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016 死霊魔術師の本気

 嵐の過ぎ去った後のような惨状を広げる王の間の一画にて、俺はガイコツフードこと、歴代で最も強いと言われているトーラス・オーラスなる死霊魔術師と相対していた。


「まさか、これも防がれるなんてな」


 斬撃痕が大理石の床を傷付け抉り、天井から伸びる石英の柱は途中で切断されて宙ぶらりんになっていた。そんな中でトーラスとその足元だけは無傷で、惨状の中心は台風の目の中であるかのような様相を見せていた。

 まあ、同じ死霊魔術師なんだから、呪文を聞けば対処法は分かるか。

 魂を純粋なエネルギーに変換して魔法として飛ばす解魂呪文。それを防がれたとあれば、次の手を打つしかない。


「その魂たちは、この迷宮で?」


 こちらが構えている中、トーラスは構えを解いて話しかけて来た。

 少し思ったけど、多分おしゃべり好きだよな、この人。


「まあ、地上のもいくつかあるかな」

「何故?」

「は?」

「何故、そんな事ができる? 彼らの輝きは、貴方にだって見えているはずなのに」


 何の話か分からず首を傾げていると、トーラスは声を震わせ叫んだ。


「星々のように燦然と輝く彼らを、貴方は燃料かのように浪費する。何故そのような非道を貫くことができるのかと聞いているのです!」


 声自体どこから聞こえているのか分からないのに、その声に怒りが滲んでいれば、こちらの頭が混乱するのも無理からぬことだろう。


「星? 輝き? 何言ってるのか分からないけどさ先輩…………やっぱ、アンタはそっち側なんだって事は分かったよ」

「何?」

「アンバーが言ってただろ「初代に匹敵する」って。それは別に、魔術師としての才能だけに限った事じゃないと思ったんだ。予想通り、アンタも初代同様平和主義みたいだしな」


 勝機があるとすればそこだ。

 魂を有効活用できるか否か。

 俺は自分の意思で、他者の波を動かしぶつける事ができる。しかし、初代と歴代最強はそれが出来なかった。


「グラキス・マーレ! <本質は冷たく暗い!>」

「ミニメクレ! <守護しろ!>」


 魂を一つ取り出し揺蕩う波を氷の風へと変換、トーラス目掛けてアヴァリティアを振る。

 が、半球状に広がった薄膜がトーラスの骨だけとなった体を冷風から守った。

 死霊魔法を汎用魔法で防ぐのは、本来不可能な芸当だ。それを可能にするには、尋常ならざる魔力を転換するしかない。

 これでも魔力切れを起こさないって……原妖種だって言ってたし、多分ロゼリア団長と同じく五色持ちだったか?

 いや、もしかしたらそれ以上かも……。


「貴方も死霊魔法の使い手であるのなら、魂を観測できているはずだ!」


 互いに杖の切っ先を向け、呪文を唱える。

 トーラスは自身の魔力を使用した死霊攻撃魔法である『悪魔の右手』を使い、こちらは魂を消費する死霊魔法『混魂呪文』で二つの魂を練り合わせ、一本の槍へと姿を変えて投擲した。


「見えてるよ。だけどな先輩。俺から見れば魂なんて、星みたいに輝いてなんかいない!」


 迫る無数の右手の群れを、螺旋を描いて直線状に飛ぶ魂の混合槍が風を生み、払い除けながらトーラスの背骨の中心目掛けて突撃する。


「皆、自分勝手に欲したものを奪おうと押し寄せてくるんだ。海の荒波みたいに。踏ん張ってなきゃ、こっちが持っていかれる!」


 槍の切っ先を右手に握った杖で横から叩いたトーラスが、真っ黒な眼窩に憂いを浮かばせながら、混合槍を消滅させた。


「空に浮かぶあいつらは、欲望に従順に押しては引いてを繰り返し、渦を巻いては流れを重ねる。そんなこの世の終わりみたいな高波を立てるばかりで、星だの輝きだのなんてどこにもないんだよ!」


 生者の覚悟も、死者の想いも、俺には気持ちの悪いものにしか思えない。

 生きる為に死を受け入れたり、死んでいながら悔やみ続けていたり。そんなものに、一体何の価値がある?

