015 影と魂の衝突
影を創るのに必要な材料は三つ。
一つ、魔力。
魔法同様、魔術にも魔力は必要となる。
二つ、記憶。
俺の記憶が元となって影の兵士は生まれる。
記憶の密度が濃ければ濃いほど、影の兵士の力も上がる。
三つ、情報保持媒体。
俺の記憶にある特定の人物を一つの術式へと変換し、それを全て記述できるだけの容量を持った器が必要となる。
影魔術を開発した当初、三つ目の材料に俺は苦戦を強いられていた。
人一人分の術式は膨大で、それを刻み切れる大きな器が見つからなかったからだ。
周りからは「いい加減研究を止めて、魔法武具の製作に専念しろ」と肩を叩かれた。
だが、俺が一番分かっている。俺には魔法の才能がない。
汎用魔法は覚えられたが、付与魔法は基本となる武具への魔力付与だけしか覚えられなかった。
属性付与すらできなければ、付与魔法の極致である因子解放魔法などもってのほかだった。
保有魔力量も原妖種の中では平凡で、瞳も二色だ。
こんな状態で魔法武具を作ったとしても、先代を越える作品は作れない。それが分かっていながら、その道に進む馬鹿にはなれなかった。
だが、周囲の考えは違っていた。
先代を越えるよりも、帝国に貢献するのが先だと。
つまりは、出来の悪い魔法武具を製作し、それを功績として胸を張れとそう言って来たんだ。
ふざけるな。俺は、そんな中途半端な作品を作るつもりはない。
だから、逃げた。
そう、逃げたんだ。俺は爺さんや親父が作り上げた作品をこの目で見て、そして折れてしまった。
俺には作れない。俺では届かない。
一度でもそう思ってしまえば、そこから動き出す事などできなかった。
塞ぎこんだ。目を閉じて、耳を塞いで、周りを見ないようにした。
そうして逃げた先が、騎士団だった。
剣を握り、汎用魔法で立ち回れば、そこそこ戦えると踏んでいた。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
同じ試験会場で、初めてあいつを見た。
死の気配を隠しもせずに、自然体で佇むあの怪物を。
ダリル・ベレッタ。
不可侵領域で生き残った。なんて噂が出回るほどに悪目立ちした我流を進む原妖種。
当然、俺はあいつが気に食わなかった。産まれながらの才能だけで、同じ地位にいる事が許せなかった。
なんの苦労もせずにそんな飄々としているのが、我慢ならなかった。
だから、嫌がらせをした。
今更ながらにガキだったなと思う。
食堂の飲み物に毒を混ぜたり、戦闘訓練時に折れるように木剣に細工を施したり。
だが、あいつはそれらをものともしなかった。
毒は普通に飲んだし、折れた木剣でも平然と相手を伸していた。
誰かに対して、明確に悔しいと思ったのは、この時が初めてだったと思う。
爺さんたちに対して抱いていたのは、越える事も壊すこともできない壁を目の前に打ち立てられた絶望だったのだから。
それからは、面と向かって関わろうと思った。
一人コソコソ隠れて何かをするのは、卑怯な気がしたから。
だというのに、あいつは死者に自作の魂を入れて、盤上遊戯に勤しんでいた。
この時には言葉にできなかった感情が、俺の中で弾けた。が、今ならそれが何かわかる。
俺はあの時、ダリルに恐怖した。
死者と遊んでいた事に対してなんかじゃない。
黄昏の色を浮かべたあの目は、何も映していなかった。
目の前の死者も、盤上の駒も、そして声をかけた俺すらも。
あいつには、生者である為に必要なものが欠落していた。それを、あいつ自身理解していない。それが、俺の中で恐怖となって湧いて出た。
才能を持たずに産まれた俺と、生者として産まれてこなかったダリル。そんな二人だったからだろうか。
俺は、ダリルと話すようになった。
話して分かったが、やはりダリルの中では、生者と死者の境が存在しないらしかった。
ダリルには、生者が持つ死者に対する弔いの心が無かった。
だから、生者に対しても死者に対しても同じように接する事が出来てしまい、そして他者の魂を平気で浪費する事ができた。
