【第14話】街、騒乱、そして神獣の「お座り」
「はぁ、はぁ……も、もうダメだ……足が動かねぇ……」
森を抜けた先に広がる平原。その向こうに、城壁に囲まれた街が見えてきた。
だが、Aランク冒険者パーティー『銀翼』の面々に安堵の表情はない。疲労と恐怖で限界を迎えていた。
「な、なんでまだついてくるのよぉぉぉ!」
ミナが泣き叫ぶ。
彼らの背後、わずか数十メートルの距離を、【白銀の巨大な影】が悠々とついてきている。
「ワフッ♪」《もうすぐ街かな?》
その影は、彼らが道案内してくれていると信じて疑わず、上機嫌で尻尾を振っていた。
月明かりに照らされたその姿は神々しく、同時に、この世の終わりを予感させるほどの圧倒的な存在感を放っていた。
「くそっ、このまま入ったら街は大パニックだぞ!」
リーダーのアルヴィンが焦燥の声を上げる。
「門番たちに攻撃させるな! 刺激したら街が消し飛ばされるぞ!!」
彼らは叫びながら必死に駆け抜けるが、後ろの影との距離は一向に変わらない。
その影は彼らのペースに合わせて、のんびり歩調を合わせて歩いていた。
そして、ついに街の正門が見えてきた。
「と、止まれ! 何者だ! この夜更けに……ひっ!?」
松明を手にした門番が、彼らの後ろに存在する【白銀の巨大な影】を見て言葉を失った。
冒険者たちの背後にそびえ立つ、白銀で巨大な獣。その蒼い双眸が、暗闇の中で爛々と輝いていた。
「フェ……フェンリルだァァァァ!!??」
【フェンリル】が出現したという門番の絶叫が、静まり返った夜の街中に響き渡った。
「て、敵襲! いや、災害級魔物の襲来だ! 総員、配置につけェ!!」
「鐘を鳴らせ! 冒険者ギルドに緊急招集をかけろ!!」
城壁の上は瞬く間に大騒ぎとなった。警鐘が乱打され、武装した兵士たちが次々と駆けつけてくる。
門の前では、騒ぎを聞きつけた他の冒険者パーティーや商人たちがパニックに陥り、我先にと街の中へ逃げ込もうとしていた。
「おい、『銀翼』! お前ら何てものを引き連れてきたんだっ!!」
顔見知りの冒険者が、血相を変えてアルヴィンたちに詰め寄る。
「連れてきたんじゃねぇ! 勝手についてきたんだよ!」
ガルドが悲痛な叫びを返す。
そんな大混乱の中、渦中のフェンリルはきょとんとしていた。
(えっ、なにこれ? お祭り?)
鐘の音に、人々の叫び声、松明の灯り。
それらがすべて、自分を歓迎する賑やかなイベントなのだと思った。
歓迎されたことに嬉しくなって、尻尾をさらに大きく振る。
その風圧だけで、近くの荷馬車がひっくり返りそうになる。
「ひぃぃッ! 攻撃態勢に入ったぞ!」
「撃て! 矢を放てェェェ!」
「やつを街に入れるな!!」
城壁の上から、無数の矢がフェンリルに向けて放たれた。
しかしそれらの矢は、彼の尻尾が起こす風に流され、明後日の方向へ飛んでいった。
「……だ、だめだ。風に流される……」
「魔法部隊は何をしている! 最大火力で奴に攻撃しろ!!」
今度は数十人の魔導師による火球や雷撃の雨が降り注ぐ。
ドォォォン! バリバリバリ!
派手な爆発音と閃光が周囲を包んだ。
さすがにこれだけの魔法をぶつければ、フェンリルといえど耐えられないだろう――そう思われた。
しかし――
煙が晴れたその場にいたのは、傷一つなく、
「綺麗な花火だったなぁ」とでも言いたげにこちらを見ているフェンリルの姿があった。
激しく閃く魔法が飛んできた瞬間。
フェンリルはそれを「歓迎の演出」だと思い、嬉しくて――思わず、ふっと息を漏らしてしまった。
その吐息は、本人の意思とは関係なく【氷結の息吹】となっていた。
冷気に触れた火球はパチパチと弾け、雷は光の粒子となって散っていく。
そう……まるで【花火】のように。
その【花火】のあまりの美しさに、フェンリルは完全に勘違いした。
(すごい……歓迎されてる……!)
本人は気づいていない。
それが自分を撃ち落とすための魔法だったことなど。
「ば、馬鹿な……国軍の精鋭魔法部隊の総攻撃だぞ……?」
「くそっ、やはり伝説の魔物には人間の力など通じないのか……!」
誰もが絶望し、死を覚悟した、その時。
「お待ちなさい! この方に向かってなんという事をしているのですか! この無礼者共!」
フェンリルの前に、一人のエルフが飛び出した。
そのエルフは『銀翼』のヒーラー、セレンだった。
彼女は両手を大きく広げ、フェンリルをかばうように兵士たちの前へ立ちはだかった。
「どけ、エルフの女! 貴様、魔物に魅了されたのか!?」
兵士長の怒号が響く。
「違います! この方は魔物などではありません! 我々を導いてくださる慈悲深き神獣様なのです!」
セレンは一歩も引かず、狂信的な瞳で兵士長に訴えた。
「私が証明してみせます! 神獣様、どうか彼らの無礼をお許しください。
そして、その尊き御姿を心ゆくまで我々にお見せくださいませ!」
セレンはそう言うと、フェンリルに向かって深々と頭をたれ、膝をついた。
(ん? もっと近くで見たいってこと?)
フェンリルは彼女の行動を、「もっとモフモフを間近で見せてほしい」というリクエストだと捉えた。
ここまでされて、応えないわけにはいかない。
「ワフッ!」《いいよ、存分に味わうといい!》
フェンリルは嬉しそうに一声吠えると、その場にドスンとお座りをした。
そして、胸のモフモフをアピールするように胸を張り、得意げに「どう? 最高でしょ?」というポーズをとる。
「「「……え?」」」
兵士も冒険者たちも、その場にいた全員が、その光景を見て呆然とした。
伝説の災害級の魔物が、街の目の前で、まるで躾の行き届いた犬のように「お座り」をしたのだ。
静まり返る一同。
その中で、セレンだけが感涙にむせび泣いていた。
「ああ……! なんて愛らしく美しい……! これぞ神の威光よ……!」
こうして街を襲った未曾有の大事件は、フェンリルの「お座り」によって、一旦落ち着いたのであった。




