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5 黒子の異変

   6


「・・・・・・そこでこの男が家に帰って見てみると、以前から想いを寄せていた女が、どうしたことか、自分の家に居らっしゃるではないか。


『これは一体どうしたことだ、どうしてこのような驚くことがあるのだろうか』と思うにつけ、さてはそらごとわらわのやったことであろうと喜んだ。


 けれども、そのようなことも長くは続かなかった。男はすぐに病に罹り、そのまま起き上がることもできずに亡くなってしまった。


 人々は『これこそはあのそらごと童の悪い仕業しわざであろうか』と語ったとかいうことだ」


――え~~と、まあ、てな感じかな、これは


 古語辞典を片手に、『禍福雑談かふくざつだん』という江戸時代の怪談系説話集の「虚言そらごとまこととなりて災ひ招くこと」という話を山田先生が現代語訳した。

 そしてこれが、彼らがこの日見つけることの出来た、空言童子関連の説話の最後の一編だった。


 全集の中から、皆で空言童子に関する話を探し出し、それをこれまで優に二時間以上をかけ、逐一山田先生に現代語訳してもらった。

 にも関わらず、「嘘から出た真」が実現してからのち、いつ主人公に不幸や不運が降りかかったのか、言及された物語は、とうとう見つけることができなれなかった。



「なかったね」隣にいる一樹を見て、ぼそっと紗和子がつぶやく。

「なかったな…」ため息混じりに答え、一樹も紗和子を見た。


「ああ? 何がなかったって?」二人の様子を見て、山田先生が問う。


「そうですよね。私もいつもの先生の授業より、よっぽど熱心に聞いていたんですけど、ありませんでしたね」

 亜弥が浮かない顔でつぶやいた。


「なんだと、岸野コラぁ!」 

「あ、いえ、なんでもありません!」


「先生、すみませんでした。説話の中に出て来た空言童子が、嘘を本当のことに変えてから、主人公が大切な物を失うまでに要する期間に関する記述。本当は僕たち、それが知りたかったんです」


「ああ・・・、そう言やあ、そんなこと書いてある話はなかったな」

 静かに本を閉じながら先生が言った。


「で、とどのつまり、それはどういうことだ?」

 山田先生がジロリと目の前にいる皆の顔を睨んだ。

 そこで黒子が、改めてこれまでの経緯をかいつまんで説明した。


 

「しっかしまあ、そういうことだったのか、くっだらない。そんな都市伝説なんか真に受けて。お前らが急に真面目な顔して古文の勉強会をしたい、とか言い出すから、なんかおかしいな、と思ったんだ・・・」


 その言葉を聞いて、『いや、普通もっと前に変だと気が付くだろ、今かい』とその場にいた先生以外の全員が突っ込みたい気分だった。


「まあ、昔の話だからなぁ・・・。――ふあぁぁ…」

 大欠伸(あくび)をしながら、ああ疲れたとばかりに両腕を挙げてそう言うと、「ふんっ」と背筋を伸ばした。


「現代人のアタシらと違って、時間の感覚なんて、もっとこう、ざっくりとしたもんだったろうさ・・・」

 

 それを聞いて、今まで黙って下を向いていた美穂が不意に顔を上げ、いきなり声を荒げた。

「でも、それじゃ困るのよ‼」


「どうした仲代(なかしろ)? 急にそんな大きな声出して」驚いた山田先生が美穂を見た。


「いえ、別に…」

「大丈夫ですって、美穂さん! 今現在、誰にも何も起こっていませんし」

 少しでも元気付けようと橋野が言う。

「それは、そうだけど・・・」


「そう言えば仲代さんが空言童子に会ったのっていつ?」紗和子が尋ねた。

「えっ! それが…。よく覚えていないのよ」

「そう…。じゃ、野原くんは?」

「それが俺も、さっき話した通り、いつどこであった出来事なのか、よく思い出せなくて・・・」



「う~ん、もしかすると、それがクーゲンドージという妖怪の持つ能力の一つなのかもしれないね。記憶を消すのか、あるいはそれを認識できないようにする、何らかの幻術でも使うのか・・・」

 黒子は俯き加減で顎に右手の指をあてて考え込む。


「主人公が童子に会ったのがいつか覚えていなければ、そのあと、どのくらいで大切な物を失ったかもよくわからない」紗和子が言う。


「わからないから説話の中にも特に記載がない。と言うか、書けなかった?」一樹もつぶやくように言った。


「なにそれ? じゃあ、結局あの子に訊かないと、いつそれが起きるかわかんないわけ? そんなの冗談じゃないわ!」

 美穂が一樹を見て立ち上がり、両手でテーブルを叩いて言った。


「今日かもしれない、明日かもしれない、って、今後毎日毎日ビクビクしながら過ごすなんて・・・」

 そう言った美穂の眼に涙が浮かんでいる。


「もう、イヤ、こんなの‼」叫んだ美穂が、不意に部室を出て行こうとして席を離れた。


「おい待てよ、美穂!」

 それを止めようと後を追った黒子だったが、次の瞬間、急にふらふらと力なくしゃがみ込み、ドサッと音をたててその場に倒れた。


「黒子君⁉」

「黒子先輩‼」


 驚いて黒子を呼ぶ皆の声に、たった今思い切り部室のドアを開けた美穂が振り返った。

「めぐむ?」

 目の前に倒れている黒子を見て、素早く美穂がきびすを返した。


「どうしたの? めぐむ!」

 すぐにうつ伏せに倒れている黒子に近づいて抱き起した。

「大丈夫めぐむ? しっかりして!」


「う、うぅん…」

 苦しげに眉を寄せ、小さく唸っている黒子の顔に、玉のような脂汗あぶらあせが浮かんでいる。その額に美穂が手を当てた。

「すごい熱!」驚いて叫んだ。


 その様子を見ていた山田先生が二人に飛びつき、突き飛ばすようにして美穂をどかせると、黒子の額に手を当てた。


「うわっ、火のように熱いぞ! なんだ、どうしたってんだ、急に・・・。――誰か救急車に電話しろ! 岸野、すぐに保健室の新井先生を呼んで来い!」


「は、はい」亜弥が慌てて部室を飛び出して行く。

「もしもし、あっ、救急車を・・・・・・」スマホを取り出し、紗和子がすぐに電話を掛けた。


「黒子、黒子、大丈夫か、しっかりしろッ!」

 山田先生の必死の呼び掛けに答えることなく、苦しそうに黒子の息遣いがどんどん荒くなっていく。 


(どうして? なんで、どうしてこんなことに。――違う、きっと、私のせいだ…。――嫌だ、やだ、めぐむ。めぐむ、死なないで!)


 美穂は顔面蒼白で両手を口元に当てたまま、呆然と遠くを見つめるように、その場にへたり込んでいる。


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