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白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!  作者: ろき


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【第23話】影の暗殺者と、至高のブラッシング

「……ふざけんなよ。なんで俺が見張りなんだ」


 広大な屋敷の庭。

 その片隅の木陰で、ダークエルフの少年――シオンは、苛立ちを隠そうともせず吐き捨てた。


 昨夜の「神獣・お座り事件」。

 今朝の「恐怖のラジオ体操事件」。


 領主もギルドマスターも、対応に追われている。

 パーティーの連中も、説明と後始末で引っ張り回されていた。

 ――あの狂信エルフ(セレン)だけは例外で、「神獣様の御言葉を聖典にまとめる」とか何とか言い出し、部屋に籠もったままだ。


「なんでAランク冒険者で、しかもこの国トップクラスの斥候の俺が……あいつの監視役なんだよ……!」


 シオンは舌打ちした。


 理由は分かっている。

『影魔法』の使い手である彼は、物理的な干渉を受けずに移動できる。逃げ足も速い。

 要するに――「神獣が動いた時の監視役兼、通報係」。

 一番“死ににくい”から、選ばれた。


「チッ……。見ろよ、あのマヌケな面」


 視線の先。

 陽光が降り注ぐテラスの真ん中で、白銀の巨体――フェンリルが、だらしなく寝そべっていた。


 世界を滅ぼす神話級の魔獣?

 最初は恐怖しかなかった。だが、ここ数日の様子を見ていると――今のあいつは、ただのバカデカい犬にしか見えない。


 ……はずなのに。


「……なんなんだ?」


 目を逸らそうとしても、外せない。

 恐怖とは違う。心の奥が、妙にざわつく。

 理由の分からない引力みたいなものが、あの寝姿から滲んでいる。


(……気のせいだ。疲れてるんだよ、俺は)


 シオンが頭を振った、その時。


「……ん?」


 フェンリルが急に身をよじり、芝生の上でゴロゴロと転がり始めた。


「おいおい、まさか……攻撃魔法でもぶっ放す気か!?」


 シオンは瞬時に身構え、影の中に沈み込む体勢に入る。

 だが――殺気がない。


 代わりに聞こえてきたのは、


「クゥ~ン……」


 情けない唸り声だった。


    ◇


(……届かない)


 僕は芝生の上で悶絶していた。

 背中だ。背中の、ちょうど真ん中あたり。そこが猛烈に痒い!


(あぁーっ、これだから四足歩行は不便なんだ!)


 必死に身体をねじり、後ろ足でカキカキしようとする。

 だけど、微妙に届かない。


(ああっ、もうちょい! そこ! そこなのに!)


 僕は地面に背中を擦り付けてみた。


 ズズズッ。


 ……ダメだ。芝生が柔らかすぎて、刺激が足りない。

 もっとこう、ゴツゴツした硬さが欲しいんだ!


「ワフゥッ!」《誰かー! ここ掻いてー!》


 僕は空に向かって悲痛な声を上げた。


    ◇


「……一体何をやってんだ、あいつは?」


 木陰から監視していたシオンは、毒気を抜かれて脱力した。

 てっきり広範囲殲滅魔法でも放つのかと思えば、ただ芝生の上でのたうち回っているだけ。


 ……背中が痒いのか?


「はぁ……。見てられねぇな」


 溜息混じりに、指が動く。


「今回だけだぞ……『影のシャドウ・ハンド』」


 影が音もなく伸び、フェンリルの背後へ回り込み――そのモフモフした背中に触れた。


「!!」


 僕の動きがピタリと止まる。


 次の瞬間。


「ワフゥゥゥゥ♪」《おおっ、そこそこ!》


 歓喜の声が漏れ、僕はだらしなく目を細めた。

 魔力で構成された指先の“絶妙な硬さ”が、痒い場所にドンピシャだったのだ。


(……なんだ、この感触は)


 一方、術者であるシオンにも異変が起きていた。

 影を通じて、指先の感触が脳へ伝わってくる。


 無機質な「影」が触れたのは、生命力に溢れた「生きた毛皮」。

 指が沈み込み、程よい弾力を返してくる。

 魔力を帯びたシルクみたいな毛並みが絡みつき、吸い付いてくるようだ。


「っ……!?」


 暗殺者として、これまで数多の獲物に触れてきた。

 だが――こんな感触は初めてだ。


(……俺の魔法、こんなことのために使うなんて……!)


 止めなければ。そう思うのに、フェンリルはもっと欲しそうに背中を押し付けてくる。


「クゥ~ン♪」《もっと! 右! あと首の後ろも!》


「……チッ。注文の多い野郎だ」


 悪態をつきながらも、指先が止まらない。

 無意識のうちに、影の手が増えていく。


 二本が四本に。四本が八本に。


「おい……凝ってんのかよ。……ったく、しょうがねぇな」


 本来は敵集団を拘束するための奥義『影縛り(シャドウ・バインド)』。

 無数の影の手がフェンリルを取り囲み、背中、首筋、耳の後ろ、わき腹まで――全身くまなく揉み解し始めた。


「アオォン……♪」《あ、そこそこっ……♪》


 僕は完全に骨抜きになり、うっとりと涎を垂らす。

 そして木陰で操るシオンもまた、何かに取り憑かれたように指を走らせていた。


「……くそっ。なんだこれ……止められねぇ……!」


    ◇


 全身の痒みと凝りから解放された僕は、スッキリした気分で立ち上がった。


(まさか、あのダークエルフの子がこんな特技を持ってたなんて)


 木陰にいるシオンへ近づき、感謝を込めて頬に鼻先を擦り付ける。


「うわっ!? よ、寄るな! ベタベタすんな!」


 シオンは顔を真っ赤にして飛び退いた。


「勘違いすんな。俺はただ、アンタが暴れて庭を壊さないように止めただけだ。……礼なんていらねぇよ」


 そっぽを向く。

 だが、耳先がほんのり赤い。


 そして、ボソリと独り言みたいに呟いた。


「……アンタの毛並み、あいつよりすごかった……」


 足元で、消し忘れた影がゆらりと動く。

 影は独りでに形を変え、四足で立つ精悍な獣のシルエットになった。


(……ん?)


 犬? いや、狼だ。

 黒い影なのに、やけに生々しい。


 僕のアンテナがピーンと立った。


(きっと知り合いにいるんだ! もふもふの狼が!)


 いつか絶対、その“影のもふもふ”にも会いにいかなければ。


 新たなるもふもふ情報をゲットした僕は、上機嫌で尻尾を振った。


――こうして、僕の快適な屋敷ライフに、「専属の揉み解し係(ただし愛想は悪い)」が加わったのだった。

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