【第12話】挨拶と、すれ違い――そして、初めての焼肉
僕は座り込んでいるミナの目の前に、ズイッと顔を寄せた。
まず鼻先を、彼女の手に押しつけた。
元の世界で、【サモエドカフェ】にいた凛にしてもらっていたみたいに。
舌を出して、ぺろっと手を舐めてみる。
「ひっ……あ、あ……」
ミナの顔から血の気が一気に引いた。呼吸もひどく乱れている。
「ミナッ! 離れろ!」
アルヴィンが叫ぶ。
ガルドが盾を構えて割り込もうとするが、足が震えている。
その場所から一歩も動けず、カタカタと鎧の音だけが響いていた。
シオンは顔を覆う。
「終わった……俺たち、食われるんだ……」
この反応は予想外だった。もっと喜んでくれると思ったのに……。
あまり動物と触れ合ったことがないのだろうか。
次は何をしたらよいか考えていた、そのとき。
震えて動かせずにいたミナの手が、僕の毛に一瞬触れた。
「あれ……?」
ミナの様子が明らかに変わった。
手の震えが止まり、もっと僕の【もふもふ】に触れたそうにしている。
これはチャンスだ。
(ここを撫でて。首のまわりが一番気持ちいい)
自慢の首元の【もふもふ】を一気に押し当てる。
これを喜ばない人間なんているわけがない。
「なに……これ……」
ようやくミナの強張っていた顔が緩んできた。
指先からゆっくりと体毛に沈んでいく。ドライヤー魔法で仕上げた極上の【もふもふ】だ。
「……やわら、かい……」
クゥン。
(うんうん)
嬉しくなって、喉が鳴ってしまった。
ミナの指が、どんどん僕の体を探るみたいに動きだした。
もうミナの手は止まらなくなっていた。
「温かい……気持ちいい……」
反対の手で握っていた杖が、カランと地面に落ちた。
ミナは両手を使って僕の首まわりの体毛をもふりはじめた。
しまいには顔までうずめている。
仲間たちがその行動にざわつきだす。
「おい、ミナ! 何をしてるっ?!」
「早く離れろっ!」
「何やってるんだあいつ……恐怖でおかしくなりやがった……?」
もうミナの耳にはそんな声は届いていなかった。
目の前の極上の【もふもふ】のことしか見えていない。
一心不乱に目の前の【もふもふ】を堪能している。
(……よし)
スキンシップは一旦ここまでにしよう。
僕はミナから一歩引いた。
離れた手が名残惜しそうに宙を掴む。
(ごめん。あとでね)
心の中でお詫びをして、僕はアイテムボックスを開いた。
ボトッ。ドサッ。
まだ解体してないオークが地面に転がった。
「なっ……!?」
「なんでフェンリルがアイテムボックスをっ!?」
「それよりあれ、オーク・ジェネラルじゃ……」
先程まで震えて動けずにいた彼らも、魔獣が【アイテムボックス】から獲物をほうり出すという異常な光景に、思わずツッコミを入れてしまった。
僕は前足で取り出したオークをポンポンと叩く。
次にミナが落とした杖を咥えて、そのままオークを叩いて吠える。
ワフッ! (これを焼いてほしいんです!)
そして口をパクパクして、食べるジェスチャーをしてみせる。
多分これで伝わっただろう。
……沈黙。
アルヴィンが、声を震わせて何か言う。よく聞き取れなかったが、顔がこわい。
全員が僕とオークを交互に見て指をさし、こくこくうなずいてる。
(あれ、伝わって……る?)
僕は念の為もう一回、オークを叩き一連の動作を繰り返す。
口をパクパクさせて、もう一回。
「ワフッ!」
そうすると、魔法使いのセレンが前に出てきた。目が妙にキラキラしてる。
「なんて慈悲深い……!」
「自ら狩った獲物を、私たちに『調理させてくださる』なんて!」
何を言っているか分からないけど、たぶん伝わったようだ。
「おいっ、セレンさん! 何言ってんだよ!」
シオンがありえないとばかりに叫ぶ。
しかし、セレンは止まらず続けた。
「これは試練であり祝福なのよ!」
「神獣様の血肉となるお食事を私たちの手で……あぁぁ何たる幸福!!」
セレンが興奮しながら腕まくりをしだした。
「さぁ皆、やるわよ!! 神獣様をおまたせするなんて許されないわ!」
「そこ!!! さっさと用意を始めなさい!!!」
セレンの怒号がとんだ。
あまりの気迫に、全員先ほどまでの恐怖はどこかへ飛んでいってしまった。
皆が慌ただしく動き始める。
ガルドが手際よくオークの解体を始める。手慣れた手つきでどんどん塊肉になっていく。
そして、アルヴィンが焚き火を起こす。火打ち石の乾いた音が鳴り、火がぱちっと跳ねた。
シオンがぶつぶつ何か言いながら薪を集める。まだ納得はしていないようだ。
一方セレンは香草を真剣に選んでいた。葉を指で潰して香りを確かめる。
その仕草はプロの料理人のそれだ。
何枚も葉を潰しては放り捨て、潰しては放り捨てを繰り返している。
その間にミナは火加減を見ている。先程堪能した感触が忘れられないのだろう。
チラチラこちらを見ている。
(すごい……)
待ってる間、僕は座って彼らを眺めていた。
さすが冒険者だ。野外での料理が慣れている。
そうこうしている間に、脂のジュッとした音が鳴りはじめ、香ばしい匂いが漂ってきた。
その匂いにつられ、お腹がきゅるきゅるなり始めた。
尻尾も勝手にパタパタ動き始めている。
待つこと数分……。
「ど、どうぞ……神獣様……」
セレンが恐る恐る差し出したのは、オーク肉のステーキ。
皿の上でまだジュージュー音がしており、香草のいい香りもしてきて、いっそう食欲をそそる。
我慢できずに丸々一枚口に頬張る。
(――うまい)
程よく柔らかいし、噛めば噛むほど、じゅわっと脂が出てくる。
そうだよこれこれ。これが欲しかったんだ! 火を通した肉。
まさかこんな手間ひまかけて焼いてくれるなんて思っていなかった。
この世界では、魔獣にもきちんと調理をしてご飯を作ってくれるんだなぁ。
十分に噛み締めた肉を飲み込み、お行儀が悪いが皿を一なめして。
アオォォン! (最高! おかわり!)
遠吠えをすると、セレンがその場で崩れ落ちた。
「ああ……! 受け入れられた……!」
「神獣様が……神獣様が私の料理を……!」
その顔はなんとも言い難い、喜んでいるのか泣いているのか……。
とにかくすごい表情だ。
向こう側でアルヴィンたちもなぜか泣いてる。
「た、助かった……のか?」
「俺たち……生きてる……!」
(え、そんなに食べてもらって嬉しいの?)
(心配しなくても、十分うまいのに)
まあ、いいや。
僕はすっかり彼らを気に入ってしまった。