 生きていようが死んでいようが、何も変わらないだろ。

 俺たちはただ、自分に与えられた箱庭の中から、外に見える箱庭の景色を眺める事しかできないのだから。

 自分がどうなっていようが、箱庭は変わらない。そこから見える景色は変わらない。俺たちはただ、俺たちの意識の外に存在する何者かに与えられた箱庭を見続ける事しかできなんだから。

 箱庭の内装を変えられたとしても、箱庭自体を変える事など不可能だ。

 だのに、何故誰もが箱庭そのものを変える事を望む?

 お前たちの為に、誰かが造ったものなのに。


「…………」

「…………」


 トーラスは何も言わず、俺も何も言わない。

 ただ互いの目を見て固まっていた。


「……ここに来るまでに、魂なき生命を見たか?」

「は? もしかして、あの緑のブヨブヨか?」

「そうだ。彼らは、不死の呪いによって魂を失った肉体の成れの果て。中身がこぼれ出た事にすら気付かず、卓の上に出しっぱなしになっている穴の開いた杯のような物だ。埃を被り、カビを生やし、そして風化し罅割れる。しかし、それでも死ぬことだけはできずに迷宮を彷徨っている」

「だからなんだ? 魂が肉体から離れても、魂の残滓が肉体に影響を与える事はよくあるだろ」


 でなければ、アリスやフリット、メリダにベルベットに、自我にも等しいそれが残っている説明がつかない。

 人造魂を生成するとき、肉体に残った魂の波長を読み取りそれに近づけて作るため、より出てきやすいのだろう。


「やはり。私と貴方とでは、魂の観測自体が異なるようだ。……しかしふむ、『波』か。……何故? 星々の瞬きは、言うなれば死に際に見せる一際明るい刹那華とも言える。であれば波は? 押しては引いてを繰り返す。いわば、永遠とも言える反復動作のよう…………。まさか、彼にとって、死は終わりではない? 生と死の境を取り払い全てを見ている? そんな事、常人にできる事か? だが、それ以外に考えられれない。だとすれば……」


 一人ぶつぶつ呟くガイコツとは、奇妙な事この上ない。

 さらに嫌なのは、顎をガチャガチャ言わせていれば「あっ、今喋ってるんだな」って分かるのに、トーラスとかいうこの魔術師は何もない空間で声を反響させているかのようで、生者を思わせる清涼感を含んだ透き通った声をこちらの五感に届けて来る。

 正直、不快感が拭えない。

 離れれば口頭での会話と同じく、声量が変わるのも違和感がすごい。

 もういっそのこと「直接そちらの脳に声を届けている」くらい言ってくれた方が親切なまである。


「あの……」


 なんだか戦う雰囲気では無くなってしまったんですが……。


「ああ、すまない。少し考え事をしていた」

「はあ、そうですか……」

「結論から語ると、私と君の死霊魔法は異なるものだ」

「はい?」


 突然始まった死霊魔法の講義は、トーラスの独壇場だった。

 こちらの話を挟む余地はなく、ただ一方的に仮設とその根拠を推挙しては、満足げに次の疑問を口にする。

 これはあれだ。技術者特有の熱というものだ。

 魔術武具の製作に入っていたアンバーが、久方ぶりに姿を見せた時と同じ勢いを感じる。


「ところで君は、考えた事はないか? 自分の見ている世界と、他者が見ている世界に差異があるのではないかと」


 ようやくこちらに話をする機会が来たと思えば、なんとも不思議な質問だった。


「あるよ。ってか、それが当たり前でしょ。人には人の箱庭が用意されていて、その中では自由に生きられる。だけどその庭の外にはより大きな箱庭があって、他の人の箱庭が一緒に入れている。だから外の庭に出れば他の人が自分の箱庭で見聞きしたことを好き勝手に話す。結果、互いの知らない部分で対立が起こり、どちらが上かを競い始める。箱そのものが違うんだからどちらが上もないのに」


 これは、なにも原妖種とその他の種族との間の話ではない。

 同種族でも起きている事だ。

 以外にも思えるだろうが、自分と他人で見ている世界が違うという事に気付くには時間がかかる。だから短命種には理解のできない話で、原妖種は長命である為に起こりにくいというだけの事。


