【クリスマス特別SS】聖なる森の避暑地と、白いもふもふの再会
※本編とは少し違う「IF」のお話です。
真夏の森は、思ってた以上に暑かった。
木陰にいればいくらか涼しいかと思ったけど、風がないと草の匂いがむっとして。
僕は大きな木の根元に寝転がって、舌を出しながらうなだれていた。
(……暑い)
なんと【もふもふ】には厳しい季節なんだ。
目の前では、セレンたちが火を起こして食事の準備をしている。こんな暑いのに、よく火のそばにいられるなと思う。
僕は地面に突っ伏して、パタパタと尻尾で仰ぎながら目を閉じた。
体力は使うが、【氷結の息吹】でも使って涼もうかと思ったそのとき。
ふわっと、遠くから懐かしい匂いがしてきた。
胸の奥が、きゅっとなる匂い。
(まさか!?)
僕は思わず跳ね起きた。
あたりを見回すと、奥の方で茂みがガサガサと揺れた。
そこからひょっこりと、真っ白い顔が飛び出してきた。
立った耳に黒い瞳。口角が上がって笑っているみたいな口元。
首には赤い布が巻かれていて、小さな鈴がチリンと音を鳴らしている。
……凛だ!
一目散に凛に駆け寄る。
鼻先を近づけ、匂いを確かめる。……間違いなく凛だ。
凛は僕を見上げて、嬉しそうに目を細めた。
(どうして凛がここに?)
いや、そんなことどうでもいい。
僕はそっと凛に額を寄せた。柔らかくて温かい。
暑さなんて忘れて、ひたすら凛との再会を味わった。
元の世界にいたときとまったく変わらない最高な【もふもふ】で、さわり心地がよく、僕の心を癒やしてくれる。
しかし凛の様子が少しおかしい……。
息が荒いし、舌が出ている。
(まずい、暑くてバテてきている)
心配する僕の鼻を、凛がぺろっと舐めた。その舌はかなり熱かった。
このままでは凛が倒れてしまう。
(ごめんねっ、すぐ気づいてあげられなくて。今、涼しくしてあげるからっ)
僕は息を吸い込んで、ふっとあたり一面に吐いた。
スキル【氷結の息吹】が発動する。
周囲の草木が凍り、あたり一面が一瞬で真っ白になった。先程までの暑さが嘘のように、冷たい空気に変わる。
凛が目を丸くして驚いていたが、真っ白くなった地面を何歩か歩くと嬉しそうに尻尾を振っていた。
少し寒くしすぎたかと心配したけれど、【サモエド】の凛にとっては問題なかったみたいだ。
さすが寒い国で生まれた犬種だ。
喜ぶ凛の姿を見て、僕はもう一回。
今度は真上に向かってスキルを使い、息を吐いた。
白い冷気が上空に広がり、白くて細かく冷たい粒子が降ってくる。
(本物の雪は降らせてあげられないけど、雰囲気は出るよね)
上から降ってくる冷たい粒子に、凛は喜んであたりを駆け回っていた。
その光景を見ているだけで、ほんとうに癒やされる。
後ろの方でセレンが持っていた皿を落とし、ガルドが腰を抜かして後ずさりしていた。
(あ、いきなりこんな景色になったからびっくりしたのか)
そんなセレンたちを眺めていると、凛が僕のところに来て鼻先でちょんと押してきた。
少し屈んであげると、そのまま凛はふわっと僕の首に顔をうずめた。
【もふもふ】が【もふもふ】と押しあい、とてつもない感触が僕たちを包みこんだ。
(あぁ……最高……)
幸せに包まれていると――
……チリン。
何か上の方から音がした。凛についている鈴の音ではない。
音のする方を見てみると、さっきまで木陰に使っていた大きな木が真っ白になって、クリスマスツリーのようになっていた。
もちろん電球なんてないけれど、日の光を浴びてキラキラとしていて、すごく幻想的だ。
よく見れば木の実が凍って、飾りみたいになっている。
更に上の方で少し変わった形をした氷の塊がある。どうやらあれが音の正体だ。
すごくきれいな音がする。
僕は前足で、軽く木を揺らしてみた。
木に積もっていた粒子がキラキラと降り落ちてきて、チリンチリンと涼しい音が鳴り響く。
凛のために涼しくしようとしただけだったのに、こんなきれいなツリーが出来上がるなんて。こんな偶然もあるんだなぁ。
後ろの方で、セレンが震える手を胸元で押さえて、何かぶつぶつ言っている。
ガルドも呆然とツリーを見上げている。手が震えているが、寒さで震えているわけではなかった。
(あ、みんなクリスマスツリーなんて見たことないから感動してるんだ!)
