008 地下迷宮
食事を終えて外に出た俺を、フーゴは意気揚々と案内してくれた。
「痛ってぇ……」
そして今、目の前には妖犬種の剣士が、脛を抱えて蹲っていた。
場所は、迷宮広場と呼ばれる首都の中心地。
見渡す限り、区画一つが広場となっている場所に立っていた。
「大丈夫かフーゴ」
「こんなサボり魔、気にしなくていいよ」
「まさか、買い出しを放り出してダリルさんと食事に行っていたなんて」
朝早いこの時間からフーゴが食堂にいたのは、確かに驚きだった。
だからと言うわけではないが、何となく一緒に食事を摂ったわけだが、なるほど。めんどくさい仕事から逃げていたらしい。
「もしケガしても、フーゴは治療してあげないから」
「おいおい、それは勘弁してくれよ」
「それ、もしかしなくても僕たちも死にますけど」
フーゴがようやく痛みの消えた足を踏みながら立ち上がると、フサフサの毛に覆われた頬が痙攣していた。
もしかしなくとも、何度かやっているのだろう。そして、その度に同じような事を言われている、と。
パラドが冷や汗を浮かべているのも、その時の記憶が蘇っているからかも知れない。
パーティ唯一の回復役が、仕事放棄の宣言をすればこうもなろう。
「アメリア。フーゴの怠慢が気に入らないなら、それは地上で別の形で償わせてくれ。俺たちが今から行くのは地下迷宮。何が起こるか分からない危険地帯なだろ」
「……まあ、ダリルさんがそう言うなら」
不承不承と不平不満の文字が書かれたその顔でフーゴを見たアメリアは、すぐに体の向きを変えて広場の中心にある角張った建物へと向けた。
石の角材を積み上げただけの粗末なその建物が広場唯一の建築物で、朝靄も晴れないこの時間から多くの冒険者がその建物へと足を向けていた。
「あれが入口?」
「はい。地上の受付所と地下迷宮一階層は、その殆どが地下迷宮から出土した財宝の交換所や換金所になっているんです。また、迷宮に潜る人たちの助けになる露店なども出ています」
パラドの説明によれば、迷宮で手に入れた物は、基本的に手に入れた本人に所有権が行くそうだ。
がしかし、それを管理するのが地上の受付窓口の仕事らしい。
何がどこから出たのか。またその価値はどれほどのものかを記録するとか。
物によっては国外には出せない物もあるらしく、それは大金と交換しようと交渉を持ち掛けられるのだとパラドは言った。
「まあ、今の僕らじゃそんな高価なものが出る階層には行けませんけどね」
ハハハと乾いた笑みを見せた。
対して俺は、困惑を隠せなかった。
中々に面倒な仕組みを作ったものだと思う。金銀財宝など、珍しくもないのだから。
地上は国営、地下一階層は個人が仕切っているのか。
「なるほど。国よりも速くその所有権を得るには、多少危険だとしても潜るしかないと見たのか」
人の心は簡単に金に靡く。実に分かりやすい者たちだ。
「はい。なのでもし一階層で声をかけられても、基本は無視です。……その、あまり出来た人ではないみたいですし」
言い淀んだパラドが気になり質問を続ければ、初日に戦利品を奪われたと語った
要するに、初心者狩りだ。
初めて地下迷宮に潜り、その価値が分からないものを狙う詐欺師と、暴力に訴え成果を奪う強盗が多いと、苦々しげにフーゴが言った。
「もしかして、それで俺に声をかけたのか?」
用心棒ということだろうか。だとすれば何と情けない。
たかが初心者狩りなど、返り討ちにしないでどう生きて行くというのか。
俺たちを殺しに来るときは、地形も生態系も関係なく破壊しつくす蛮族にあるまじき姿だ。
「違うって。ギルドで会ったのは、完全に偶然なんだ。ダリルなら一人でも潜れるだろうし、どこまで行ったのか気になったってのが本音だ」
情報収集がてらの食事会だったらしい。
そこで俺が地下迷宮の存在を多少聞いた程度だったのが、かなりの衝撃だったのだとか。
「つまり、フーゴは別にサボってたわけじゃなく、ちゃんと情報収集をしていたわけですね。アメリアも、そこまでフーゴを責めなくてもいいんじゃないでしょうか」
ここぞと言うタイミングで、パラドはそうフーゴを擁護する。
アメリアがこちらを見たが、そもそも俺はその件については部外者でしかない。
口を挟むものではないだろうと視線を外せば、アメリアは唇を尖らせさっさと建物内へと進んでしまった。
「冒険者証の提示をお願いします」
アメリアを追って建物に入ってすぐ、声をかけられた。
