第一話:冥王の吸収する力
目を開けると、そこは深い森だった。木々が生い茂り、葉の隙間から漏れる光が微かに地面を照らしている。湿った土の匂いと、遠くから聞こえる鳥のさえずり。ゼル・ファルドは、しばし周囲を見渡しながら息を整えた。
「ここが……地球か」
神々によって宇宙から追放され、落ちた先がこの青い星。彼は眉をひそめる。かつて冥王として宇宙を支配していた力、その片鱗すら感じ取れない。試しに手を掲げ、魔力を集中させようとするが――何も起きない。
「封印か……なるほど、徹底しているな」
その時、足元で何かが動いた。ゼルは視線を落とし、そこにいる小さな存在を見つける。ぷるぷると揺れる半透明の体――スライムだ。ゼルは軽く口角を上げる。
「ふむ、まずは試しだ。この程度の存在であれば、封印された状態でも問題ないだろう」
そう言いながら、彼は手を振り上げた。しかし振り下ろした瞬間、スライムは軽やかに跳ねて攻撃を回避する。その動きにゼルは驚きを隠せなかった。
「……あいつ、強いぞ」
彼は苦笑しながらスライムを見つめた。封印されていても、彼には一つだけ残された力がある。それは「死した存在の能力を吸収する」力だ。
この能力があることを神々には伝えていない。俺があえて冥王、という汚れた座に立候補したことに、疑問は持っていたがな。
ゼルは再びスライムに向き直り、手刀を振り下ろした。スパッと今度は正確に捉え、スライムは消滅した。
その瞬間、彼の体に微かな変化が起きた。足の筋肉がわずかに引き締まり、跳躍力が向上したことを感じ取る。
「なるほど……そうだな。まずは自己能力を高めなければならない」
ゼルは森の中を進みながらスライムを次々と倒していった。十体目を仕留めた頃には、彼の足は以前よりも軽快になり、跳躍力が大幅に向上していた。
「封印された状態でも、少しずつ力を取り戻せるというわけだ」
森の奥へ進むと、一つの洞窟が姿を現した。洞窟の入り口から紫色の輝きが漏れ出している。その光景にゼルは興味を惹かれ、中へ足を踏み入れる。
洞窟内は冷たい空気が漂い、壁には無数の紫色の鉱石が埋め込まれていた。その美しさに見惚れながら進むと、やがて奥から低い唸り声が聞こえてきた。
「何かいるな……」
彼が警戒しながら進むと、そこにはコボルトの群れが待ち構えていた。獣のような顔と鋭い牙を持つ彼らは、一斉にゼルに襲いかかってきた。
「ふん、小物どもか」
コボルトの一匹が鋭い牙で噛みつこうとする。しかしゼルはスライムから得た跳躍力で軽やかに回避し、そのまま洞窟内を自由に飛び回った。コボルトたちはその動きについていけず、混乱する。
「俊敏性だけでも十分戦えるものだな」
ゼルは跳躍の勢いを利用し、一匹のコボルトの頭上から強烈な一撃を叩き込んだ。その衝撃でコボルトは倒れ、その場に沈黙する。他のコボルトたちは怯えた様子で後退していった。
「……さて、コボルトの能力だが……移動速度の上昇か。渋いな」
ゼルは肩をすくめながら洞窟内を見渡した。紫色の鉱石以外には特筆すべきものはなく、この場所には特別な力も感じられない。ただスライム含め、新しい力を得るための第一歩として悪くない成果だった。
次回:オーガの能力