第八話:第二関門① ~神々の刺客~
「……お前は?」
「後で一時間の休憩があるだろう。その時にこの森を進み、こちらへ来い」
「……」
「ゼルさん。どうしたんですか?」
「なんでもない」
「?」
第一関門の過酷な試練を乗り越え、遺跡の広場に集まった受験者はわずか24名だった。彼らの顔には、疲労と同時に、次の試練への期待が入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。
「まさかグラリスに遭遇するとはな。ゼル師匠がいなかったら、俺たち今頃脱落してたぜ」
リュークが安堵した様子でカイルに話しかける。
「ええ、そうですね。それにしてもゼルさんのあれ、すごかったです。グラリスの速い動きを冷静に、そして完璧に命中させるなんて……」
「あれは、たまたまだ」
ゼルは淡々と答え、二人の会話に加わらず、ただ例の者について考え事をしていた。
(……とうとうでたか)
その時、第一関門の説明役を務めた金髪の女性試験官が、広場の中央に進み出た。彼女の冷たい視線が、24人の受験者全員をゆっくりと見渡す。
「これより、第二関門を開始します」
その言葉に、広場の空気が張り詰めた。
「第二関門は、チーム戦です。これから私が第一関門での視察に基づき、三人一組のチームを組ませます。全八チームによるトーナメント形式で、最終的にハンターの資格を得られるのは、勝ち残った二チームのみです」
試験官の言葉に、参加者たちの間にどよめきが広がる。
「チーム戦!?」
「しかも、トーナメント形式……」
ゼルは冷静にその説明を聞いていた。
(なるほど、第一関門は、チームメイトを選ぶための視察も兼ねていたわけか)
ゼルは、自分とリューク、カイルが同じチームになることを確信していた。第一関門での三人の連携は、決して悪いものではなかったからだ。
試験官は、手元の端末を確認しながら、次々とチームを発表していく。
「Aチームを発表します――リューク、カイル、ゼル」
ゼルの予想通り、三人は同じチームになった。リュークは満面の笑みを浮かべ、カイルも安堵の表情を見せる。
「やったな、ゼル師匠!」
「これで僕たちも安心ですね!」
「Bチームを発表します――レリシヤ、ナツミ、ビル」
他の参加者も次々とチームが発表され、各チームが固まっていく。そして、試験官は最後にこう付け加えた。
「なお、トーナメントで優勝したチームの中で、最も功績が良かった者は首席となり、特別な報酬が与えられます」
「首席!!」
リュークが目を輝かせ、その言葉を繰り返した。
ゼルは試験官に歩み寄り、静かに尋ねた。
「毎年、六人しか資格を取れないのか?」
その問いかけに、試験官は少しだけ驚いた表情を見せるが、すぐに表情を戻して答えた。
「ええそうですね。ハンターの資格というより、魔物を討伐する部隊に所属することになります。ですが、全世界に三つ本部がありますので、試験はここ以外でも受けられますよ」
「なるほど」
ゼルはそれ以上何も聞かず、自チームの元へと戻った。
「なあ、ゼル師匠。特攻隊って、なんかかっこいいよな!」
「特攻隊?」
「ああ! あの金髪の試験官、ウィルさんの率いる部隊さ!」
「部隊か……」
リュークが興奮気味に話しかけてくるが、ゼルはただ静かに頷いた。
「第二関門開始まで一時間の休憩を設けます。各自、準備を怠らないように」
試験官の言葉で、広場にいた人々はそれぞれの場所で休憩を取り始めた。
「……本当だ、一時間の休憩に入った」
ゼルは冷静に呟いた。先ほど金髪の試験官から見えた人影が、休憩時間を指定してきた。その予言通りになったことで、ゼルはあの確信を強めた。
「リューク、カイル。俺は今から休憩しに行ってくる。ついてくるなよ」
「は、はい」
「わ、わかりました」
二人が戸惑いながらも頷くのを確認すると、ゼルは森の草木をかき分けて進んだ。
すると、そこには半透明の光の膜が張られていた。
(結界か……。見事なものだな)
ゼルが結界に手を触れると、彼の存在を認識したかのように、膜の一部がゆらりと開いた。ゼルはためらうことなく、その向こう側へと足を踏み入れた。
結界の中に入ると、外の森とは全く異なる光景が広がっていた。空間全体が歪み、不気味な静寂に包まれている。
「来たか、ゼル=ファルド。久しいなぁ」
声のする方を見やると、黒い神に金の瞳を持つ男が立っていた。その顔には、冥王時代の戦闘で負ったであろう、大きな傷跡が頬にあり、とても不敵な笑みを浮かべている。
「……お前は?」
「忘れた? 俺はデン。お前を討つために、神々から遣わされた刺客」
男、デンは淡々と告げた。
「冥王の座を降りた俺に、何の用だ」
「冥王の力を黙っていた、その罪を償いに来てもらった。神々への反逆罪、死をもって償ってもらう」
デンはそう言うと、右腕に巻かれた鎖を勢いよく振り上げた。鎖の先には、巨大なハンマーがついており、それが宙を舞う。
「それは……」
ゼルが警戒する間もなく、ハンマーは超遠距離から高速で飛んできた。その圧倒的な速度と質量に、ゼルは咄嗟に体を捻って回避する。
「ッ……!」
ハンマーはゼルのいた場所を通過し、背後の巨大な木々に激突した。その衝撃で、木は根元からへし折れていく。
(神々の刺客……こいつ、今の俺と強さの桁が違う)
ゼルは、これまでの魔物とは比較にならないデンの力に、冷や汗を流す。
「面白い……だが、冥王の真の力をお前は知らないだろ!」
ゼルはアルミラージの角を発射したが、デンはハンマーを盾に、涼しい顔で受け止める。
「角? 笑わせるな。これが攻撃だと?」
デンはそう言うと、再びハンマーを放つ。しかし、その攻撃は、ゼルの動きを先読みするかのように正確に飛んでくる。
「!?」
ゼルは攻撃をかわすことに必死だった。デンの攻撃は、ゼルの脳内を読んでいるかのように、彼の思考を先回りしてくるのだ。
(奴の能力か……! これでは、攻撃も防御も、すべて無力)
ハンマーの一撃一撃が、ゼルの体へ容赦なく襲う。
「ぐっ!」
腹部に受けた一撃で、ゼルは大きく吹き飛ばされた。壁に叩きつけられ、口から血を吐き出す。
「すごい! さすがだ元冥王。吐血しながらもたった一秒で、32個の勝利ルートを考えたのか!」
(ふっ、甘えすぎだ。能力に)
「――まさか!」
デンはゼルの行動を予測し、ハンマーを放ったが、もう遅い。
ゼルは、あえて無防備な太ももを晒すように体を動かしていた。
「……もらった!」
ゼルは、全身の力を太ももに集中させ、そこから毒の角を勢いよく突き出した。
デンは、ゼルの思考を読んでいたはずなのに、この行動だけは予測していなかったようだ。
「くそガキが!」
毒の角はデンの太ももに深々と突き刺さった。デンは、苦悶の表情を浮かべながら、血を流す。
「あぁ゙、俺は解毒だけは苦手なんだよ!」
そう言って、デンは太ももから角を引き抜き、その場を去った。
デンが去った後、結界は音を立てて剥がれ落ちた。ゼルは、その場に倒れ込み、満身創痍の体で横たわっていた。
「……はぁ、はぁ」(今回だけは相手が油断していた……次はないな)
頭からは血が流れ、腹部も激しい痛みに襲われている。ゼルは、残りの休憩時間を確認しようと、腕時計を見た。
「あと……12分か」