左右を挟むように立った兵士がこちらを見ていた。
どうやら、さっきの声はこの二人の兵士のどちらかの声らしい。
「この建物は迷宮管理所と言い、この管理所には監視の目と記録の目というのがあるらしく、一度入ったことのある人なら自由に出入りできるんですけど、初めての人は身分証の提示が必要なんです」
「なるほど。だから冒険者証って事か」
「はい。これは、種族関係なく行なっている管理作業らしいです」
キールが登録していた冒険者証。
首に掛けた楕円形の金属板には、俺の名前と役職である死霊魔術師の文字が刻まれている。
人によっては『ネームタグ』だとか『ドックタグ』だとか呼ばれているものだが、身分証としては十分な効果を持っているらしい。
首にかけていたタグを引っ張り出して、楕円の金属板を兵士の顔に突きつけた。
「これでいいか?」
「……よし、通っていいぞ」
管理所という名の通り、左右の壁際には受付台と窓口があり、そこから多種多様な職員が冒険者らしき者たちとやり取りを行なっていた。
額から角が生えていたり、首筋に鱗が浮かんでいたりと、妖獣種である事はわかるがそこから細分化された種族までを絞り込むことはできなかった。
そもそも、最近では混血種が多いのだ。
犬猫種やら、羊牛種やら、種族の壁を越えて手を取り合うもの同士は、時に遺伝子を混ぜてしまう。
それがいいのか悪いのかは分からないが、その結果産まれる次世代がどうなるかは、考えるべきだろう。
地域によっては『悪魔狩り』に合ってしまう。
まったく、頭の痛くなる光景だ。
「ここを降りればいいのか」
「はい。降りきった場所が一階層目で、そこからは下の階層につながる階段や道を見つけて進んでいきます。僕らは四階層までは道を知っているので、そこまでは真っ直ぐに行こうと思っています」
隣に立ったパラドが、丁寧に説明してくれた。
その一歩後ろで、アメリアとフーゴが待機する。さらに後ろには、牛頭種の男と人族の男が並び、更にその向こうにも人の気配が幾つも確認できた。
「分かった。配置はどうする?」
「護衛依頼の時と同じ配置で進みます。フーゴが前衛、ダリルは中衛に。もし危険だと判断した時は、フーゴと一緒に前衛をお願いします。後衛は僕で、アメリアがみんなの補助をします」
「了解」
手短に配置を確認して一階層に降りた俺は、驚きに目を見開いた。
地下迷宮というのだから、洞窟や炭坑のような光景を予想していた。が、そこにあったのは、地下街のような、薄暗く怪しげな景色だった。
地肌が剥き出しの地面はいいとして、その上に広げられた露店にテント、果ては掘っ立て小屋まで。
みれば、『診療所』や『蘇生屋』なる看板が目に入った。
「この階層は人の手が加えられていてこうなっているだけです。二階層目からが、地下迷宮の本当の姿といえます」
俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、パラドは説明してくれた。
しかし、それでは納得できないことがあった。
「パラド。この国ができたのはいつだ?」
「正式に発表されたのは今年に入ってからです。でも、存在自体は、数年前からあったと聞いています」
こちらの意図を正しく読み取ってくれるのはありがたかった。
つまり、この国は地下迷宮を軸に興されたという事になる。
驚異的な発展速度も高い技術も、全ては地下迷宮に依存しているのだ。
だとすれば、地下迷宮に眠っているという財宝も金銀が主なのではなく、強力な魔術武具だと考えた方がいい。もしかしたら、魔法武具すら眠っているかもしれない。
だとすれば、地上に受付が設けられ、出土品の持ち主の徹底的な管理が必要だったのも合点が行った。
もし持ち出したのが他国の密偵であれば、強力な武具が敵国に渡る事になるからだ。
「こんな簡単な仕組みだったとはな。しかしだとすれば、この地下迷宮の起源こそが問題か……」
「どうしたダリル。ぶつぶつ言って」
地下迷宮に眠る多くの魔術武具、あるいは魔法武具。それを作ったのは間違いなく、長寿の原妖種だ。
問題は、何故他種族の領地内に、こんな危険なものを作ったのかという事だ。
魔法道具は魔術道具とは一線を画す。それ故に一つ一つが強力で、使い手によってはその身を滅ぼす凶器なりえる。
街の発展などに使用できる工具系列ならばそこまで危険度は高くないが、武具が出てくれば、周辺国家との均衡は一気に傾くだろう。
「ダリル?」
