【第21話】爽やかな目覚めと、恐怖のラジオ体操
チュン、チュン……。小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかな光。
(……ん?)
目を開ける。そこにあったのは、見慣れたシミだらけのアパートの天井……ではなく、最高級シルクの天蓋と、朝日でキラキラ光るシャンデリアだった。
(……あ、そっか。僕、フェンリルになったんだっけ)
白くてもふもふな前足が現実を教えてくれる。五分ごとスヌーズされるアラームの絶望もない。
「ワフゥ……」《最高だ……》
僕は巨大なベッドの上でゴロンと寝返りを打った。
(幸せすぎる)
二度寝したい気もするが、今は自由なのだ。せっかく自由な身体を手に入れたんだしダラダラしていちゃもったいない。社畜時代、不健康の極みだった僕は、常々思っていたのだ。「時間さえあれば、丁寧な暮らしがしたい」と。
(よし、起きよう。朝活だ!)
僕は勢いよくベッドから飛び出した。まずは新鮮な空気を吸って身体を目覚めさせないと。
僕は尻尾を振りながら、テラスへと続く大きな窓に近づき、鼻先で窓をコツンと押す。
プチン。
かかっていた金属の鍵が千切れて窓がすーっと開く。
(あれ? 何か音がしたような?……まあいいや、換気は大事だ!)
「……ざわざわ……」
朝の光が降り注ぐ広大な中庭には、すでに領主のベルンハルトをはじめ屋敷の使用人、鎧を着た騎士たちがズラリと整列していた。皆目の下に濃いクマがあり、顔色は青白い。
フェンリルがその姿を見せると、彼らの肩がビクッと跳ね上がった。
「で、出たぞ……!」
「神獣様のお目覚めだ……!」
「総員、礼ッ!!」
誰かの号令と共に、数百人が一斉に軍隊のように直立不動の姿勢をとる。
そのあまりにも丁寧な朝のお出迎えに、挨拶を返そうとして。
「ワフッ!」《おはよう!》
元気よく吠えると、前列にいた数人がバタバタと倒れた。
……あれ? 貧血かな? きっと朝礼が長すぎたのだろう。
(大丈夫かな? 誰か運んであげてるから、まぁ大丈夫か。)
僕は運ばれていく人たちを見送ってから、テラスの中央に陣取った。
さて、朝といえばアレだろう。日本人の魂に刻まれた準備運動。
「ラジオ体操」!!
長らくラジオ体操なんてやっていなかったのに、頭の中にあの音楽が鮮明に流れてくる。やはり朝の体操といえばこれだろう!
(〜〜〜♪ まずは、背伸びの運動から〜〜)
僕は息を大きく吸い込みながら、太い前足をググーッと前方に突き出し、上半身を低く沈み込ませた。犬や狼がよくやる、「伸び」のポーズだ。背骨がポキポキと鳴り、凝り固まった筋肉がほぐれていく。
(うーん、気持ちいい……!)
しかし、その何気ないストレッチは人間たちの目には「破滅」の前戯として映っていた。
「ひぃッ!? 何か構え始めたぞ!」
「攻撃態勢だ! 飛びかかってくるのか?!」
「伏せろォォォ! 口からブレスを吐くかもしれない!!!」
皆これから攻撃が始まると大騒ぎしているが、当の本人はお構いなし。
(次は、手足を曲げ伸ばす運動〜♪)
屈伸運動の要領で、後ろ足を使ってリズミカルに大きな身体を上下させた。
フッフッフッ♪
肉球が石畳を踏むたびに、空気がごぅん、ごぅんと唸りを上げ、地響きがする。
「きゃー!!!神獣様が地震を起こしになったわっ!!」
「震災だ! 震災が始まるぞ!!」
「うぐぅッ……!」
「立っていられない……こんな地震ここ数十年体験したことが無い!」
皆必死に転ばないように地面に膝をつく。この揺れで平気で歩けるわけがない。
(次は、身体をねじる運動〜♪)
ブォン! ブォン!
上半身を左右にひねる。太い尻尾が遠心力で振り回され、辺りに暴風が吹き荒れる。その暴風に植木鉢が宙を飛び交い、騎士たちの重い兜がゴロゴロと辺りを転がっていく。
「た、竜巻だァァ!?」
「今度は……神獣様が竜巻を起こし始めたぞ!!」
「もう終わりだ……この世はもう終わりなんだぁぁっ!!!」
全員がこの突如始まった天変地異に大パニックになっていた。
(ふぅ、スッキリした)
一通りのラジオ体操を終えてフェンリルが顔を上げると、そこには――頭を地面にこすりつけ、土下座の姿勢でガクガクと震えている数百人の姿があった。
(おっ? みんなも一緒にストレッチしてたのか!)
みんな、いつの間にか一緒に僕の動きに合わせて運動して疲れてしまったのだと思った。
僕は親近感を抱き、満足げに尻尾を振った。なんと素晴らしい朝だ。今日もいい一日になりそうだ。
ぐうぅ~~。
盛大な腹の音が、静まり返った庭に響き渡る。健康的に動いたから、お腹が空いてきた。
(そういえば、朝ごはん何かな?)




