000 王の器に二つの凶星
私は、生まれこそ平凡なものの、類稀なる死霊魔法の使い手に選ばれた。
生後四百年の頃の事だ。
生まれたばかりと言っても差し支えのない小さな私に、彼は立派な杖を手渡してくれたのを今でも鮮明に覚えている。
あの時受け取った杖は丁寧に扱い、今も懐に差している。
国から与えられた一級品の長杖を突いている今の私が見れば、とても陳腐な短杖に見えるはずなのだが、どうしてか今握っている長杖よりも輝いて見えるのだ。
だからだろうか。捨てるに捨てきれず、予備として持ち歩こうと自分に言い聞かせて懐に忍ばせていた。
「なぁトラス」
私の名だ。
「いかがいたしましたか、我が主よ」
「あいつらに動きは?」
またこれか。そう思ってしまうのも仕方がないだろう。
我が主が肉体を得てから十数年、毎日毎夜同じ事を聞いて来るのだから。
「主よ、彼らはまだ準備を進めている段階にございます」
見た目は幼子ながら、その中に座すは数億年の歳月を生きた現在の神だ。
不敬は許されない。
「なんでこんな時間がかかってるんだよ」
主の怒りは尤もだが、それはきっと、このペルトペス迷宮の位置が悪いのが原因だ。
西に行けば、怪鳥なる力ある鳥が棲家としている森林地帯がある。
万が一にも、その地を呪ってしまっては後々大変だから、彼らはその対策を行っている。
そう。後々の話だ。
つまり、彼らは勝つつもりで準備を進めている。
不死の王であり万死の主たるマルヴェラを相手に、勝利を求めて画策している。
なんと無駄な事を……。
今から数億年前、不死の王である我が主マルヴェラは、仲間を引き連れここから最も遠き星の、さらに向こうからやって来た。
その頃生きていたこの星の知的生命体は彼らを歓迎した。
彼らを迎え入れた事が誤りだったと気付いた者は、かなりの少数だった。
マルヴェラたちの到来より、三千万年が経過した。その間知的生命体は絶滅することなく文明を築き続けた。
事が始まったのは、それから六千万年が経過した頃。
マルヴェラたちによって文明を発展させて来た当事者たちは、ついに彼らの故郷を救いに行こうと言い出した。
それは禁句だった。
マルヴェラたちはこの星では崇高なる存在であれど、母性では最底辺に位置していたからだ。
故に、マルヴェラたちは嘘を吐いてこの星に移り住んだ。
自分たちの住んでいた星は滅亡に瀕している。だからここまで逃げて来たのだと。
自分が蒔いた種だとは理解していたと思う。しかし、いかに最底辺と言えど、彼は立派な宇宙外知的生命体『ヴェラ・ムー・ムリアン』。その本能は、低能なこの星の知的生命体『人間』を、羽虫同然にしか見ていなかった。
ヴェラ。ムー・ムリアンがこの星を襲わない理由は至極単純なものだった。
価値がないから。
外宇宙へと飛び出せる技術を有している高度知的生命の彼らが、何故こんな水があるだけの球体を欲するというのか。
誰だって、羽虫の巣を奪いたいなどとは思うまい。つまりはそういう話だ。
そこから、人間と呼ばれる種族が絶滅するまでにかかった時間は、たったの一日。二十四時間だった。
人間のいなくなったこの世界では、次の知的生命体を自称する生物は、彼らヴェラ・ム―・ムリアン以外にはいない。世界中の命あるものがそう思った。
しかし、世界はそれを許さなかった。
羽虫の巣だからこそできる力技で、ヴェラ・ムー・ムリアンに一矢を報い、全ての生命が現在まで生き永らえていた。
これらを語ったのは、勿論我が主のマルヴェラ以外にはいない。
かつて、この星を手中に収める寸前にまで行った頂点君臨者。それが、今私の前に座す主だ。
そんな存在が気付いていないとは思えない。
思えないのだが、だとすればどうして何も言わないのか。
「我が主よ」
「何だトラス。何か面白いものでも見つけたか?」
今の我が主が奪い取った肉体には、二つの魂が入り込んでいる。
通常、一つの肉体に入れるの魂数は、同数の一つだ。それを覆した我が主は、今もなお平然と玉座に片膝を立てて座っていた。
「主の御身に、凶星が見えてございます」
凶星。そう、星だ。
魂には、それぞれの瞬きがある。それはまるで、夜空に浮かぶ無数の星々のように。
今、我が主が宿っている肉体にある二つの星のうち、片方は主のものだ。では、もう一方は……。
「それは、この体の持ち主のだ」
なんでもない風に言い払った我が主の顔には、何かを楽しんでいるかのような笑みが張り付けられていた。
「お体に負担などは」
「ないって。俺はそれ込みで楽しんでいるんだ。邪魔するなよ」
「申し訳ありません」
やはり、気付いておられないようだ。
貴方様は、子供のような話し方はしなかった。もっと知性溢れる言動を見せていた。
これが、一つの器に二つの星を入れた結果だというのか。
それとも、限界が近づいている?