「ん? 別に何でもない。それより、早く行こう。俺は死体がなければ、そこまで戦力にはなれないからな」
「フンッ! とか言って、ダリルが近接戦も得意なのは見抜いてるからな」
半年の護衛依頼の間に、フーゴやパラド、アメリアには手の内がある程度は知られている。
が、まだヴェントス騎士団に所属しているということまでは見抜かれていない。
原妖種であることはバレていそうだが、そこは追及されていないので今はいいだろう。
こうなった以上、俺の身分は冒険者で通さなければ。
最悪俺の存在を逆手にとって、戦争を仕掛けられかねない。
これだから人種は油断ならないんだ。寿命も能力も底辺なくせに、変なところで頭が回る。流石は、外来種の末裔といった所か。
意識を地下迷宮に戻して、周囲をうろつく冒険者らしき他種族を流し見て歯噛みする。
これだけ色んな種族を懐に入れてしまえば、原妖種が一人や二人混じっていても違和感はないだろう。
国の機密情報を売りに来る馬鹿も出るかもしれないな。
意識がふらっと思考に移った。
それも、これらの事をどうやって報告するかを考えればこうなってもしかたがないだろう。
早馬を出しても一年近くはかかるのだから、手紙を書いたとしてもアレス団長の手元に渡る頃には、短命種の国では状況は一変しているだろう。
それも込みで書ければいいのだろうが、俺にはそんな未来視のような事はできない。
「ダリル構えろ」
考え事をしていたら、フーゴが声を上げた。
視線を向こうに向ければ、地肌を見せる地面の上で飛び跳ねる存在が一つ。
「あれは?」
「この地下迷宮にしかいない迷宮産の生物だ」
ブヨブヨとした皮に包まれた雨水。そう表現するのが妥当な見た目の生物がこちらに向かってきた。
手足はなく、緑に濁った丸い輪郭のそれは、ポヨンポヨンと飛び跳ねながら迫ってくる。
「あれに物理的な攻撃は効かない。パラド頼んだ」
「任せて下さい」
肩掛け鞄に手を入れ、取り出したのは折りたたみ式のクロスボウ。
パラドが透明な瓶をかけて弦を引き絞るのと、迷宮生物が飛び込んできたのは同時だった。
中空で風をその柔らかな体で受けるそれは、ブヨブヨと表皮を波立たせながら、こちらに突進を仕掛けて来る。
「発射!」
鋭い声と共に、風を切り裂く音が耳元で聞こえた。
次いで視界を横切り、迷宮生物の胴体ど真ん中へと飛んでいく光が一つあった。
光は迷宮生物にぶつかると同時に、破裂音を響かせて青い炎をひろげる。
「火炎瓶か。だけど、随分と高温なんだな」
「エアグローブの葉を刻んで混ぜているんです」
「なるほど。だけど、それだけじゃなさそうだな」
「これ以上は、黙秘しますよ。商売に差し障りますから」
ニコリと笑んだパラドは、人差し指を立てて口元に当ててこれ以上の情報開示は拒んだ。
おそらくは燃焼石の石粉に、オイラーパイプを試験管にまとめて入れて飛ばしたのだろうが、火力は中々、効果は絶大だった。
「物理は効かないが、それ以外の防御は皆無に等しいんだな」
「ああ。だけど、こいつは流石に魔法で操れないよな」
目の前で燃える迷宮生物は炎にあぶられ、徐々に徐々にその体を縮小させている。このままいけば、そこには何も残らないだろう。
だが、それよりも気になることがあった。
「こいつ、本当に生物か?」
「どういう事?」
背後で杖を構えていたアメリアが訊いてきた。
「魂が見えない」
「それってつまり、ゴーレムやアルティフィアリスのような人造生命体だという事ですか?」
興味深そうに訊いてきたパラドだが、その答えもまた異なる。
「人造生命にも魂はある。その名の通り、命を持つ存在だからだ。命があるということはすなわち、魂の存在を示している」
「じゃあこいつらは?」
フーゴの言葉に視線を上げて見れば、先刻焼かれたのと同じものが三つ。暗がりの中から飛び出してきた。
「地下迷宮に用意されている罠だろうな」
「一階層で出てくるのはこれしかいない。何でだと思う?」
「一階層は、元から罠しか置かれていなかったんじゃないか」
フーゴの疑問に答えつつ、俺は杖を引き抜き正面に構えた。
「周囲に死体はありませんよ」
パラドの不安そうな声を無視して、俺は体内で魔力を練り上げる。
形作るのは、幾つもの捻れた針。
針の切っ先を中空へ向けながら呪文を唱えた。
「カンデラ! <灯火で照らせ!>」
魔力は唱えた呪文に応えて周囲に散らばり、浮遊する魂に突き刺さって形を変えた。
捻れた針が、その身の捩れに従い回転しながら魂へと入り込む。