「そうか。それが、君の核なのか……」

「この答えが、さっきの俺と先輩とでは死霊魔法が違うって話とどうつながるんだ?」


 こちらが静かに聞いていれば、一人勝手に納得しているこの魔術師を見ればわかるだろう。

 俺から見れば全く分からないが、恐らくはあっちの視点では何かが見えていて、何かに繋がったといった所だ。

 だから、俺はそれを聞くまではこうして静かに待つ。ここで気を荒立てて刃を構えようものなら、それでこちらの疑問と相手の答えの全てを失ってしまうから。


「魔法とは、謂わば自身の法を世界に認めさせる行為だ」

「それは知ってる」


 魔法はなんでも出来る。世界に自身のやりたい事、なりたいものを押し付けるからだ。対して魔術は、世界の理に(のっと)って事象を起こす。

 魔法はその名の通り『法』であり、魔術は『(すべ)』だ。


「君なりに言うのならば、死霊魔法という箱庭の中で、さらに『(トーラス・オーラス)』と『(ダリル・ベレッタ)』という箱庭に分かれて入れられていると言う事だ」


 それは考えていなかった。

 魔法と魔術が異なるのは知っていた。だからこそ、魔術に自由があると思っていた。

 魔法は誰かの作った箱の中に押し込められた、選ばれた者が入れられる場所だと。

 しかし、その箱の中にまだ箱があると、先輩はそう言っている。


「私には、魂は夜空に輝く星々のように輝いて見えるんだ。散り際に見せる命の輝きというやつだ」

「俺には波に見える。陽光を反射し白泡を散らせる、水面に映るいくつもの揺らめき」


 星と波。その違いはどこにあるのか。それが示すのはおそらくは一つ。


「私と君という二つの箱が存在する事で、それぞれの法が存在している。そして君の法ならば、不死を殺すことが出来る」


 その考えに至ったからこそ、先輩術師は杖を下げた。

 その答えを得られた今があるからこそ、俺にも理解できることがあった。


「先輩たちが魂を使わない理由は、そこにあったんだな」

「ああ。私たちの法では、魂は無へと還ればそれ以降存在することができなくなる。しかし、君の法では違う」

「そもそも、無こそが全ての始まりだからだ。全ては無から生まれて無へと還る。その辺をうろつく魂は死して尚、無から生まれたこの地に残ろうと足掻いてるバカばっかりだ。だから還すんだ。もう肉体には帰れないバカたちを」


 アヴァリティアを構え直した俺を見て、先輩はようやく杖を向けて来た。


「理解した。ならば、私からも頼む。私を、私たちを還してくれ。君の言う、全ての生まれる場所へと」

「了解した」


 これは、争いでもなければ殺し合いでもない。

 互いの違いを理解し受け入れた、その結果だ。


「モンスピクルム <魂の崩壊>」


 アヴァリティアの赤を基調としたその刃に青白い光が零れ落ち、背高草から朝露が垂れ落ちるが如く、頭上から光が降り注ぐ。

 トーラス・オーラスの骨の体を包み込んだ。

 もう一枚の瞼を開き波を見る。

 アヴァリティアの中に入れていた魂と先輩の魂が、それぞれ好き勝手に揺れていた。

 それらの一つ一つを観測し、逆の波長の人造魂を作ってぶつける。

 青白い光が陽射しを思わせる暖かな光へと変わり、赤い燗鱗と橙の金属で作り上げた三種の混合杖に刻まれた術式が姿を見せた。

 光は一段と強くなり、対消滅を起こした波が砕けて魂は純粋なエネルギーへと変わって行く。


「どうか……理の外から来たアレを……私たちの法を無視する怪物を…………殺して」


 魂から返還されたエネルギーは、アヴァリティアに残るものと世界へと還るものとに分かれた。


「そのために来たんだ」


 光が収まると、その場には不思議な静けさが訪れた。

 砕かれた大理石の床。

 天井からぶら下がる、途中で折れた石英の柱。

 翼をもがれ、頭を失った黄金像。

 キラキラと石片が舞い散る中で、俺はそれへと振り返る。


「次はお前だ。不死の王マルヴェラ」


 最初に吹き飛ばした玉座のあった場所にはいつの間にか玉座が戻り、そこに初見と変わらない姿勢で腰掛ける子供が歪な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

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