そんなことを思いながら、僕の注意が別の方に向いた。
焼けた肉のいい匂い。
凛も匂いに気づいたのか、尻尾を可愛くフリフリと揺らしている。
凛と共に匂いのする方へ歩いていく。
セレンがハッとした顔をして、目にも止まらぬ早さで鉄板の上の肉を皿に移す。
何故か手が震えているけど、ものすごく手際はいい。
セレンが皿を地面にそっと置き、そのまますっと下がっていった。
皿の上には、焼き立ての肉のいい匂いが立ち込めている。
いつも通り最高の焼き具合だ。
(うまそう)
凛の顔を見てみると、今にも食べたそうにこちらを見ている。
(よし、一緒に食べよう!)
……と思ったが。
皿の肉からは香草とスパイスの匂いがする。人間用の味つけをしてある。
僕には問題ないが、凛には良くない。
僕は凛を見てから首を横に振った。
凛はしゅんと残念そうな顔をしている。
(まってて)
僕はセレンたちの方を向き、地面を前足で軽く叩いて、別の肉を要求する。
凛を眺めてから奥にあるブロック肉を見つめる。そして軽く吠えてみる。
これで伝わるだろうか?
セレンが青ざめて、「申し訳ございません!!!」と甲高い声を上げながら、バタバタと調理を始めた。
ジュゥウ。
もし何か調味料を使いそうになったら止めるつもりだったが、何もかけずに焼いてくれているらしい。
セレンが深々と頭を下げながら新しい肉を持ってきた。
「申し訳ございません!! こちらのお方には素材そのままのものをご用意いたしました」
「事前に気づくことができず、誠に申し訳ございません!!」
少し小さめの皿に、余分なものがついていない綺麗に焼かれた純粋な肉が乗っていた。
(これこれ)
でも、焼き立てで湯気がまだ出ている。
肉にかじりつこうとした凛を、優しく止める。
(凛、舌やけどするからまってて)
僕は凛の肉に顔を近づけて、ふーっと息を吐いた。
湯気が落ち着いたが、念の為鼻先でちょんと触れてみた。
まだ凛には熱いかな。
もう一回、短く息を吐いた。
鼻先で触れてみて、今度は大丈夫そうだったので、僕はその皿を凛の前にそっと出した。
凛が匂いを確かめて、こちらを見る。
僕が頷くと、小さく一口だけ食べた。
ゆっくり噛みしめて、目を細めた。
良かった。気に入ってもらえたみたいだ。
僕も、最初の皿の肉にかじりつく。少し冷めてしまっているけどうまい。濃い味付けがたまらない。
凛と一緒にご飯を食べられるなんて、なんて幸せなんだ。
隣で美味しそうに肉を食べている凛を見ながら、そんなことを考えていた。
背後で、セレンたちが僕と凛を交互に見ている。
(なんだ?)
(凛の食べてる姿が可愛いからか?)
肉を食べ終わった凛が、僕の頬をぺろっと舐めた。
よっぽど美味しかったのだろう。にっこりしている。幸せそうでなによりだ。
何故かセレンが泣きそうな笑顔で追加の肉を焼き始め、ガルドは木に向かって手を合わせている。
(なんで木に向かって拝んでるんだろ? 文化なのかな?)
そんな彼らを眺めていたら、あたりの温度が少し戻ってきてしまっていることに気付いた。
さすがにこの真夏では、僕のスキルでも長くは持たないよな……。
凛がまたバテてしまう前に、水を用意しておかなくちゃ。
ためておいた水を見に行ったら、この暑さでぬるくなってる。
僕は桶に顔を近づけて、短く息を吐いた。
ふっ。
パキパキと軽い音。
水面にいくつか氷の塊ができて浮いていた。
(よし)
僕は凛を連れてきて、桶の縁に鼻先をつけ、飲むようにすすめる。
ひんやりしたのが気持ちいいみたいで、凛は目を細めながらチロチロと水を飲んでいた。
そんな凛を見ながら、僕はまだ溶け切っていない真っ白なツリーを見上げる。
まだキラキラと輝いていて、氷の飾りが涼しげな音を立てている。
凛が、こてんと僕の前足に頭を乗せた。お腹がいっぱいで、眠くなったようだ。
僕も凛の背中に顎を乗せて、凛の温もりを目一杯味わった。
温かいもふもふが重なって、今最高に幸せだ。
……なんか……眠くなってきたな……凛、一緒にねような……
ワフゥ。
凛が返事をした気がした。
……あれ。
目が覚めると、あたりはすっかり暗くなっていた。
近くには木陰に使っていた巨木があり、周りにはセレンたちが寝息をたてて眠っている。
そして先程まで近くで感じていた柔らかい温もりは、なくなっていた。
(夢か……)
そうだ。あの子はここにいるはずがないんだ。あの子は遠い世界にいるのだから。
(凛、元気にしているかなぁ……)
遠くの方で、チリンと小さな鈴の音が聞こえたような気がした……。