途端に魂から紫と黒の炎が吹き上がり、十を超える数の炎の波が渦を巻いて、中空で螺旋を描いた。
「これは……」
「大気中の魂を燃焼させて作った照明呪文だ。本来の目的は周囲を照らすためのなんだけど、流し込む魔力の量次第で、こんな感じに攻撃にも転用できる。このまま二階層に移動するぞ」
杖を振れば、その方向へと移動した紫の炎の波を、アメリアもパラドもフーゴも、視線だけで追いかける。
「……死霊魔法って、死体を操る以外にもできたんだな」
全くもって心外なことを言ってくれる。
フーゴの毛も燃やすか。
しかしその前に、この場からの移動を始めなければ。
「焼き払いながら進むぞ」
杖を足元に掲げ炎波を操り、俺が先行して一階層を抜た。
罠であろう生物モドキを焼き払いながら進んだ俺たち一行の前に、二階層へと続く階段が現れた。
階段になっているのは、一階と二階を繋ぐここと、下層以降にしかないとパラドは言った。
基本は下り坂になっているらしい。
「それじゃあ、こっからが探索の始まりだ」
フーゴが元気にそう言った。
確かに、生物の気配があちこちから確認できる。しかし、魂はどこにも浮いていない。
本当に一階層にまで戻っているらしい。
魂がなければ燃やすものがなくなり、体の周囲に螺旋を描かせた炎の波は、そのうちなくなるだろう。
この照明呪文は、浮遊する魂を燃やして辺りを照らす。故に、周囲に魂がなくなれば、追加も継続もできなくなる。
手元に残るのは八つ。まだ十分戦えるが、不測の事態に備えるのならば、他の戦力もあるに越したことはない。
二階層は、想像通りの様相をしていた。
岩肌の見える壁に、整備されていない地面。身長の倍ほどの高さの天井。
ただ不思議なのは、明かりなど一つもないのに、壁や天井、床の奥から光が溢れ出て俺たちの顔を薄ぼんやりと照らし出していることだ。
「魂が見当たらない。ここからは死体がないと俺はあまり役に立てない」
「おうよ。俺がチャチャっと材料を作ってやるよ」
意気揚々と先頭を歩くフーゴの背中を見ながら、俺は周囲の気配を探った。
右手に三体、左手には二体の生物の気配が漂っていた。
「右は俺がやる」
「できるのか?」
「まあ、何とかなるさ」
杖を低く構えながら、右手の気配に近づく。
呼吸は浅く、瞬きは気取られないよう意識外に不規則に。
魔力を薄い膜のように引き伸ばし、血管を通して全身に巡らせる。
「エクスクラマティオ! <悲鳴を上げろ!>」
体中に流した魔力のうち、右腕の魔力は短杖にまで延長して巡らせる。
暗がりから飛び出して来たのは、頭の高さが俺と同じ位置にある大きな狼だった。
大理石を思わせる模様の浮かんだ毛並みが、石壁の向こうから漏れ出る淡い光に照らされ蠢いて見えた。
響く唸り声。
血液が沸騰し、内側から熱が広がるのを感じる。
鼻に突く獣の臭い。
動いたのは同時だった。
天然の岩肌を蹴り付ける十の足。背丈を軽く超えた位置にまで跳躍して迫る大狼。
対して俺は、姿勢を低く短杖を腰に構えて腹の下へと飛び込んだ。
「ダリルさん!」
背後で、アメリアの悲鳴にも似た声が上がった。
俺はそれを無視して、顔の前にまで迫った鋭利な爪を首を傾け避けながら、右手に握った杖で大狼の腹部を打ち上げる。
キャンッ、と甲高い悲鳴が耳元で聞こえたが、俺の意識は次に向いていた。
二体目は足元で着地して、下から首元に噛み付こうとその首を伸ばしていた。
打ち上げたままの杖をそのまま振り下ろす。
血飛沫が眼前に飛び散ったが、その滴の一つ一つを見ている暇はない。
一歩後ろに跳び退りながら、振り下ろした腕を捻って横に薙ぐ。
横に周り、視界の外から襲い掛かっていた大狼の首を打ち砕いた。
「おいおいダリル。お前本当に魔術師かよ」
フーゴの方も難なく終わったらしく声がかけられた。
「魔法のおかげだよ」
「死霊術師って、万能なんだな」
「人によるかな。最初に死霊魔法を開発した人は、平和主義者だったって話だし」
軽口を言い合いながら、フーゴは二体の大狼を引きずりながら持ってきてくれた。
「ホラ、俺たちの戦力だろ」
「ああ。この程度ならまだ使える」
魔力を杖に流しながら、呪文を唱えて杖を掲げた。
足元に転がった五体の死体がモゾモゾと動き始めたのを見て、パラドが感嘆のため息を吐く。
「本当に、何度見ても凄いです。僕にも、魔法が使えればよかったのですが」
「魔術の方が使える幅は広いよ」
「そうかも知れませんが……」
