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001 リンドーン砦攻防戦

 風を切る音が、耳元を掠めて通り過ぎた。

 視線を横にずらせば、そこには一本の長槍が突き立っている。

 場所はファータ帝国内、ヴィスカル領とマーメント領の境界。

 現在、ヴィスカル伯爵とマーメント侯爵による戦争が勃発していた。


「危ないな。もし当たったら、怪我だけじゃ済まないだろ」


 土煙がもくもく空へと伸びるのをぼんやり眺めながら、周囲の状況を確認する。

 すると…………いた。

 俺に槍を投げたらしい巨漢には、こめかみから三日月状の角が一対伸びていた。

 妖牛種(モゥ・プーカ)という種族の男であるそいつは、投擲後の姿勢のままそこにいる。

 一体何をしているのかと言えば、わざわざそこに残って自身の力を誇示していた。

 早く移動しないと狙われるだろうに、両腕を肩の高さに持ち上げ、肘を曲げて力瘤を作ったりしている。

 その隣では、首に柔らかくて暖かそうな羊毛を巻き付け、耳の裏から捩じれた角を生やして頬の近くにまで伸ばした小男が、妖牛種の巨漢に何やら声をかけていた。

 見る限り、非難や罵声ではなく、むしろ声援を送っているように見える。

 悠長な事を。


「早く逃げないから……そうなるんだよ」


 再度確認すれば、そこには、身体中に同じ長槍を突き刺されて絶命した巨漢が一体、体中から血と羊毛を噴き出した妖羊種(ヴァニタス)の小男が一体倒れていた。

 ご臨終です。

 ご愁傷様です。

 ここからの距離は、約三〇〇メリル。効果範囲内ではある。


「どうしようかな。ああいう脳まで筋肉でできてる奴って、結構自我が残りやすいんだよなぁ」


 一人ごちる俺の元に、一人の兵士が駆け寄ってきた。

 金属鎧を全身に纏い、一歩動くごとにガチャリと音を立てるそれを、俺は横目に見た。

 ガチャガチャリと近づいてくるのを見ていると、数歩先の地点で止まり、左手を自身の胸の中心に当てて頭を軽く下げてきた。

 敬礼したってことは、この人は俺より立場が下なんだろうな。でも、鎧に汚れ一つ見られないってことは、殺しの場には行っていない。

 誰かからの伝令役ってとこかな。


「伝令です。ここから南東約十キーツ先のバンボロ砦に援軍を向かわせて欲しいとのことです!」


 声を張り上げる兵士の鼻と口元には厚めの布が当てがわれていて、声はややくぐもっていた。

 それ、ちょっとばかし失礼じゃない?

