【第26話】旅立ちの朝と、押し掛け従者たち
湖でのリフレッシュを終えた僕は、サッパリした気分で屋敷に戻った。
毛並みはフワフワ、お腹もいっぱい。
僕はテラスにいた領主ベルンハルトさんの前へ歩み寄ると、お気に入りのクッションを咥えた。
そのまま門の方を向き、遠くの空をじっと見つめる。
「ワフッ」
当然、言葉は通じない。
だが、ベルンハルトさんははっと息を呑んだ。
「……御手回り品を咥え、門の彼方を見つめておられる……。まさか神獣様、この地をお立ちに……?」
隣でセレンが両手を組む。
「……ついに巡礼の旅へ……」
ベルンハルトさんの肩が、わずかに強張る。
足が半歩だけ後ろへ動きかけて、止まった。
深く息を吸い、姿勢を正す。
声は震えているが、目は逸らしていない。
(……?)
なんでそんなに真剣な顔をしているんだろう。
(まあ、いいか)
盛大に見送られるのは、ちょっと恥ずかしい。
翌朝、夜明けとともにこっそり出よう。
◇
翌朝。
空が白み始めた頃、僕は屋敷の裏口に立っていた。
荷物はお気に入りのクッションだけ。
昨夜のうちにアイテムボックスへ入れてある。
一歩踏み出した、その時。
「お待ちしておりました、神獣様」
門の横に、大きな荷を背負ったセレンが立っていた。
(……なんでいるの)
彼女は深く一礼する。
「御身のお導きに従います」
胸元に手を当て、静かに祈るように呟いた。
目はやけに真剣だ。
僕が鼻先を少し向けると、セレンはさらに深く頭を垂れた。
「……おい、俺もいる」
木陰から声がした。
シオンだ。
旅装備を整え、腕を組んでいる。
ぶっきらぼうに何か言う。
続けて早口で色々話す。
最後に、ちらっと僕の背中を見る。
(ああ)
たぶん、ブラッシングのことだ。
僕は軽く尻尾を振った。
「ワフッ」
二人はそれぞれ頷いた。
こうして僕の一人旅は、最初から三人旅になった。
◇
三人で静かに街を抜けようとした、その時。
「「「神獣様、万歳ーッ!!」」」
歓声が空気を震わせた。
正門には住民がぎっしり集まっている。
皆、興奮した顔で何かを叫んでいた。
ベルンハルトさんが前に出て、声を張り上げる。
それに合わせて周囲の熱が一気に高まった。
(うるさい)
このままでは長くなりそうだ。
僕は身を低くし、背中を差し出した。
セレンは両手を胸の前で組む。
「……お導きのままに」
小さく呟き、恭しく僕の背へ手をかける。
まるで神殿の階段を上るように、丁寧に。
シオンは顔をしかめた。
「……はぁ」
諦めたように息を吐き、軽く跳び乗る。
「ワオォォォォン!!」
風をまとい、駆け出した。
歓声が遠ざかる。
草原に出ると、空が一気に広がった。
広い。
どこまでも続いている。
背中で紙の擦れる音がする。
シオンが何かを広げ、前方を指さす。
何か説明しているが、意味は分からない。
その時、僕の鼻がぴくりと動いた。
風に混じって、遠くからかすかに獣の匂いがする。
指さされた方角。
僕は迷わず、そちらへ向かって速度を上げた。
(第一章・完)