「それに、ここは地下迷宮。威力の高い魔法を放てば、最悪生き埋めになる。それよりは、小回しの効く魔術の方がパーティには貢献できる」
「確かに。そうかも知れませんね」
こちらの説明に納得したのか、パラドはそれ以上は何も言わなかった。
実際、魔法よりも魔術の方が便利で、もしアンバーと戦う事になった時は、正面からは相手にしたくないくらいには危険視している。
一つの魔法を放つ間に、魔術ならば幾らでも手を打つことができるのだから。
「ホラ、さっさと行くぞ。今日の目標は十階層踏破だ」
「そんな簡単に行けるかな」
「行けますよ!」
フーゴの楽観的な目標に、俺は慎重派な意見をしたが、その答えをパラドは易々と口にした。
「今回はダリルさんがいるから」
最後にアメリアが、月夜に照らされた野花のような笑みを見せた。
「じゃあ、行こうか」
フーゴが鼻を膨らませながら得意げに笑い、迷宮の奥を示した。
三、四階層は二階層と見た目は同じで、壁や天井、床の中から光が漏れ出た洞窟の雰囲気が続き、狼の他に、岩の羽根でできた蝙蝠が石の礫を飛ばしながら襲撃して来たりと、近距離と中距離の戦力を確保する事ができた。
五階層目からは、そんな洞窟風の景色に緑が入り始めた。
壁や床に苔が生い茂り、天井からは小指ほどの太さのツタが垂れて首筋に触れて来た。
道幅も倍ほどに広がり、二階層から四階層までは三人が横並びになれる程度だったのが、六人が横一列に並んでも進めるほどになっていた。
これまでに見たのは、大きな狼、岩の羽根で空を飛ぶ蝙蝠、尾がしなる刃になった鶏の三種類だったのが、ここから俺たち以上に背の高い蟷螂が追加された。
心配だったのは、フーゴたちの実力が、雰囲気の変わった五階層でも通用するのかというものだった。が、蟷螂と刃を交えて無事に切り抜けていた。
最悪、この三人に魔法をかける必要が出るかもと考えていたが、必要なさそうだ。
因みに、目標の十階層に到達する頃には、俺の手元には大狼が八体、岩蝙蝠五匹、尾長鶏四羽、大蟷螂二匹となっていた。
これだけの数を一か所に集めていると目立つと言うパラドからの助言に従い、現在は獲物を狩りつつ、次の階層に繋がる道を見つけさせるために階層中に散らせている。
俺たちがここまですんなり進めているのは、死体を分散させて道を探させているのが大きいのだと、フーゴとアメリアの喜びようから察せられた。
「ここら辺で一度休憩するか」
「そうですね。ここまで一度も止まらず進んで来てしまいましたし」
「この速さで潜れた事なかったもんね」
「了解」
フーゴたちの疲労はそこまで蓄積されていないと見える。
が、ここは何が起こるか分からない迷宮。休めるときに休んでおくのは、大いに賛成だ。
俺も素直にフーゴの意見に同意して、苔生した壁に背中を預けて息を吐いた。
「流石にダリルさんに頼りすぎよね。ごめんなさい」
「別に。俺は死体に魔法をかけてるだけだから、そこまで疲れてないよ。それに、これから何が起きるか分からないから、アメリアには魔力を温存しておいてもらわないとだし。妥当な役割だと思う」
「そうだぞアメリア。お前が倒れでもすれば、俺ら簡単に死ぬんだから」
腕を伸ばせば届く距離に腰を下ろしたフーゴも同意する。
「そういえば聞いてませんでしたけど、ダリルは蘇生魔法が使えるんですか?」
大きな肩掛け鞄を空けて漁っていたパラドが、思い出したように訊いてきた。
そういえば、言っていなかったか。
「使えるけど、こんな危険な場所で唱えられるほどお手軽な魔法じゃないから、多分死体を上まで担いで運ぶ必要はあるな」
「担いで? ダリルなら死体を操れるだろ」
不思議そうに首を傾げるフーゴだが、考えてみてほしい。
死体に埋め込む魂は、魔法で作り出す疑似人格を宿した人造魂だ。
そんなものを取り込んだ肉体に、何の変化もないわけがない。
昔一度、人造魂を埋め込んだ死体の元の魂を見つけた事があるが、その魂を肉体に入れることはできなかった。
一度人造魂を入れた肉体は、その魂とは二度と結びつか無くなる。それが、俺の出した答えだった。
「つまり、俺がここで魔法を使って操るとすれば、迷宮生物だけって事だ。もし人に掛ければその人は多分、魂がずっとこの迷宮の一階層で彷徨う事になる」
そう考えると、この迷宮の仕組みは残酷だ。
本来、死後の魂は安らぎを得るために、故郷や思い出の深い場所へとひとりでに飛んで行く。それを阻害しこの地に縛り付けると言うのだから、優しいとは言い難いだろう。
