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014 豊穣と荒痩、不死と不浄

 トーラス・オーラス。その名前は、お祖母様からの手紙で知っている。

 しかし、それが今目の前で友人と戦っているなど、信じられるだろうか。


「どこを見ている、若い戦士よ!」

「しまっ!」


 迫る四つ目の鬼。視界の左から浅黒い拳が飛んで来ていた。

 避けきれない。本能が警鐘をけたたましく打ち鳴らした。

 視界を覆う浅黒い壁。その前に、突然真っ暗闇が飛び込んできた。


「む?」


 拳を振り下ろした鬼の不思議そうな声が、いやに大きく聞こえた。


「何やってるユフィ! こっちだって手一杯なんだ。無駄に戦力を減らすな」

「ごめん、もう大丈夫!」


 アンバーの影が庇ってくれたのだと理解すると同時に、今度はこちらから仕掛ける。

 腕を振り抜いた状態の鬼の側面へと回り込み、右手の斧を左脇腹へと下から振り上げるように差し込んだ。

 しかし、帰って来たのは金属質な反動と音。

 次いで左手の片刃の件で首目掛けて振り下ろす。が、これも刃と首筋の間で火花を散らせて弾かれた。


「力が足りん!」


 振り上げられた拳を体を反らす事で避ける、はずだった。

 視界がぐるぐると回る。

 体が奇妙な浮遊感に包まれ、四肢が風に靡く。

 痛みが全身を駆け巡る。


「ユフィ!」


 腕は届いていなかった。目の前を通り過ぎるのを、この目で確認した。

 風圧? 追撃? 

 どれでもないと脳が叫ぶ。


「……こんな鬼がいるんなんて、聞いてないよ」


 石英の柱に突っ込み、透けた結晶が光を乱反射してキラキラと輝いた。

 頭の上から降り積もった結晶の粉を払い落しながら立ち上がると、視界がグラグラ揺れた。


「まだ立ち上がるか。その耐久だけは褒めてやる」


 流暢に言葉を交わす鬼を前に、両手が空になっている事に気付いた。

 斧と剣は一体どこに行った?

 物の輪郭を崩した視界で右へ左へと彷徨わせていると、鬼がこちらに何かを投げた。

 大理石の床をカラコロ滑って来たのは、二つの赫。

 ベルベットの赤い鱗を芯材に、バラクスス製の透明感のある橙に染まった魔鋼が鋭い刃を見せる、探し物の剣と斧だった。

 アンバーとダリルから「いい加減名前を付けてやれよ」と言われていた二振りの俺の得物だ。


「落とし物だ」

「これは、丁寧にどうも……」


 殺気を交えた会話をしながら、視界が戻るのを待つ。その間に剣と斧を回収する。


「アンタ、名前は?」


 輪郭が戻り、目の前に佇む鬼が見えた。

 殺気は纏っているが、すぐに襲って来るつもりはないらしい。


「名前など無い。ただ、上の者らからは『紅の悪鬼』と呼ばれている」

「紅の悪鬼……どことなく似てるね」

「そうは見えんがな」


 姿勢を低く、悪鬼の懐へと飛び込む。

 剣も斧も、あの浅黒い皮膚の鎧に阻まれ、有効打にはならない。ならば、狙うは一か所。

 いや、四か所だろうか。

 深紅に濡れた瞳へと剣を突き出す。

 二つの赤がぶつかり、激しく火花が散った。


「アンタは鬼なんかじゃない。怪物だよ……」

「フンッ、その程度か?」


 剣を引こうとしたが、それを悪鬼は瞼を閉じて封じて来た。

 刺さりもしない瞳に、上下から挟み込んで動きを封じる瞼。

 鬼だと思わない以前に、同じ生物だとすら思えない。

 怪物と呼んだが、それすら生易しく聞こえるのだから不思議だ。


「小細工は効かん。戦士ならば戦士らしく、己が持つ全ての力で向かってこい」


 視界の下から、悪鬼の右手が迫る。

 避けなけばと考えた時には、剣を離して体を後ろに倒していた。

 先と異なるのは、回避距離。ぎりぎりではなく、余裕をもって離れた。

 右手を振り上げた悪鬼へ、後転した状態から前への跳躍で距離を詰める。

 

