【第10話】人間との遭遇、そしてすれ違い
シルバーフェレットたちとの「触れ合い(一方的)」を終え、僕は森の奥を進んでいた。
お腹も、もふもふ欲も十分に満たされた。
自慢の毛並みもドライヤー魔法で完璧だ。
今の僕はかなり仕上がっている。
意気揚々としていた、その時。
【魔力感知】が、ピンと跳ねた。
(……ん?)
今までとは違う、濁りのない整えられたような魔力。
それが五つ、こちらに近づいて来ている。
金属が擦れる音に……人の声?
(人間か!?)
喜びに、尻尾が勝手に振れる。
目を凝らして声のする方を見てみると、そこには五人の人間がいた。
中には耳の長い者もいる。エルフか何かだろう。
(冒険者ってやつかな)
ここで一旦、考える。
今の僕はフェンリル。人里に行けば、きっと討伐対象だ。
ここは友好的に、慎重に歩み寄ろう。
彼らと対話できれば、この世界で生きていくための情報が得られるかもしれない。
この広い森をむやみに歩き回るより、聞いたほうが早い。
……ついでに、さっき失敗した焼き肉も何とかしてくれないだろうか。
(……よし)
僕は魔力を抑えながら、彼らのもとへ歩き出した。
◇
その頃、森の開けた場所。
Aランク冒険者パーティー『銀翼』の五人は、息を潜めていた。
「……来るぞ」
リーダーで魔剣士のアルヴィンの、張り詰めた声が低く落ちる。
その隣で、タンク役のガルドは盾を構えたまま喉を鳴らした。
「冗談だろ……影の中にいても肌がビリつく」
木陰から、ダークエルフの少年・シオンが顔を出す。
「俺の【影魔法】、完全に見透かされてるみたいだ。隠密してる意味がねぇ」
「こ、こんな森の入り口で……あり得ない……」
魔法使いのミナが、震える声を漏らす。
そんな中、ただ一人、様子の違う者がいた。
エルフの魔法使い、セレンだ。
彼女は杖を握ったまま、目の前で起きている光景に打ち震えていた。
「……精霊たちが、道を空けてる」
「……セ、セレン?」
ミナが、いつもと様子の違う彼女に問いかける。
「怯えてるんじゃない……畏れて、伏しているのよ」
セレンが興奮気味に言い切った、その瞬間。
ガサッ。
茂みが大きく揺れた。
月光に輝く、気高さを感じさせる白銀の毛並み。
宝石のように美しく輝く蒼い瞳。
見ただけで分かる、圧倒的な風格。
その場の空気が、一斉に凍りついた。
「……フェンリル……!?」
アルヴィンが、悲鳴とも絶叫ともつかない声を上げる。
冒険者たちは悟った。
こんな魔獣、自分たちでは戦闘にすらならない。
この場で、自分たちは終わったのだと。
全員が絶望する中、セレンはその場に膝をついた。
「ああ……白銀の神獣様……!」
「セ、セレンさん!? 拝んでる場合じゃ――」
ミナが震える声を振り絞って呼びかけると、
「お黙りなさい……このお方は、そんな簡単に拝見できる存在じゃないのよ!」
セレンは興奮した様子で、まくしたてる。
その反応は、明らかに異常だった。
目の前の集団が、そんな絶望に陥っているとは露知らず。
当のフェンリルは、彼らに語りかける。
「クゥン?(すいません、ちょっと聞きたいことがあるのですが)」
「ワフッ!(あと、できればお肉焼いてくれませんか)」
もちろん人語ではないため、彼らには一切伝わっていない。
フェンリルは好意のつもりで尻尾を振り、ゆっくりと一歩ずつ近づいていった。
「くそ……遊んでるのか……」
アルヴィンが、歯を食いしばりながら呟く。
「我々など、いつでも仕留められるということか……」
「ちょ、ちょっと! 尻尾振るたびに、魔力の圧が来てるんだけど!」
ミナが悲鳴を上げる。
シオンは影に溶けようとして――失敗した。
「くそっ……目が合っただけで、身体が言うこときかねぇ……」
その反応に、フェンリルは首を傾げた。
(あれ? どうしたんだろう)
自身の行動一つ一つが、恐怖を与えていることに気づいていない。
その仕草ひとつで、冒険者たちの額から冷や汗が流れ、背筋が凍る。
――さあ、誰から食ってしまおうか。
目の前の魔獣に、そう告げられているようにしか見えていなかった。
ただ一人。
魔法使いのセレンだけが、異常なほど目を輝かせていた。