洗浄跡地にも、似たようなものが形成される事がある。が、あれはどちらかと言えば、結界や魔術というよりも、遺恨や憎悪といったその人が持っていた感情が鎖となって現れるわけで、今のような状況とは異なる気がする。
他者から強制されるか、自身の無念が起こした結果かの違いだ。
「死んだ後の意識がどうなっているのかは議論が分かれるところだけど、もし今みたいに問題なく目が見えるとしたら、恐怖に耐えて消滅するのを待つしかなくなる」
「確かに。魂だけという事は、当たり前ですが手足がないから、好きに動きまわる事は難しそうです」
「あのブヨブヨの気味悪い罠を眺める事しかできなくなるって事だもんな」
パラドは、眼鏡を引き上げながら引き攣った笑みを浮かべて語った。そしてフーゴ、が天井を見上げながらつぶやく。
それに続いて、アメリアは俺に訊いてきた。
「ギルドから死体捜索の依頼が出されることがあるんだけど、その時ダリルさんは死体をどうやって運ぶの?」
「狼にでも背負ってもらうかな。アメリア達こそどうするんだ? 浮遊魔法なんて魔力の無駄だろ」
汎用魔法には、物を浮かせる浮遊呪文が存在する。しかし、これに使用する魔力の量は持ち上げようとする物体の重さに比例して増えて行くため、人一人を浮かせようと思えば、アメリアの魔力量では少々心もとないはずだ。
「私たちにはパラドの作った魔術工具があるから。まあ、大変なのは変わりなかったけど……」
「依頼を受けた事が?」
「ああ。アレは大変だった」
フーゴが遠い目をした。
これは、あまり深堀しない方がいいのか?
「……そろそろ行きましょうか」
訊くか、訊かざるか。二択を頭の上でクルクル回転させていたら、パラドが真っ先に立ち上がった。
荷物の整理や、武器の在庫の確認は終わったらしい。
「よし。んじゃあ探索再開だ!」
元気よく飛び跳ねて立ち上がるフーゴと、それに続いてアメリアもするっと立ち上がった。
「そういえば」
そんな中で申し訳ないと思ったが、疑問に思った事だった為にパラドに訊いた。
「迷宮から財宝が出るって、実際どこから採れるんだ? 壁とか掘るわけじゃないよな」
上の洞窟風の壁もそうだが、ここの壁もかなりの硬さだ。何らかの工具が必要なのは間違いない。
しかも、ここを掘ろうとすればかなりの音が反響して、迷宮生物が寄って来そうだ。
「まさか。財宝は基本的に、箱に入れられてこんな通路の端や、行きどまりの小部屋の中に隠されていたりするんです。僕らも何度か目にはしているので、ここまでで見逃しているという事はないと思います」
「箱? 大きさは?」
大きければ確かに見ていないが、手のひらサイズと言われれば、死体たちの視界では見落としている気がする。それにここまでは、行き止まりや小部屋などは、俺が切り捨てて直線状に下層への道を選んでいた。
「物によりますね。この鞄位の大きさのが基本みたいですが、僕たちが見た最小の大きさは、手のひらに納まるオルゴールのようなものでしたし」
「俺の直感だけど、小さい方が価値が高いのが出るんだよな」
パラドの会話に割って入ったフーゴは、何かを思い出すかのような姿勢で言って来た。
これは、覚えていた方がいい情報なのか?
狼からの視覚情報に従い、俺は進行方向を指示しながら会話を続けた。
「今までにどんなのが出たんだ?」
「大半が金貨や銀貨でしたよ。時々便利そうな道具や、壊れたアクセサリー類も出ましたね。金貨については、オンダリア時代の通貨、サムザ硬貨でした」
オンダリア時代というと、今から八千年ほど前の時代だ。
本来の地下迷宮ならば、築年数は優に一億年を超えている。
つまりこの地下迷宮は、本物をそっくりに真似ているだけの、原妖種が作り出した偽物という事になる。
一体何のために?
オンダリア時代といえば、あの忌々しい外来種との大規模な戦争の、幕引きかその前後の頃だったはずだ。
原妖種の半分とその他大勢の魂が喪失し、大地の三割が生物の生息不可域と化した大戦。
その結果、原妖種はこの世の頂点に立ち、今日まで世界を生き永らえさせて来た。
証拠は何もない。が、無関係と思う方が難しいだろう。
歴史というには短く、過去というには生前の出来事。
なれど、俺より年上の連中からは、オンダリア時代の負の遺産については、全て外来種の関与を真っ先に疑えと言われている。
まさか、人種の王はその事実に気づいたからここに国を建てた?