「これなら!」


 右手の手斧を両手に握り、横に一閃。二つの瞳を横断するように切りつけた。

 ギャリギャリと火花を散らして、金属音を広げた。


 何度か攻撃を交えた結果分かった事は二つ。

 一つは、拡張魔術を肉体に刻んでいる事。これによって、攻撃範囲が広がっている。

 おそらくは、その巨躯の一・五倍の距離を全方位補完しているのだろう。

 そして二つ目。

 何らかの魔法によって、物理攻撃を緩和している事。

 完全に無効化していないのは、外部から付与された魔法である為、無効化の効果が自身も対象になってしまうからだ。

 そう考えれば、後者の魔法がどんなものかは想像が付く。

 豊穣魔法と対をなす、ジャッジマン家相伝の魔法。

荒痩(こうそう)魔法』

 土地を荒らし、恵みを枯らせて敵の持久力を削ぐという何とも趣味の悪い魔法だ。

 その中には、特定の条件を無効化するものが多数存在する。

 水捌けの無効化、風通しの無効化、日差しの無効化などがよく知られている。

 そして、悪鬼が付与されているのはおそらく、土壌の変化を無効化するのに使用される魔法、外的要因無効呪文。その簡略型である、外的要因緩和呪文だ。


 斧を腰の鞘に収めて杖を引く抜く。その間に悪鬼は肉薄、こちらに殺気と拳を飛ばして来た。

 傷はないとはいえ、目の前で火花を散らされれば多少は眩しかったと見える。

 距離はそこまで離れていない。長い呪文は使えない。かと言って、豊穣魔法の文型は基本長い。

 元は土地の恵みを、姿形も知らない神に祈るための魔法だったのだから当然だ。


「クローディオクロック! <瞳を奪え!>」


 俺は、ダリルほど魔力操作も魔力量もないけれど、汎用魔法くらいは即座に使えるように鍛えている。

 懸念点だった魔法の緩和、もしくは無効化だが、予想通りそれらの付与魔法を悪鬼は受けてはいなかった。

 何故なら、魔法(と言うよりも魔術)と物理の両方を使っているのだから、どちらも無効化はできない。かと言って、魔法緩和を施しては付与した拡張魔術も弱まり、意味がなくなってしまうからだ。

 そう考えれば、魔法が有効なのはなんとなく分かる。

 って、緩和された物理攻撃ですらあれだけの威力って事? 直撃したら死ぬ威力だよ?


