、橙の光が現れて、目の前で混ざって一つの光になった。
その光の中には、どこかの王の謁見室みたいな景色が広がっていて、俺は玉座に腰掛けている。
また夢かとも思ったけれど、それが現実なんだと誰かが教えてくれた。
光の中の俺は玉座に片膝を立てて座っていて、誰かと向き合っていた。
相手は大きな戦鎚斧を構えて、こちらを鋭く睨んでいた。
「まさか、トラスもナラクも殺されるなんて……」
声は落ち込んでいたが、不思議と俺は悲しさを感じていないと思った。
二人分の名前を口にした俺自身、それらの名前に特別何かを思うこともしていなかった。
「だけどな、お前たちが俺を殺すことは不可能だ」
光の中にいる俺は、斧を向けてくる男を見てニヤッと笑った。
自分の顔は見えないけれど、今ここにいる俺がニヤッと笑っているのだから、多分向こうの俺も笑っていると思う。
「だったら何を焦ってる? 本当はわかってるんだろ。俺が使う魔法は危険だって」
魔法。その単語が俺の中で引っかかった。
こうして光を見ている俺は、ここに来るまでは一体どこで何をしていたのだろう。
魔法という単語を聞いて思い出したのは、見た目が似ていながら寿命が信じられないくらい長くて、目の色がコロコロ変わる種族だ。
もしかして、あいつらだと勘違いされてここにいる?
あり得ない話ではない。
目に細工をされて、原妖種だと売られた友人を何度も見て来たのだから。
彼ら長命種の子供は、想像以上の値で取引される。それを俺は何度も見て来た。
だけど、俺がここに来るまでの間のことが思い出せない。
どこか遠くで、みんなと一緒に震えていた気がする。
そこでの俺はやっぱり落ちこぼれで、蔑まれ蹴られて殴られた。
だけど、俺には仲間がいた。同じく落ちこぼれだと言われた仲間が。
そうだ。俺は彼らと一緒に逃げたんだ。
逃げて逃げて逃げた先で、あの綺麗な星を見つけた。
星? 仲間? 遠い場所ってどこだ?
頭の中がぐちゃぐちゃする。
まるで、二人分の記憶が無理矢理並べられているみたいだ。
見覚えのない星空の下で、こっちを見て笑う両親の顔が脳裏に浮かんだ。
次に、見覚えのない怪物に殴られた。
違う。あんな場所は知らない。あんな怪物と会ったこともない。
ぐるぐる回る頭の中で、誰かの声が響いた。
「プリフカム・プロヴィア・メデオロア!」
瞬間、光の向こうで青の中で揺れる赤紫の光が眩く輝き、俺の体を包み込んだ。
流れは強く、光は暖かかった。
と、誰かに手をつかまれた。それまでは俺に手なんかないと思っていたのに、確かな感触が伝わって来た。
視線を向ければ、流れる光の向こうで誰かが笑った。
「道に迷ったんだ」
ふと言葉が溢れた。考えて喋ったわけではない。
一言口にした瞬間、胸の奥が熱くなって視界が揺れた。
「帰り道がわからないんだ。助けて!」
誰に、何から助けを求めているのかは分からない。ただ、そう思った時にはそう叫んでいた。
掴まれた手に力が込められた。そして、掴んできたその見えない手は俺を引っ張る。
「こっち」と、誰かの声が聞こえた気がした。
声に従いついて行く。と、それまではなかったはずの俺の足が動いた。
光の流れに沿って進んで行く。
青と赤。それから紫の柔らかくて暖かい光は、背中をそっと押してくれているようで、その感触から安心感が胸の奥へと流れて満たしてくれた。
ふと、光を振り返った。
青と赤と紫の夜空を思わせるこの光の流れを作った彼を見る。
これほど優しく暖かな気持ちになったことなどなかった。その感触を伝えてくれたのは、物々しい戦鎚斧をこちらに向けた原妖種の彼だ。
ピタリと、視線がぶつかった気がする。
いつか見た黄昏の空が、そこにはあった。




