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7 捜索

   8 


「ほんとうにこの辺なの?」

 紗和子が口をへの字にして一樹の顔を覗き込んだ。


「う~~ん、たぶん」きょろきょろと左右を見回す。夕紅ゆうくれないに空が染まり、周囲が少し薄暗くなってきている。

「たぶん、って…」


 病院からの帰り、地元の最寄駅から一樹の家まで、クーゲンドージに会ったと思われる辺りをさっきから二人でうろついている。


「あ、いや、もっとあっちの方だったかも・・・」

「もう、さっきから・・・。あっちだ、こっちだって、一体どっちなの⁉」

 イラつく紗和子が肩のスクールバッグを掛け直す。


「だからさ、そう言われてもよく思い出せないんだって・・・、言ったろ」

「あのねぇ、野原くん、いくら私とずっと一緒に居たいからって、わざとそんな曖昧なこと言わないでよ」

「はぁ?」  

「今日はそんな場合じゃないんだよ、わかってるでしょう。黒子先輩の命が掛かってるんだから」

「誰がそんなこと考えるもんか! お前こそ何言ってんだ」


「別に。ちょっと岸野会長の真似してみただけだよ」横を向いて口を尖らせた。

「なんだそれ?」


「いっつも、言い寄られては鼻の下伸ばしちゃってさぁ」

「誰が! そんなことあるわけ…」

「なぁんかイヤラシイんだ!」

 ついと二三歩前へ出たさわこが振り返って言った。

「どうしてそうなる!」


「あの人、野原くんに命を助けられた、とか言ってた」

 前を向き、再び並んで歩き出す。

「ああ・・・、だからそれはあの人の勘違いだって。俺は何も・・・」


「――ねえ、野原くん」

 不意にまた立ち止まり、真剣な顔で紗和子が言った。

 今度は一樹が振り返った。


「野原くんは、今まで私のことも何度も助けてくれたよね」

「う、うん?」

 紗和子の言葉の意味を計り兼ね、曖昧な返事を返した。


「それなら岸野会長にだって、もし何かあったら助けるよね?」 

「ま、まあな」


――ほんとは、何があったの?


「な、何がって・・・、――お前は、何があったと思うんだ?」

「えっ⁉」

 逆に問い返され、そこまでは何も考えていなかった紗和子が反対に少々慌てる。


「だ、だから、ほら、あれよ。例えば超能力で会長の心を操って、命の恩人と思わせて、『さあ、俺のことを好きになれ~』とか!」

「ば~か。人の心を操るとか、そんなこと出来たらとっくにお前に使ってるよ」馬鹿馬鹿しいと再び歩き出した。


「えっ‼」

 けれど、サラッと言った一樹の言葉に、紗和子の動きが急に止まった。振り向くと、下を向いているその顔が少しばかり赤いように見える。


「ん? ば、ばか、違う。そうじゃなくて…」

 すぐに言葉が足りなかったことに気がついて、言い訳がましく付け足した。

「今のは、人の心を操れるなら、お前が俺のことバカにしないようにってするって言おうと・・・」

 


   その時、背後から子供の声が聞こえてきた。

   ――ねえ、何かオモシロイはなししてよ



「大体、人の心を操るなんて、そんなことできる訳ねえし」

「ほんとうに?」疑わしげな目で紗和子が一樹の顔を見上げた。



   ――ねえ、ねえ、何かオモシロイ噺をしてよ

   今度は不意に目の前に現れ、

   ニコリと笑ってそう言った。

   が、それにも気づくことなく、

   二人が少年の前を通り過ぎる。



「じゃあ、クーゲンドージにはなんて言ったの?」

「ん? い、いいだろ、別にそんなこと、どうだって…」

「あ~、本当に岸野会長の言う通りなんだ~」


「まさか。――それより早くあの子を見つけないと。さっき、今日はそれどころじゃない、って言ったの、お前じゃんか」

「そうよ。だからこそ、そこのところ、ハッキリさせないと!」

「だから、論点ズレてるっての」



     ――おーい。無視すんな~!