これは、二つの意味でもう少し深掘りする必要がある。
「パラドは、この迷宮ができたのはその頃だと思うか?」
「ない、と言い切れないのが辛いところですね。なんせ六千年前といえば、原妖種ならば今も生きているくらいの話ですから。魔法に長けたかの種族であれば、この規模を作る事も容易でしょう」
「誰かのお家だったとか?」
「地下の邸宅ですか? ならば、そんな建築物をこんな場所に建てた理由は何故でしょう。ここからでは、原妖種の帝国とは離れすぎていますし。ねぇ?」
アメリアの言葉に疑問を重ねたパラドは、こちらに同意を求めて来た。
やはり、俺が原妖種である事はとっくに見抜いていたらしい。
だからと言って、ここにいる三人程度ならば問題はない。
「お前ら、宮談義もいいけど警戒は怠るなよ」
迷宮の時代背景など微塵も興味なさそうなフーゴが、唇を尖らせながらこっちを見た。
フーゴには進行方向を伝えるだけで、その後ろで雑談しているようなものだったのだから、不満に感じてもおかしくはない。
「悪かったよ。そこを突きあたりまで真直ぐだ」
地下迷宮の謎に一歩づつ近づいている気はするが、それはとても柔らかく朧げで、強く掴んだだけで霧散しそうなほど脆く見えた。
まだ、情報が足りない。
「…………ん?」
「どうした?」
道順を伝えるために狼たちの視覚情報を見ていた俺の前に、丁度話の大元が現れた。
「箱を見つけた」
「本当ですか!」
「やった! 今日初めての成果だね」
驚くパラドと喜ぶアメリア。しかし、フーゴは冷静だった。
「そこは、ここから離れているか?」
「順路の途中で逸れるけど、道すがら通れるって場所かな」
下層へ続く道から離れていれば、その分時間と体力を無駄にしてしまう。だったら、その箱は無視した方が効率的ではあるのだろう。
パーティリーダーとして、その辺を考えなければいけない。
「じゃあ寄ってみるか」
どうやら、フーゴは回収に向かう事にしたらしい。
まあ、そんなに離れている訳でもないし、周囲に敵の気配もない。回収に動くのは問題ないだろう。
「賛成!」
「行きましょう」
ただ気になるのは、大狼の視界で見たからかもしれないが、箱の置かれた小部屋だけが、周囲の空気とは異なるような気がしたことだろう。
罠が置かれている可能性もある。警戒するに越したことはない。
狼と共有しているのは、何も視覚情報だけではない。聴覚や嗅覚も、状況に合わせて同調させることができる。
これによって道の先に広がっている空間を察知し、行きどまりかどうかを先んじて把握できる。とは言っても、安全確保のためにあえて行き止まりだろう道なども見て回っていた。
今回見つけたのは、その中でも人の匂いも気配も残っていなかった小道の奥の行きどまりだった。
「これか」
「ああ。そこそこ大きいものだし、あまり期待はできないと思うけど」
入ったのは、進路の途中で横に二度折れ曲がって進んだ小道の奥。
ここまでの道中は階層全体と同じ空気、同じ景色のツタと苔に覆われた時代を感じさせると同時に、静謐さが香る通路だった。しかし、この小部屋だけはそれらの空気から離れたものを放っていた。
「ここだけ材質が違うな」
「ああ。だから罠があるかもと思ってな」
「一見、何もしかけられていなさそうですね」
「あの箱はどうかしら?」
それぞれに警戒しながら小部屋に入り込むと、周囲に視線を巡らせる。
広さは、四人が入った事で空間の半分程を埋められたほどの狭さで、壁、天井、床それぞれ同じ金属を用いているらしく、レンガ調に一定の直線を刻んだそれぞれの面に、中央から円形に焼け色が広がっていた。
中心は黒、外側に向かうにつれて、紫、青、茶色に淡黄色へと色が映り替わり、光源などどこにもないはずが、それらの色が複雑に光を反射している。
箱は、そんな小部屋の中央に置かれていた。
抱えるほどの大きさの角箱も、小部屋同様なんらかの金属で作られているように見える。
それも、焼き色まで同じく各面に付けられ、きらきらと光を反射していた。
「随分、目の痛くなる部屋ですね」
「ああ。これ自体が罠な気がするな」
「でもこれ、貴金属の箱だろ。だとすれば、かなりの物が入っていそうだぞ」
期待に満ちた目で箱を見下ろすフーゴの前で、慎重に箱へと手を伸ばしたパラドが箱の外観を眺めて、触れたその手を滑らせた。
その作業を、狼の頭を撫でていたアメリアが、フーゴと俺の背中から覗き見ていた。
「先ずは安全確認です」
「おう、頼むわ」
「気を付けてね。前みたいに爆発させないでよ」
「これ、爆発するのか……」
