【第24話】神獣様の食卓と、命懸けのグルメバトル
朝の体操でひと汗かき、シオンの影魔法マッサージでほぐされた僕は、最高の気分でテラスの椅子――特注の巨大クッション――に座っていた。
天気もこんなにいい。
あとは――。
ぐうぅ~~……。
朝ごはんだ。健康的な生活には、栄養満点の朝食が欠かせない。
「ワフッ!(ごはんをお願いします!)」
僕は目の前に整列しているベルンハルトさんたちに向かって、元気よく吠えた。
そして、空っぽの巨大な皿――大盾を加工したものらしい――を、前足で軽く叩く。
どんな食事が出てくるのか、ワクワクしていた。
◇
「……ひぃっ! さ、催促です!」
「神獣様がお腹を空かせておられます! 一刻も早く供物を!」
ベルンハルトの背後で、家令が悲鳴を上げた。
フェンリルが皿を叩く音。彼らには「早く持ってこないと、貴様らを皿に乗せるぞ」という催促にしか聞こえない。
「急げ! 用意していた『特上』をお持ちしろ!」
ベルンハルトの号令で、十数人の兵士がよろめきながら「それ」を運んできた。
大皿に乗せられていたのは――丸々と太った、最高級の「生きた牛」だった。
「モォォォ……」
悲しげに鳴く牛と、僕の目が合う。
(……え?)
まさか、これを食べろと? 生きたままの牛を?
(いやいや、無理無理!)
僕は全力で首を横に振った。
せっかく調理できる環境があるのに、どうして牛の踊り食いをしなくちゃならないんだ!
「グルルッ!(違うよ! 調理して! せめて焼いて!)」
僕は前足で牛を押し返した。
その瞬間、場が凍りつく。
「き……気に入らない、だと……?」
「最高級の肉牛だぞ!? これを拒絶するということは……」
「まさか、家畜ごときでは満足できないと……!?」
ベルンハルトの顔から血の気が引く。
神獣が供物を突き返した。それはつまり「もっと上等な人の肉をよこせ」という意思表示なのではないか――。
「ま、待ってください神獣様っ!!!」
ベルンハルトは土下座の姿勢で叫んだ。
ここで人の肉など許せば、街中の人が食われてしまう。ならば、それ以上の――人類の叡智を結集した「料理」で満足させるしかない!
「りょ、料理人を集めろ! 街中の料理屋、ギルドの酒場、屋敷の料理人……腕に覚えのある者を片っ端から招集しろ!
神獣様の舌を唸らせる『至高の料理』を作るんだ! さもなくば、我々が朝食になってしまうぞ!」
こうして、城壁都市バルドの命運を賭けた、史上最恐の「料理対決」の幕が上がった。
◇
それから三十分後。
テラスにはあっという間に野外キッチンが設営され、香ばしい匂いが漂っていた。
街の名だたる料理人たちが、ものすごい形相で包丁や鍋を振るっている。
(おおっ、すごい! まるでホテルのビュッフェだ!)
一方、僕はその光景に目を輝かせていた。
前世の朝はコンビニのおにぎりか菓子パンがせいぜいだった。
目の前に並ぶ料理は、どれもこれも別世界のクオリティだ。通勤途中に横目で見ていたホテルの朝食バイキングより、よほど豪華に見える。
そして、一人の料理人が前へ進み出た。
「一番手、老舗『金の月』亭! 特製・猪肉の赤ワイン煮込みでございます!」
震える手で皿が差し出される。
自信がないのだろうか? とりあえず僕はそれを一口でパクリ。
(んー! ものすごいトロトロだ! うん、美味い!)
ブォン! ブォン!
僕の太い尻尾が、左右に激しく振られた。
「ヒィッ!? ……あ、あれ? 殺されない?」
「ご、合格だ……! 尻尾が振られたぞ! きっとあれは『認めて頂いた』合図だ!」
周りが歓声を上げる。
なるほど、尻尾を振ればいいのか。きっと皆、自分たちの中で「誰の料理が一番か」を勝負しているんだ。
だから一番手の料理人も、緊張で震えながら料理を出していたのだろう。
「よし次! どんどん持って来て!」
次に出てきたのは、高級フレンチのシェフみたいな人だ。
「ど、どうぞ……小鳥のコンフィ、香草添えになります……」
オシャレで繊細な一品だが、僕の巨体には一口サイズにも満たない。
(ん〜、これだけかぁ。味はいいけど、食べた気がしないなぁ……)
シーン……。
僕の尻尾は、ピクリとも動かなかった。
「ひっ……!」
「だ、ダメだ! 尻尾が……動かない……!」
「お口に合わなかったのか……?」
「いや、待て――味は通ってるのに“反応がない”……!」
「神獣様の体格だ。主菜が小さすぎて、満足の合図が出ないんだ!」
「よし、方向を変える! 旨味は落とすな。香りと脂と肉量で“神獣サイズの一皿”を作れ!」
それを見た料理人たちは方向性を一転。
とにかく「大きいのに、ちゃんと旨い」肉料理を次々と運び始めた。
オークの丸焼きに燻製肉の山盛り、チーズたっぷりの巨大ピザ――見た目からして食べごたえがある。
(うおおお! これこれ! こういうのが食べたかったんだよ!)
グルングルン!! バシッ! ブォォォォン!!
僕の尻尾が高速回転し、ヘリコプターみたいな風切り音を立てる。
それを見るたびに、料理人たちは抱き合って泣き崩れた。
僕がただ「美味しいなぁ」と思って食べているだけで、皆あんなに喜んでくれるなんて。
食べてるこっちまで、なんだか嬉しくなってくる。
◇
「……はぁ、はぁ。もう、朝食用にかき集めた食材がありません……!」
数時間後。
最後の皿を平らげた僕は、満足げに大きくあくびをした。
「ゲフッ。(ごちそうさま!)」
そしてドスンと横になり、膨れたお腹を上に向けて「へそ天」のポーズをとる。
その瞬間、広場にへなへなと座り込む音が響いた。
「……た、助かった……のか?」
「満足、されたようだぞ……! 我々は生き残ったんだ!」
みんな涙を流し、互いの健闘を称え合っている。
料理への情熱、すごいなぁ。
(あー、食べた食べた。……でも……)
僕は自分の前足を見つめた。
美味しいお肉をたくさん手づかみで食べたせいで、自慢の毛並みがベタベタになっている。焼肉の匂いも染み付いた気がする。
(うーん、ベタベタする。……お風呂入りたいなぁ)
屋敷のバスタブじゃ、今の僕には窮屈すぎる。
もっと広くて、手足を思いっきり伸ばせる場所じゃないと……。
僕の視線は、少し離れたところにある大きな湖へと向いていた。
そうだ! あそこなら……。