 そんな事を言えば、この兵士は困ったように眉を顰めるだけなのだろう。それなら、当て布を引っ張り剥がした方が面白い反応が見られそうだ。


「了解。二千ぐらい送れば足りるか?」

「に、二千、ですか……」


 だったら、最初から明確に人数を提示しろっての。


「……ここの戦力を全て送る。そう伝えてくれ」

「いや、あの、ベレッタ上級魔術師様」


 ごちゃごちゃとうるさいな、コイツ。


「さっさと戻れ。死にたいのか?」

「へ?」


 伝令兵の間の抜けた返事と同時に、戦地からまたも長槍が投げ込まれた。

 ここは何時から槍投げ会場にされたのだろう。

 記憶が正しければ、ここも立派な砦のはずなのだが……まあ、室内ならいざ知らず、外壁の上にいる俺が悪いだけなのだけど。


「動け」

「は、はい!」


 鉄錆の匂いが強く立ち込める戦場に、誰のともつかない悲鳴と怒号の入り混じった大声が響き、その度に、金属同士の衝突音や切削音が飛ぶ。

 ホント、うるさいな。

 どこか遠くでドンパチやってくれるのなら構わないが、こうして間近でやられてはのんびり本も読めないではないか。

 とは言いつつ、ここには戦争しに来ているのだから、働かなければいけない。

 ズル休みが発覚すれば、上から怒られてしまう。

 ここは一つ、先刻の伝令兵に言った通りの戦果は出さなければ。

 そうと決まれば、即実行。

 俺は、懐に差し込んでいた自分の腕と同じぐらいの長さの杖を引き抜いた。

 知り合いの庭師からもらったエボニー材を削り磨き上げた柄は良く手になじみ、先端に抱かせた腐爛竜(ふらんりゅう)爛鱗(らんりん)が怪しく輝いた。

 心臓の隣で、魔力を粘土を捏ねるように練り上げる。それを、心臓を介して血管へと通し、右手に掲げた杖へ浸透させて行く。

 あとは呪文を唱えれば、魔法が発動する。

 死霊術師(ネクロマンサー)を前に、これほどの規模で戦争をしてはいけない。

 

