【第9話】遭遇、そして神速のモフり無双
新しく身につけた通称【ドライヤー魔法】で、完璧な【もふもふ】に仕上がった僕は、気分上々で森の奥へと進んでいった。
歩くたび、ふわふわの毛並みが風にそよぎ、自然とテンションも上がる。
今の僕の「もふもふ度」は、言うまでもなく最高潮だ。
ご機嫌で森の中を進んでいると、ほどよく開けた場所に行き着いた。
(よし、ここなら大丈夫そうだ)
僕は気を引き締め、魔力制御の特訓を始める。
今のままだと、獲物にも愛すべき【もふもふ】たちにも僕の気配を察知され、逃げられてしまう。
ご飯も食べられないし、もふれもしない。
――この二重苦は、さすがにシャレにならない。
体内を駆け巡る膨大な魔力を、意識して内側へ押し込めていく。
ブラック企業で培った「理不尽なノルマを気合でねじ伏せる社畜根性」を総動員し、奔流するエネルギーを必死に抑え込んだ。
(……きつい。でも、まだだ。もっと絞れる)
どれくらい時間が経っただろう。
精神も体力も限界に近づいていたが、僕は特訓を止めなかった。
そして――。
ふっと、身体が軽くなった感覚があった。
外へ漏れ出ていた何かが、薄くなってきた気がする。
(……感覚、掴めてきた)
試しに【魔力感知】で確認する。
最初の頃の「決壊したダム」のような濁流と比べれば、見違えるほど落ち着いている。
まだ「強者の気配」は残っているが、これなら普通の魔物はごまかせるはずだ。
むしろ、勘違いした好戦的な魔物が寄ってくるかもしれない。
――そして、その予想はすぐに当たった。
前方の茂みから、複数の鋭い殺気。
「シャアァッ!」
「キィィィ!」
飛び出してきたのは、美しい銀色の毛並みを持つ、イタチのような魔物の群れだった。
数は五匹。
どうやら僕の魔力を「同程度」と認識し、縄張りを守るために現れたらしい。
(……おおっ!?)
思わず足が止まる。
銀と黒のシックなまだら模様。
太くてふさふさの尻尾。
フェレットのように、しなやかな体つき。
(な、なんて素晴らしいフォルムだ……!)
ホーンラビットの愛らしさとは違う、野性味と洗練を併せ持った存在。
まさに「イケメン系のもふもふ」だ。
一方、彼らの目は殺気に満ちている。
「シャアァ!(侵入者め、ここから先は通さん!)」
「キィッ!(囲め! 一斉に仕留めるぞ!)」
リーダー格の合図で、五匹が連携して襲いかかってきた。
鋭い爪が、四方八方から迫る。
だが――。
(遅い)
レベルアップした今の僕の目には、彼らの動きがはっきりと見えていた。
それに何より、目の前には極上の【もふもふ】がある。
僕はニヤリと笑う。
「グルァ!(【神速】!)」
シュンッ!
スキル発動と同時に、僕の姿が掻き消えた。
「キィッ!?(消えた!?)」
一番手の個体が空振りし、体勢を崩す。
その背後に回り込み――。
スキル発動、【鑑定】!
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対象:シルバーフェレット(リーダー個体)
もふもふ度:☆☆☆☆
(極上のシルクタッチ。特に首周りが至高)
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(なるほど)
僕は示された通り、首周りの一番いい部分を、絶妙な力加減で撫でてみた。
「ひゃっ!?(そこは反則だ!?)」
リーダー個体が一気に力を抜いて崩れ落ちる。
残り四匹が呆然としている隙に、再び【神速】。
シュン、シュン、シュン、シュンッ!
すれ違いざまに、お腹や背中をなで、尻尾の付け根を軽くマッサージ。
「うわっ!?(なんだこの感触!?)」
「ぐにゃっ!?(力が抜ける!?)」
「や、やめろ! 集中できない!」
森の中に、混乱した声が響く。
もはや戦闘ではない。
一方的な蹂躙――いや、「愛で」だ。
数秒後。
僕の足元には、恍惚とした表情で動けなくなったシルバーフェレットが五匹、転がっていた。
物理的なダメージは一切ない。
(ふぅ……堪能した)
だが、よく見ると、激しい運動と森の湿気のせいで毛並みが少し乱れている。
(【水魔法】があれば……)
洗って、乾かして、完璧に仕上げられるのに。
……いや、無いものねだりはやめよう。
今あるスキルで、最高にしてあげよう。
僕は前足に魔力を込め、【ドライヤー魔法】を発動する。
程よく温かい風が、辺りに広がった。
「!?(なんだ、この風……)」
「……落ち着く」
動けない彼らに、頭から尻尾の先まで丁寧に温風を当てていく。
湿気が飛び、毛の一本一本が空気を含んで膨らんでいく。
「グルルン♪(ほーら、ふわふわになーれ)」
数分後。
そこには、最初より一回り大きく、極上の綿菓子のようになったシルバーフェレットが五匹並んでいた。
陽光を浴びて、神々しいほどのもふもふだ。
(完璧……!)
僕は満足げに、肉球に残る最高の手触りを確かめた。
「グルゥ♪(また遊ぼうね。崩れたら直してあげるから)」
そう告げて、僕は再び森の奥へと歩き出す。
「……あれは悪魔だ。毛繕いの悪魔だ……」
五匹は互いの毛並みを見ながら、そう呟いた。
こうして森には、
「毛づくろいをする悪魔」
そして、異様に毛並みの良い魔物の群れという、奇妙な噂が生まれたのだった。




