【第4話】鑑定(もふもふ)と苦渋の決断
(テイマーになれなかったけど、テイマー〈魅了〉スキル、ゲットしてる……?)
僕は自分のスキル画面と、足元で幸せそうに喉を鳴らす三羽のホーンラビットを交互に見比べた。
白い毛並みが月明かりを受けて淡く輝き、小さな体がきゅっと寄り添っている。
前世の僕の「もふもふ愛」が、まさかこんな形で異世界チート(?)になるとは思ってもみなかった。
(しかも、【鑑定】とは別に【鑑定】まである)
偶然か、それとも神様の悪戯か。
どちらにしても、これがあれば――
(僕は、最強の「もふもふのプロ」になれるかもしれない)
「グルル……(よし、試してみよう)」
僕は、いちばんリラックスして腹を見せている一羽に意識を集中させた。
耳をぴくりと動かしながら、完全に無防備な態勢だ。
(【鑑定】!)
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名前: (なし)
種族: ホーンラビット
レベル: 1
状態: 魅了(幸福)
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(……うーん)
表示された情報を見て、思わず唸る。
本当に最低限。簡素そのものだ。
(汎用鑑定だと、こんなものなのか)
耳や尻尾の感触、温もり、そういった“重要情報”が一切ない。
こころなしか、自慢の耳と尻尾がしゅんと垂れてしまう。
(いや、まだだ。僕には本命がある)
(いくぞ――【鑑定】!!)
心の底から「もっと知りたい」と強く念じた、その瞬間だった。
脳内で、分厚い図鑑のページが一気にめくられるような感覚。
情報が洪水のように流れ込んでくる。
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種族: ホーンラビット(角兎)
もふもふ度: ★★★☆☆
生態: 温厚な草食魔獣。夜行性。
食性: 主に月光草を好む。
性格・習性: 非常に臆病。敵の気配に敏感。
※現在、【魅了】の影響により、
目の前の存在を
「絶対的な癒やしと安息を与えてくれる主」と認識しています。
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(……すごい)
思わず、息を呑んだ。
「もふもふ度」なんていう、完全に僕専用と言っていい項目まである。
(ホーンラビットは……星三つか)
三つという数字が高いのか低いのかは分からない。
だが、確かめずにはいられなかった。
僕はそっと前足を伸ばす。
鋭い爪は引っ込め、大きな肉球で背中をひとなで。
サワッ。
表面の毛は少し張りがある。草むらを駆け回るためだろう。
だが、その下にある綿毛はぎゅっと詰まっていて、指が沈み込むほど柔らかい。
(……なるほど)
程よい反発力。
丸い胴体。
尻尾は想像以上に弾力があり、ふわりと揺れるたびに心をくすぐる。
気づけば僕は、あちこちを肉球で撫で回していた。
耳の付け根、背中、尻尾の付け根。
客観的に見れば、獲物をいたぶる魔獣にしか見えないだろう。
だが、当のホーンラビットは気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らしている。
(星三つでこれか……)
満足感がじわじわと広がる。
胸の奥が、じんわりと温かい。
(じゃあ、星四とか、五って……)
想像しかけて、慌てて思考を止めた。
口元が緩み、よだれが垂れかけている。
(危ない危ない)
「ピィ……」
脇腹で、一羽が気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
小さな体が、呼吸に合わせて上下しているのがはっきりと分かる。
干し草と、陽だまりみたいな匂い。
鼻先をくすぐるその匂いに、胸の奥がじんとした。
僕はこの世界に来て、初めて「癒し」を感じていた。
社畜だとか、転生だとか、フェンリルになったとか――
今は全部どうでもいい。
ただ、この温もりに身を委ねていたかった。
……けれど。
ふと、鑑定結果の一文が脳裏をよぎる。
――非常に臆病。敵の気配に敏感。
(……これって)
【魅了】の影響で、彼女たちは本来感じるはずの恐怖を感じていない。
それはつまり――
(本能を、無理やりねじ曲げているだけなんじゃないか)
足元の三羽を見る。
尻尾を枕にして眠る子。
脇腹に顔を埋める子。
前足の間でへそ天になっている子。
どの子も、僕を疑う気配は微塵もない。
(もし、このまま一緒にいたら……)
連れて行った未来を、一瞬だけ想像する。
森を歩き、危険な魔物に遭遇し、逃げ遅れる小さな影。
(……だめだ)
僕はまだフェンリルの幼体。
この子たちを守れる保証なんて、どこにもない。
(それなら――)
この愛しい「もふもふ」たちを本当に大事に思うなら。
今は、離れるべきだ。
(……辛いけど。お別れだ)
僕は大きく息を吸い込み、喉を震わせた。
「グルルゥッ!!」
低く、はっきりとした唸り声。
「ピッ!?」「キュン!?」
三羽は弾かれたように飛び退いた。
【魅了】は効いている。それでも、本能が恐怖を訴えたのだろう。
伏せられた耳。震える体。
それでも、なお近づこうとする姿が、胸に刺さる。
(……行くんだ)
僕は背を向け、一気に地面を蹴った。
夜の森を、ただひたすらに駆け抜ける。
(これでいい。いつか、もっと強くなったら……)
背後で、悲しそうな鳴き声が聞こえた気がした。
それでも、振り返らなかった。
僕はこの世界で初めての【別れ】を経験した。
◇
しばらく走って、ようやく足を止めた。
もう、あの三羽の気配はない。
(……はぁ)
一人(一匹)になった実感が、遅れて押し寄せてくる。
前足や脇腹に、まだ匂いが残っていた。
干し草と、日向と、ほんのり甘い匂い。
(……匂い、残ってるな)
鋭すぎる嗅覚が、今は少しだけ恨めしい。
(いつか、もっと強くなったら……また会いに行こう)
そう心に誓った、その瞬間。
ぐうぅ~~。
腹の奥から、盛大な音が鳴った。
(……お腹、減った)
そういえば、この世界に来てから何も食べていない。
全力で走ったせいか、少し視界が揺れる。
(生きるためには、食べなきゃな)
僕は顔を上げ、初めての「狩り」を決意した。