「アニマスモルトス! <死者の忠誠は蘇る!>」


 腕から手へ、手から杖へと移った魔力は、杖の先端の球形状に削られた鱗に流れ込み、そこで渦を巻く。

 渦は勢いを増して、呪文に呼応して中空へと渦巻いたその身を解き放った。

 戦場へと広がった俺の魔力は呪文を乗せて、そこここに倒れた死体へと降りかかる。

 後で回収しようとしていたのか、それとも防壁代わりにしていたのか、三つか四つの死体の山が一斉に崩れる。

 土砂崩れのように、一気にズサーッと。

 山は崩れて、三毛の毛並みをした妖猫種(ケット・シー)や真っ黒な毛を陽光に照らした妖犬種(クー・シー)の死体は力なく、戦場の冷たい地面で横に広がった。


 数秒間は、何も起きなかった。

 山が崩れたのは偶然で、何か魔力を感じた気がするがきっと勘違いだ。

 そんな事を考えたのだろう敵兵が動きだした。

 そんな領主思いの彼らの足元では、崩れた死体が静かに横たわっている。


 さらに数秒後、事態は一転する。

 崩れた死体たちが一斉に起き上がり、近くにいた兵士に剣や槍を突き立てた。

 死体は斬られど突かれど、止まりはしない。

 死にもしない。とっくに死んでいるのだから当然だ。

 結果、死者の兵士たちは、大波となって敵陣目掛けて進み出した。

 たったこれだけの事で、戦争はいとも簡単に終わる。

 必要なのは、動き回れる程度の損傷に留めた死体の山だ。

 自分でも酷い事を言っている自覚はある。それでも、俺のような死霊術師には、生物の死体は大切な武器なのだ。

 魔法と言っても、無から有を生み出せる魔法ばかりとは限らない。



 三時間ぐらいは経過しただろうか。

 死体の視覚を共有して状況を確認しながら、時々死操魔法を放ちつつ、敵の心を木っ端微塵に打ち砕いて過ごした。

 ヴィスカル領とマーメント領の境のロロト平地に建てられた砦、リンドーン砦。

 この地にて行われた攻防戦、その名もリンドーン砦攻防戦は十日間で終結した。

 自陣の損害無し、敵軍兵士の八割が、死者の軍勢として南東のバンボロ砦に援軍に向かった。




「以上が、私の担当した攻防戦の戦果となります」 


 会議室に、俺の無機質な締めの言葉が反響した。

 ここは、ファータ帝国の都、トントドールに置かれた騎士団総本部の会議室。

 ここから東部に半月ほど馬車を歩かせた場所に、戦場となったリンドーン砦がある。

 つまり俺は、戦争の勝利に貢献した後、疲労で固まった体に鞭を打ち、二十四日かけて首都に戻ったのだ。


「いや、何が「以上」だ! おかしいだろ、どう見ても」


 だのに、こうして敵意とも取れる鋭い視線に囲まれているのは、甚だ遺憾だ。


「何か質問がありますか?」

「当たり前だ。先ず最初に、そちらの騎士団に損害が無いとはどういうことだ?」


 ファータ帝国には現在、四つの騎士団が存在する。

 俺が所属するのは、ヴェントス騎士団。

 この国一の剣士と言われるアレス・ミュートが団長を務める、実力者ぞろいの騎士団だ。

 そして、この会議にはアレス団長も出席している。

 が、その他、三人の騎士団長も漏れなく全員出席していた。

 円卓に座するのは、各騎士団の団長。


 小麦色の髪に、新緑と快晴の色を含んだ瞳の精悍な顔つきをした男が、アレス・ミュート。

 ヴェントス騎士団団長だ。


 そんなアレス団長の右隣にいるのが、ルークス騎士団団長のルー・ルルカ。

 川底から見上げたかのように、輪郭のはっきりしない淡い水色の瞳に、腰にまで届きそうなほど長い黒髪をそのままに流した少女。

 その顔はいつも通り、何を考えているか分からない無表情だった。

 そんな女児団長の背後には、従者とも騎士団メンバーとも取れるメイド服を着た見目麗しい女性が、静かに控えている。


 逆側のアレスの左隣には、そんな女性騎士たちとは正反対に位置するであろう巨漢がいる。

 イングニット騎士団団長、ヴォルド・ガンク。

 巌のような顔というのは、きっとこの男の為にある言葉だと思う。

 背丈は俺の身長の一・五倍は高く、肩幅や体の厚みは二倍ほどもある筋肉の塊だ。

 全て後ろに流した長い錆色の髪が揺れ、同色の爛々と輝く瞳がゴロゴロ動く。

 どうやら、会議室中の顔ぶれを観察していたらしく、顔も一緒に動かしたことで、猛獣を思わせていたその瞳の色は、銀や青銅へと変わっていた。

 そんな、見た目が既に暴力的な男の後ろに控えた部下も、勿論引き締まった体をしている。


 そして最後に、アレス団長の対面にいる彼女が、ロゼリア・ヴァーミリオン。

 フルーメ騎士団の団長にして、この国唯一の召喚魔法の使い手だ。

 新雪を思わせる清涼感を醸しながらも、麗美な白銀の髪を緩く編み込んだその姿は淑女然としていて、美しかった。

 さらに、凛々しい光を含みつつも柔らかさを秘めた輪郭の目元は、見る者を引き付ける不可思議な魅力がある。

 そんな彼女の瞳は真っ赤に濡れていて、なおかつ生命の息吹を感じる新緑に染まり、活発さを見せる黄色が踊る。

 それらの奥底では、触れれば全てを溶かしてしまいそうな青い炎が閃き、神秘のベールを広げた紫の輝きが全てを包み込む。

 一種の芸術品のようにも見える彼女の背後に控えた男が、先刻俺に質問して来た騎士だ。

 名前? ……知らね誰だっけ。確か、入団時期は近かった気がする。


 入団試験は年に一度。全騎士団長が揃って審査する。

 適正、才能、伸びしろ。あとは、本人の人格を加味して、誰が、自身の騎士団に引き入れるかといった方式を取っていたと記憶している。


「何だ、答えられないのか。やはりこの報告は嘘という事か」


 円卓の席に着いた騎士団長と、その背後の部下を見ていたら、正面で俺の書いた報告書を片手に持った、名前を忘れた同期らしき騎士が言って来た。

 その顔は、片方の口角を持ち上げた、煽り十割の笑みを貼り付けている。


「説明しろ」


 眼前の席に着いたアレス団長からそう命令されれば、話さないわけにはいかない。

 めんどくさくてやる気にならないとしても、団長命令には逆らえないのだ。


「はい。損害無と書かれている部分についてですが、私の判断で、損害の定義を人命に限定して報告書を作成いたしました。その旨は、報告書の冒頭に記載済みです。今一度、ご確認ください」