 こちらの推測通り、視力を奪われた鬼の速度は目に見えて落ちた。かと言って、このまま立ち止まってはいられない。

 悪鬼が、鼻をひくつかせてこちらに顔を向けているからだ。

 魔力を練り上げ、ベルベットの鱗から削り出した杖の先端を悪鬼に向ける。


「オムネウニウム・ウェル・ティトトゥール・イン・ウィティム <過剰な栄養は毒となる>」


 声に反応して突撃を繰り出した。が、もう遅い。


「エルゴーネッセ・エストルアブルトーレ! <故に洗い流す必要がある!>」


 呪文は唱え終えた。

 杖をレイピアのように前へと突き出し、溜め込んでいた魔力を放出する。

 魔力は呪文と混ざり合い、新緑の光となって悪鬼へ殺到した。


「こ、これは!」


 初めて狼狽えた声を出した悪鬼だが、四つの目を閉じた状態でもこちらに向かって足を進める。

 光の奔流に押されて数歩は退いたが、それでも突進をやめず、左腕を前に体を前へと傾ける。


「まさか、豊穣魔法を使えたとはな」


 光の濁流に飲まれた悪鬼は、体のあちこちに新緑の光の残滓を引っかけ、それでも目の前で佇んだ。

 左腕は皮膚を貫通して骨を晒していたが、まだ動けると右手を握って開いてを繰り返す。

 四つの瞼が開かれ、怒りに染まった深紅の瞳がこちらを見下ろした。


「無理だったか。残った手は……正直、これだけは使いたくなかったんだけどな」


 杖を差して斧を引き抜く。

 姿勢を低く走り出し、悪鬼に肉薄した。


「その程度の刃では、我が鎧は砕けぬぞ!」


 拳を握り振り下ろす悪鬼の目の前で、体を後ろに倒して尻を床に付けた。


「ぬっ!」


 ギリギリ拡張魔術の効果範囲外に出た俺のすぐ頭上の床が、打ち砕かれて陥没した。

 大理石の破片が顔に飛んできたが、何とか悪鬼の股下を抜けることに成功した。

 すぐに落ちていた赤い剣を拾い上げ、逆手に構える。


「何をする気かは知らんが、まだ魔法の方が可能性はあっただろう」


 振り返った悪鬼の顔には、依然として怒りが燃えていた。しかし、それとは別に何か、言葉にはできないものが揺れている気がした。

 それを何と呼ぶのかは分からない。しかし、無視していいものだとも思えなかった。


「見せて見ろ。今代の原妖種が成す、武の一端を!」

「アンタ、本当に似てるよ。俺の幼馴染みに!」


 剣と斧の合体。今まで使った事などなかった。

 暴力的な見た目と、実家を連想させる追加能力という二重の嫌いなものを含んでいるのだから当然だ。

 しかし、情けないが今はこれに頼るしかない。


「確か、魔力を流し込んで敵に当てるだけ。だったはず」


 斧の刃を斜め下に移動させて護拳に変えると、元々頭あったの部分には剣の柄を差し込む穴が現れる。

 逆手に握っていた剣をそこに差し込み一振りすれば、アンバーが考えた変形機構が動き、ガチリと重い音を奏でて変形完了を伝えてくる。

 長剣にしては短く、片手剣というには長い一振りの剣斧。


「名前、なまえ…………」


 ふと、幼馴染みと友人の声が頭の後ろから響いた。

『いい加減名前を付けてやれよ』という、二人の呆れを含んだ声だ。

 悪鬼が拳を振り下ろし、横から薙ぎ、こちらを掴もうと指をかけて来る。

 それらを変形合体させた剣斧で弾き、叩き、切り返す。

 跳躍で距離を取り、姿勢を低く剣斧を上段に構えて魔力を流した。

 剣斧だけでは不安が残るため、安全を考えて全身に巡らせる。


 ベルベットの赤い鱗の芯材に、バラクスス製の橙色を帯びた魔鋼を重ねて作られた茜色の刃が、薄く発光した。

 刃の内側で、アンバーが刻んだ魔術式が現れる。

 緻密で繊細、かつ大胆な術式を見て俺は確信した。

 これなら、ジャッジマンの魔法も、あの鬼が秘めている魔術も、両方破壊して刃を通すことができる。


 気付けば俺は、笑みを浮かべていた。

 不快感よりも喜びと呆れが上回っていたからだ。

 魔術武具に一生を捧げる幼馴染みと、亡者の領域から現れた死の気配を纏った友人が俺のために考え作ってくれたことに対する喜びと、それに今更ながらに気づいた自身への呆れ。

 この剣斧は、ジャッジマンの血を焼き払い、ユピタルの生きる道を明るく照らしてくれる道標なのだ。

 よく知る二人の顔が、頭の後ろの方でフッと鼻にかけた笑みを浮かべた気がする。


 悪鬼の深紅に燃える四つの視線と、俺の赤茶から白に変化する視線が中空でぶつかり合った。

 なんだか、不思議な感覚が体を揺らす。

 これは、アンバーと戦闘訓練をしたときの感覚に似ている。

 術師ながら、近距離戦闘を好むあの幼馴染みを目の前の悪鬼と重ねてしまう。


「まさか、アンタ…………」

「行くぞ、ユフィ!」

「っ!」


 そういう事か。

 何で気付かなかった。トーラスがガイコツフードとして目の前に現れた時に、可能性として考えておくべきだった。


「頼む『レッドアゲート』。あの人を……バラクススのお爺様を殺すために、力を貸してくれ!」


 構えたレッドアゲートを両手で握り直し踏み込んだ。

 バラクススの二代前当主、ナラク・バラクススも暗褐色に染まった拳を構えて突っ込んで来た。

 魔力を流し込んだ刃を、迫る拳へと振り下ろす。


赫導(せきどう)解放、ベルベット・オニクス! <不浄の爪刃!>」


 ナラクの振り抜く拳とレッドアゲートがぶつかり、互いに内包した魔力を解放した。

 外的要因緩和の魔法と衝撃拡張の魔術が、汚染された魔力とぶつかり、物理的な風となって吹き荒れる。

 レッドアゲートの刀身を駆け巡った俺の魔力は質を変えて、触れる全てを破壊する不浄の竜の爪撃と化す。

 破壊対象に境界はない。魔法も魔力も、魔術も術式も関係なく断ち切る。


 刃が右腕を縦に切り裂き、胴を横断し、その赫刃は心臓にまで到達した。


「………レティシアと一緒に……お前たちの話は聞いていた」

「お婆様と?」

「新しく……友ができたのだろう?」


 心臓へと達した刃が、静かに引き抜かれた。

 こちらからそうしたわけではない。ナラクのお爺様が、自分からその刃を引き抜いたのだ。


「はい。俺もアンバーも、彼には振り回されていますよ」


 目じりから、暖かな滴が落ちる。と同時に、いつもの笑みが口角を持ち上げた。


「そうか……そう、か…………」


 見上げた四つの瞳には、命の輝きは消えていた。

 汚染された魔力が鬼の体を蝕み、その肉体を灰へと変えて行く。


「どうか、ゆっくりお休みください。ナラクお爺様」


 崩れる肉体から露出した骨には、全体を埋め尽くす魔術式が刻まれていた。

 幼馴染みの書く、癖のある文字にそっくりだった。

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