2 恋愛成就の神?
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「あっ! 君、同じクラスの人だよね」
一樹の顔を見て、思い出したように夏純が言った。
「中臣さんといつも一緒にいる妖怪の人!」
「よ、妖怪⁉」思わず顔が歪む。
「違うよ夏純、確か中臣さんの使役する使い魔の…」
絵美がまじめな顔で訂正しようとした。
「誰が使い魔だ!」慌てて一樹が否定した。
「彼はウチの下男のケタロウよ」
至極当然のこと、といった澄まし顔で、紗和子が訂正になっていない訂正をする。
「どこのお嬢様だよ‼」
「げなん? へえ。そうだったんだ」
「よろしくね、ケタロウ君」
二人ともさも納得した、といった素振りで頷いた。
「おいコラ、大概にしろよ、お前ら」
「そんなことより、一体どういうこと? 野原くん」
笑いを堪えながら、紗和子が尋ねた。
「なぁにが『そんなこと』だ‼」
珍しく眉間に皺を寄せて声を荒らげる。
「なによ、相変わらず細かい事ばっか気にするなぁ」
「大体今までだってそういうお前の訳のわからない言動が…」
「まったく、過ぎ去ってしまったそんな昔の話を・・・」遠い目をする。
「その、妙な噂になってだな…」
「いつまでもウジウジと・・・」
一樹が何を言っても、紗和子はやれやれと俯き加減に首を振り、全く動じる様子がない。
「チッチッチッ、器が小さいなぁ。そんなじゃ出世できないよ」
言いながら顔を上げ、にぃ~っと笑って一樹の右頬を二本の指で摘まみ、むにゅと引っ張る。
「イテテ、バカ、やめろ、出世なんかしなくて結構だ! 俺はただ平凡に生きて・・・」
「はいはい、平凡にねぇ。わかりましたぁ~」
そう言って今度は左の頬を摘まんで引っ張った。
「アハハハハッ、ウっケる~、面白い顔!」
「ひゃめんか、コラ!」
じゃれ合うような二人のやり取りを見ていた夏純と絵美が顔を見合わせた。
「ああ、そう。そういうことね」
「あなた達って・・・」
そうして、同時に同じことを言った。
「つまり・・・、二人はつき合ってる、ってことね!」
「えっ⁉」
一樹と紗和子が慌てて叫んだ。
「ち、ちがぁう‼」
「で、結局のところ、どういうことなんですか? 野原君」
橋野が話を戻そうと真剣な表情で尋ねた。
「ああ、いや、あれが・・・、あの時俺が会った子どもが、そのクーゲンドージかどうかはわかんないけど・・・」
――本人がそう名乗ったわけじゃないし
一樹はチラッとタブレットの中の、パステル調の少年のイラストに視線を移して語り出した。
「あれって、いつだったかな・・・。よく思い出せないんだけど。少し前、学校からの帰り、だったと思う。
何の気なしに最寄りの駅から家までの道を歩いていていると、日が暮れて、だんだんと辺りが暗くなり出して。
ぼうっとしてそのまま歩いているうちに、ふと気が付くと、自分がどこを歩いているのかも分からなくなって・・・。
あれっ? ここどこだっけ、って、思っていると、急に後ろから声を掛けられて。いや後ろからって言うより、頭の中に直接話し掛けてくるような、そんな感じだった」
「なんて言われたの?」
――ねえ、何かオモシロイ噺をしてよ、って
「面白いはなし?」
「うん」
「で、振り返ったら、この絵とよく似た格好をした子が立ってて。けど、そんなこと言われても、急にオモシロイ話なんて思いつかないし」
「まあ、野原くんにオモシロイ話を期待してもねぇ・・・」悪気もなく紗和子がつぶやいた。
「悪かったな、いつもつまんない話ばっかで!」思わずムッとした一樹の語気が荒くなる。
「アハハ、気にしない、気にしない! それで?」慌てて取り繕うように紗和子が先を促した。
「あっ、ああ・・・、――困っていると『なんでもいいんだよ』って言われて。それでも、何も思いつかなくて。そしたら今度は」
――いいこと教えてあげる、って言われて…
「いいこと?」
「うん」
――僕に噺をすれば、どんな噺でも、それはあとでホントのことになるんだ、って
「へえ、それで? 野原くんはどんな話をしたの?」
「ああ~、それは…」
『そんなの、決まってるだろ!』
背後から、明らかに男の声色を使った女の声が聞こえた。
『僕は生徒会長の岸野亜弥さんのことが好きで、実は今、二人は付き合っているんだ、って言ったのさ!』
「へっ⁉」一樹の口から間の抜けた声がもれた。
「ええっ、会長と? 何それ! ほんとに~~‼」仰天した絵美が叫んだ。
「この人と会長はそういう関係なんですか?」驚いて夏純も橋野に尋ねる。
「いやぁ、そんなこと僕に訊かれても・・・」
紗和子はゆっくりと声のした方を振り向き、
「きぃしぃの かいちょぉ~~。何ですかぁ、それは?」
そう言って、入り口の近くに立っていた生徒会長の岸野亜弥をキッと睨んだ。
「何って、事実を言っただけですけど」
亜弥はまったく悪びれた様子もなく言う。
「ねっ、一樹くん?」
「いやいやいや、そんな大それたこと…」
ブンブンと首を振って否定する。
「もう、今更そんな恥ずかしがることないのに」
足早に、テーブルの傍に立っていた一樹に近寄って来た。
それを見た紗和子が、亜弥から一樹を遮るようにして立ち上がる。
「そ~んな見え透いたウソを言うってことは、二人が付き合ってない証拠ですよねぇ?」
紗和子がニヤッと笑った。
「あ~ら、それはどうかしら」
亜弥はわざとらしく頬に人差し指をあて、首を傾げて考えるような素振りをした。
「そうねえ、恋愛成就の神様なんだし・・・。今さっきので、既成事実が出来上がったんじゃないかしら!」
「なんですか、その都合のいい自分勝手でわがままいっぱいの解釈は!」
二人が引き攣った笑顔で睨み合う。
――クーゲンドージは恋愛成就の神なんかじゃないよ
その声に一樹が振り向くと、いつの間に部室に来ていたのか、トデン研部長の黒子恵が相変わらずのさわやかな笑顔で立っていた。
「黒子先輩⁉」
全員が黒子の方を見た。
「黒子君、それ、どういう意味ですか?」橋野が不思議そうに尋ねた。
「うん、クーゲンドージは・・・」
黒子は言いながら窓際のホワイトボードに近づいて、マーカーを手に取った。
そうして皆が注目する中、ボードに「空言童子」と漢字で書いて示した。
「空言とは、根拠のないうわさ、事実無根のことだ。簡単に言えばウソ、いつわりだね。童子は子供」
そこまで言って、一瞬黒子は間を置いた。
「だから・・・、『空言童子』とはつまり、嘘から出た真を体現する、恐ろしい・・・」
――子供の妖怪だ!