そんな友人を、俺は怖いと思う以上に、何とかしたいと考えた。
不思議だよな。俺自身、家を継ぐ事ができずに手一杯だったってのに、見ず知らずの友の為って、世話を焼こうとするなんて。
でも、それが意味ある事だったと知ったのは、もっと後になってからだ。
影魔術に必要だった三つ目の素材。
俺の記憶の中にある特定の人物を一つの術式としたとき、これを記述できるだけの容量を持ったもの。
そう、今俺が両腕に付けている手甲だ。
正確には、装甲として加工したベルベットの鱗だ。
不浄の竜だった頃から、この鱗は魔力を大量に蓄え、瘴気へと変換していた。
山一つを草一本生えない死の山へと変えるだけの力を持った竜から採った鱗だ。容量は十分だった。
鱗を細かく加工して装甲とした手甲に、俺は術式を付与した。
俺が記憶している強者たちを、術式に変換したものだ。
アレス、ダリル、ユフィは勿論の事、ヴォルドやルー、その他それぞれ武力に長けた人物の記憶を刻んでいる。
だというのに、戦況は一向にこちらに傾いてくれない。
元々召喚された人影を破壊するつもりがないとはいえ、両腕の装甲の二の腕から手首までを使用して作り出した影の兵士の数は、百四十を超えている。
それだけの物量を相手に、これだけ拮抗するなど正直思っていなかった。
気を抜けば、一瞬でこちらに負けが傾く。
理由は単純明快。
相手にしている揺れる人影たちの練度が、団長らと同等にまで仕上がっているからだ。
俺やダリル、ユフィでは、条件を整えない限りギリギリ同士討ちまで持っていけるかどうかというほどで、アレスやヴォルド、ルーの影で何とか戦えている状況だ。
近くで戦っているユフィに加勢を頼みたいところだが、あの鬼の相手で手一杯らしく、まだ無理そうだ。
ダリルは論外。トーラスまでこちらに来れば、負けは必至。
だが、そんな状況であっても、こちらに勝ちの目が全くないわけではない。
ダリルがトーラスを殺せば、その時点で召喚されたこれらの人影は消滅する。
召喚者と召喚体は繋がっているからだ。
消費した魔力は、召喚体に持っていかれたままとなり、召喚を解除しない限り戻ってくる事はないと記憶している。
つまり、召喚体がこれだけいれば、それだけトーラスの魔力は減っている訳で、破壊すればその分トーラスが力を増すことになる。
だから俺は、こちらの影がこれ以上破壊されないよう前に出て、相手の人影を破壊しないように立ち回らなければならない。
中々にしんどい役回りを引き受けてしまった。
時に、相手を殺す事よりも、殺さないようにする方が難しい。
この場合に使う言葉ではない気もするが、それは気にしない。
影の兵士が抑え込んだ相手の人影へと、爪を喰い込ませて動きを鈍らせる。
狙い目は足首の裏や、顎といった、人ならば弱点となる部位だ。
そうそう消滅する事はないため、俺自身は全力で殴り、切り裂き、蹴り飛ばす。
しかし、こんなに体力を消耗する戦いを続けていれば、負ける未来が強くなるのは当然だった。
ダリルには、一刻も速くトーラスを殺してほしい所だ。
と、こちらの焦りを感じ取ったわけではないだろうが、ユフィがいる方向から、大きな爆発音が響いてきた。
風に乗った死の香りから、恐らくは剣斧を使ったのだろうことが窺える。
「ようやくか。使用した感想を聞かなきゃ、製作者としては改良も修繕もできやしないってのに」
あれを使ったとあれば、向こうの戦闘は終わったのだろうと予想できる。ならば、こちらに勝ちが多少は傾くはずだ。
「もう少し、頑張ってみますか!」
そういえば、ダリルは何処に行った?
さっき、トーラスに派手に吹き飛ばされたのは見ていたが、それ以降二人の姿を見ていない。
「まあ、流石に殺されたってわけじゃないだろうけど……」
心配がないと言えば嘘になる。相手はあの死霊魔術師歴代最強のトーラス・オーラスだ。
彼女にかかれば、どんな魔術師も敵ではないと、爺さんの手紙には書いてあった。
「ダリル、大丈夫だよな…………」