     その声に、少し怒気が感じられる。

     しかし言い争っている二人は、

     今度もその声に気づくことなく、

     振り返ることもない。


「ねえ! 二人とも、僕を捜してるんじゃないのかい?」

 何度も無視され、少々あきれた顔で、少年が二人の背後から呼び掛けた。


「ん?」

「えっ?」


――ああぁぁ! いたぁあ‼


 振り返った二人が大声で叫んで、目の前の少年に指を差した。


「まさか、こんな簡単に会えるとは思わなかったよ」

「確かに」



 紺のボーダーシャツにベージュの短パン。白のスニーカー。後ろ向きに被ったキャップ。部室で見たタブレットの中の子供の絵にそっくりだった。


「まったく、僕を見ても気づかずに通り過ぎたのは二人が初めてだよ」

 小柄な少年が、こちらを見てクッ、クッ、クッと笑いを堪えている。


「君、クーゲンドウジなの?」すぐに紗和子が尋ねた。

「うん。いつの頃からか、みんな僕のことをそう呼ぶようになったよ」

 猫のような目を吊り上げ、ギザギザの歯を剥き出しにして言った。


「そう、やっぱり」紗和子が一歩前へ出て言った。

――ねえ、君にお願いがあるんだけど


「お願い? そんなら僕にオモシロイ噺をすればいいよ‼ そうすれば、それはすべて本当のことになる。だから・・・」

 空言童子が勢い込んで話し出した。

「違うの! 私のお願いっていうのは・・・」それを遮るように紗和子が言う。


「私の友達が君に話したことを取り消して欲しいの」

「取り消し?」不思議そうに童子が繰り返した。

「そう」

「どういうこと?」


「う~ん、話したこと自体は本当のことになっても別に構わないんだけど、その後で一番大切なものを取られちゃうと困るって言うか…」

「嘘の話をして願いは叶えたい。だけど、大切なものをなくすのはイヤ。だから、取り消したいと?」

「まっ、有体ありていに言うと、そうね」


「アハハ。お姉ちゃんは正直だね」


――でも・・・、言ってることが、厚かましい!


「そうそう! つらの皮が厚いんだよ、このお姉ちゃん」

「ちょっと茶々入れないで野原くん、一体どっちの味方⁉」



「ふん。だけど、これだからまったく。人間は・・・」

 急に今までの笑顔が消えて、童子のその表情から少年のような幼さも消えている。


「あのさ、君たちは神社で神様にお願いしたり祈ったりするのに、賽銭さいせん箱にお賽銭すら入れないのかな?」

「入れるわよ、失礼ねぇ。私は、そんなケチじゃありません、っての」


「それじゃ僕が今この時代で、何と呼ばれているか知ってるかい?」

「『恋愛成就の神 クーゲンドージ』でしょ。知ってるよ、そんなの」

 自慢気に答えたが、絵美たちが部室に尋ねてくるまで、そんなこと全然知らなかったのは言うまでもない。

 

「だったら神様である僕にお願いするのに、賽銭代りに何か大事な物を差し出すの、当然だと思わない?」

「それは…、でもそれじゃ困るから、取り消しを頼んでんじゃない!」


「イヤだね!」童子があかんべえをした。

「そこをなんとか」紗和子が拝むように両手を合わせる。

「ダメだね!」

 ふんっ、と横を向いた。


「ああそう。だけどさぁ、話した嘘が本当になる、とか言ってその気にさせといて、どうせその後に一番大切なものを貰い受けるなんて、誰にも言ったことないんでしょ?」

 頼みを断られた紗和子の口調が少々荒っぽくなる。


「あたり前じゃないか。それを言ったら誰もオモシロイ噺をしてくれなくなるよ」

「そんなのアンフェアじゃない! ずるいよ。君、神さまじゃなかったの?」


 それを聞いた童子が紗和子に鋭い視線を向けた。

「そうさ、僕は神さまじゃない」


――人に仇為あだなす・・・、妖怪だよ


 その言葉と共に、辺りの空気が変わった。



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