3 伝承
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「文献では『そらごと童子』とか『そらごとわらし』などとも呼ばれているらしいけど」
「妖怪って・・・」
「そんな、恋愛の神さまじゃなかったの?・・・」
落胆した様子の絵美と夏純がつぶやいた。
「空言童子に出会った人は皆、彼に面白い話をしてくれとせがまれる。でも、さっきの野原君じゃないけど、普通、急に言われても面白い話なんてそうそう思いつかないよね」
黒子は笑いながらタブレットの中の少年の画像を一瞥して話を続けた。
「そこで大抵の人は話を少し盛って、多少のウソや作り話を交えて話すことになる。だけどそれが、後に本当のことになってしまって驚く、というのが大まかな空言童子の伝承のパターンとして伝わっている。
いくつかバリエーションはあるみたいけど。例えば大金持ちになったとか、殿様になったとか・・・」
――あるいは美しい女房をもらったとか
「だからまぁ、恋愛に限った話ばかりではないんだけど、もし空言童子に出会った人に、誰か片思いの人がいたとして、その人と自分はつき合ってるんだとか言えば・・・」
「結果として想いが叶う…」黒子の説明に紗和子が応じる。
「そうか、それが独り歩きして、今では恋愛成就の神っていう都市伝説になった、ってことだね、黒子君」
「どうやら、そうらしいね。だから本来は恋愛限定じゃなくて、どんな話でもいいわけだ」
「ほ~~ら、やっぱり私のやり方、間違ってなかったじゃない!」
えへんとばかりに亜弥が胸を張る。
「なに勝ち誇った顔してるんですか! 会長が空言童子に会ったわけじゃないでしょうに」
それを紗和子がジト目で窘める。
「だけど黒子先輩、さっき言ってた『恐ろしい』っていうのは?」思い出したように一樹が尋ねた。
「うん、それなんだけど・・・」
黒子が続きを話そうとした時、
「まったく人使い荒いんだから、ウチの顧問は。もう聞いてよ、めぐむ~!」
と、大声でぼやきながら仲代美穂が部室に入って来たので、皆が一斉に彼女の方を振り返った。
「どうしたんですか、美穂さん。随分とご機嫌斜めみたいですけど」
すぐに橋野が尋ねた。
「はしのッチ、聞いてよ。それがさ、職員室に日直日誌を出しに行ったら、山田先生に捕まって、荷物運びを手伝わされてさぁ」
「ああ、それで今日は遅かったんですね」
「そうよ~。そんでまたその運ばされた段ボール箱がすっごく重くて、何入ってんだよ、ってくらい。もうやんなっちゃう。あんなムダな仕事はぜ~んぶ野原にやらせればいいのよ‼」
「なんだ、それ。どうしてそこに俺が出てくんだよ!」
「別にいいじゃん、どうせあんた、無駄な力が有り余ってんでしょ!」
意味有り気に一樹の顔を見て、ニヤッと笑って言った。
「それは…」一瞬言葉に詰まる。
「冗談よ」
さらっと言って、鞄を下ろしながら、
「ところで、さっきからみんなで何見てたの?」と、テーブルの上のタブレットを覗き込んだ。
その瞬間、美穂の動きが止まった。
「この子・・・。知ってる」
「なんですって! 美穂さんもクーゲンドージ、知ってるんですか?」まさかと橋野が声を上げた。
「うん、だってこないだ会ったもん」
「ええっ~~!!」絵美と夏純が叫んだ。
「やっぱり霊感のある人しか会えない、って本当だったんだよ、絵美!」
「それで、それで! なんてお願いしたの?」
「お願い? 私はこの子に面白い話をしてくれ、って頼まれただけよ。だから・・・」
「じゃあ、一体何の話をしたの?」夏純が興味津々で喰いつく。
「ああ…、学校の同じ部活に、野原ってのがいるんだけど、そいつがまだ十六なのに、実はちょー若ハ〇で、学校にはズラ着けて来るんだけど、誰にも気づかれてないって思ってて、なんて話してやったら、すっごいウケちゃって」
「なんだ、それっ~~‼」一樹が絶叫した。
「ほら、子供ってそういうくだらない話、大好きじゃない? 『お姉ちゃんの噺、すっごく面白いよ!』とか言っちゃってさ」
「野原くんって、カツラだったの⁉︎ いつから?」
紗和子が取って付けたように、いかにも驚いたという顔で一樹の頭をまじまじと見た。
「な訳あるかぁ~‼」
「でも下男君・・・」
「そうだよ、ケタロウ君。その子に話をしちゃったら、ウソでも本当のことになっちゃうんでしょう?」
「ああ~~!」
絵美と夏純の言葉に、絶望的な声を上げ、頭を抱えてその場に座り込んだ。
「えっ、なに、それ。どういうこと? あの子の言ってたこと、本当なの?」
「はあぁぁ~~、こいつぅ~~、ぜってえー 殴ってやる!」
いきり立った一樹が大声で言った。
「一樹くん、落ち着て!」
今にも殴りかからんばかりの一樹に、亜弥が取り付いて優しく宥めた。
「離して亜弥さん、いつかアイツ一発殴ってやろうと前から思ってたんだ!」
「ふん! そんなことくらいで女の子に手をあげようなんて、見苦しい男ね。上等よ、掛かって来なさい!」美穂が腕組みして言う。
「大丈夫よ、一樹くん。たとえ、もし・・・、あなたが頭髪の不自由な人になったとしても、私の愛は変わらない。だから安心して!」
潤んだ眼で、訴えるように言った。
「何ですか、それ! ちっとも慰めになってませんよ‼」
「でもコレ、ほんとにズラなのかなあ・・・」
紗和子が両手で一樹の髪を掴んでピン、ピンと引っ張った。
「イテテテ・・・、コラ、バカ。さわこ、引っ張んな!」
「抜けない・・・。よかったね野原くん、まだ地毛のまんまだよ! 願いはまだ成就してないよ!」
「何すんだ、やめんかい‼」
「もうバッカねえ、あんた達、冗談よ。そんなくだらないお願いするわけないでしょう。本当は私、この動画見たことあったから、ははあ~ん、コイツがあのクーゲンドージだなって、見た瞬間、すぐにピーンときたのよね」
「はっ⁉ なんだそれ。空言童子のこと知ってたのか?」
「うん」
「じゃあ、一体何の話したんだよ?」
「あんたってやっぱバカねえ。クーゲンドージって言えば恋愛成就の神でしょう。決まってるじゃない、そんなの…。私とめぐむのことよ・・・」
そう言うと、急に美穂がもじもじし出した。
「ちょっと待て、美穂!」
黒子が慌てた様子で話を遮った。
「お前、空言童子を相手に、話をしてしまったのか⁉」
「どうしたのよ、めぐむ。血相変えて。そりゃ一人で勝手にお願いしたのは悪かったかもだけど…。――私たちって、一応許嫁同士なんだし…」
「いや、そんなことじゃないんだ」
「じゃあ、なあに、急にどうしたの?」不安気に美穂が訝る。
「それは…」
ふと黒子が一樹を見て言った。
「そうだ野原君、さっき、空言童子がどうして『恐ろしい』子供の妖怪とされているのか、話の途中だったね」
「えっ、ああ・・・、はい」言われて思い出したように一樹も頷く。
「実は、空言童子に出会った人が彼に話をして、それがつくり話や嘘だった場合・・・」
「はい・・・」
珍しく重い口調の黒子に、一瞬ごくりと一樹も息を呑んだ。
「現実になった時、代わりにその人は、自分の一番大切なものを失うんだ」