 淡々と告げて静寂が下りると同時に、心の奥底で安堵の息を吐く。

 こんな堅苦しい雰囲気は嫌いだし、そもそも戦争中にする事でもないだろ。

 頼むから、さっさと終わってくれぇ……。


「そんな事は、ここにいる全員が理解している。こちらが訊きたいのは、どんな手を使って被害を出さずに戦を終結させたのかという事だ」


 それこそ、説明する必要ないだろ。そう思ったのだが、そういえば、ここにいるメンバーで、俺が死霊魔法が使えるのを知っているのはただ一人だった。


「……私が得意としているのは、死霊魔法です」


 あとは察してくれ。そんな意味を込めて言ってみたが、円卓の団長たちだけでなくその背後の騎士たちまでも、俺に対して好奇の目を向けて来た。


「質問言いかしら? アレス殿」


 静まり返った会議室に、涼やかでありながら、ほんのりと温かさを含んだ風が吹いた気がした。

 見れば、対面の椅子の上で、白く艶やかな五指を立てて手を上げた、ロゼリア団長がいた。


「何か」


 対して、アレス団長は静かでいながら、空気を凍らせるような威圧を纏った声で応える。


「私の記憶では、そこの彼は入団試験時、杖ではなく剣を振っていたはずなのだけど」

「ええ、その記憶に間違いはありません」

「つまり、なんだアミュー。お前さん、入団後に死霊魔法をわざわざ覚えさせたってのか?」


 アレス団長とロゼリア団長がそれぞれに放つ独特な空気によって冷え切った空間に、巌の暑苦しい声が裂き割って入って来た。

 にしても、アミューって……ああ、()レス・()()()トだからか。


「それが何か?」

「そんな才能、入団前から分かっていたんじゃないのかって事だ。分かってんだろ」


 錆に銀と青銅の色を持った武力の瞳が、アレス団長を射抜いた。

 重々しい瞳の色と同じ錆色の髪が、熱で浮いているように見える。

 騎士団内では『ファータ帝国の武力の象徴、ヴォルド・ガンク』などと呼ばれているが、なるほど。武の象徴と言われれば、確かにその通りだと言える雰囲気を纏っていた。


「縁故採用、規律違反」


 静かでいながら、しかし強い存在感を放つ少女が口を開いた。


「それが本当なら、ね」


 ルー団長の言葉に重ねて、ロゼリア団長が追撃を仕掛けて来る。

 団長同士で火花を散らせる中、部下の騎士たちの視線にも変化が起きていた。

 好奇から敵意へ。

 この場にいる騎士たちは、皆団長の事が好きらしい。

 俺はそこまでだけど、同僚もアレス団長を慕っているし、それが騎士団共通だという話だ。

 騎士団員は、皆団長に惚れているとか。

 そんな彼らの一番が揃って俺の話をしていれば、面白くないだろう。

 だけど、それってこの場でする必要ある?

 今、戦争中だよ?


「発言の許可を」


 これ以上話が長引くのは面倒だ。そして、彼らから向けられる敵意を正面から受けるのも限界だ。

 だから手を上げ、許可を求めた。


「許可する。話せ」


 アレス団長からの底冷えするような許可を得て、ようやく会議室の空気が変わり始めた。


「私は、死霊術師としてヴェントス騎士団に貢献しています。そして、それは今回も変わりません。私一人がリンドーン砦で待ち構え、砦内に飛び込んで来た敵兵を討ち取り、死操呪文で私の戦力にしました。これを、相手が戦意を失い撤退するまで繰り返す。たったこれだけの話です」

「そんな嘘を信じろと?」

「何を持って嘘と判断したのかは分かりませんが、私にとっての真実はいま語ったものが全てです。そしてこれまでの話は、全て報告書にも記載しています」


 だからもう一回ちゃんと読め。

 そういう意味を込めて一同を見渡した俺は、こっそり小さくため息を吐いた。

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