話によれば、フーゴが箱に飛びついて嬉々として開けた瞬間、片手を吹き飛ばしたのだとか。
その時は両手で持てる程度の大きさの木箱で、パラドもアメリアも爆発するなど知らなかったそうだ。
今目の前にあるのは、人一人が丸まれば入れる大きさの金属の角箱で、ぱっと見では鍵もかかっていると見える。
パラドも鍵穴を見て、鞄から皮袋に包まれたキーピック類を取り出し床に広げると、鍵穴を覗き込んだ。
「箱の材質って他にどんなのがあるんだ?」
「俺らが見た事があるのは、木と石だけだ。金属なんて初めて見た。けど、一体何の金属だ?」
「箱の材質的に、かなり高価なものが入っていそうよね」
「可能性だけで見れば、それはあるでしょうね」
安全確認は終わったのか、パラドは開錠作業に入った。
キーピックを鍵穴と思しき小さな穴に入れて上下に振りつつ、こちらの会話にも参加する。
器用さは、アンバーに引けを取らない。
「硬貨の製造時代でもあるオンダリア時代には、レア度という思想が流行っていたそうですから」
産まれた時代は異なれど、この思想は俺が小さい頃にもまだ残っていた。
収納する箱の材質によって大切なものを仕分ける考え方だ。
だがこれを家の中で行えば、窃盗犯にどこに大切なものがしまってあるのかが一目で分かると言う欠点があり、すぐに廃れて消えた。
「木、石、鉛……他に鉄や銀、金の箱が見つかれば、レア度の考え方が当てはまるな」
まったく何であんな考え方が流行ったのかは甚だ疑問だが、一時の流行など、きっとそんなものなのだろう。
隣の誰かが口うるさく言うから、自分もと続く人が多かった。そんな気がする。
「鍵は外しました。罠もありません。誰が開きますか?」
パラドは質問口調で言っていたが、眼鏡越しの視線は、完全に俺を捉えていた。
フーゴとアメリアを見れば、同じく俺を見ている。
これは、俺に開けろと言っている?
「俺でいいのか?」
一応、このパーティのリーダーはフーゴだったはずだ。
「ああ。初めての迷宮探索だしそれに、これはお前が見つけたものだからな」
「鍵開けも、罠確認もパラドがやってくれてるけど?」
「ええ。得意分野を鑑みて作業を分担するのは、パーティにおいて基本ですよ」
パラドの諭すかのような言葉に、俺はなるほどと思った。
そんな俺の表情を読み取った、フーゴが横から口をはさむ。
「ダリアは分かってなかったみたいだな。そりゃあ、死体さえあれば簡単に一つの軍勢を作れるんだからそうだよな」
「ちょっとフーゴ。ダリアさんに失礼でしょ」
フーゴの言い分は確かにそうだし、アメリアの気遣いには感謝の念が湧いて出る。
俺は少し、一人で突っ走り過ぎていたのだろうか。
考えてみれば、索敵も探索も、死体を操り一人勝手に行っていた。
もっと三人の考えや意見を聞いてから行うべきだったのかもしれない。
それが冒険者パーティの動き方というものなのだろう。
まったくもって、面倒くさい。
「じゃあ、みんなでお宝を拝見するか」
「おう!」
「やったー!」
「どうぞどうぞ」
三者三様の反応の間を進み、貴金属の角箱の前に出た俺は膝を突き、蓋に手を当ててゆっくり奥へと押した。
スライド式の箱だったのは、外観から見ても分かった。
箱の蓋が奥へと擦れて落ちるのと同時に、背後で三人が一歩近づき、上から見下ろしているのを感じる。
「……これは」
箱の中は、案外空白が多かった。
放り込まれていたと言ってもいいだろうそれらを手にして振り返る。
「大当たりみたいだな」
「やはり、この迷宮にはレア度思想が強く反映されているみたいですね」
「何これ、アクセサリー?」
俺の手には、サムザ金貨の詰まった麻袋と、一振りの短剣、そして一つの首飾りが乗っていた。
「バラクススの首飾り…………」
手のひらに載せたペンダントを見た俺は、思わずつぶやいた。
円形に成形された金属枠に、親指の爪サイズのアンバーが嵌め込まれた一見質素なペンダント。
しかし、そのアンバーの中には羽状複葉を一枚抱いた蛹が入っていた。
これを、俺は何度か見た事がある。
「バラクスス? なんだそりゃ」
「新聞で見た気がしますね。……確か、帝国騎士の魔術技師に、そのような名前があったような」
「ああ、あれでしょ。国内の戦争で死神と共闘して、私と同じ妖羊種を殺し尽くしたって人。確か、そんな名前だったわ」
ヴェントス騎士団所属の上級魔術技師、アンバー・バラクスス。
それは、俺のたった二人しかいない友人の一人であり、同騎士団の同僚の名前であり、そして、現在のバラクスス家当主の名前でもある。




