10 私の負けよ
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「じじっ!」
立ち上がった美穂は、目の前に現れた黒子の祖父、恵蔵にいきなりしがみついた。
「おぉぉ、おぉぉ、どうした、美穂」
驚いて受け止めた恵蔵が尋ねた。
「じじ! じじ! めぐむが、恵が死んじゃう!」
抱きついたまま、泣きじゃくるように叫ぶ。
「ああ、今お医者と学校の先生に聞いたよ。大丈夫だ、恵は強い子だ。死んだりするもんかい」
恵蔵は優しく美穂の両肩を掴んで少し自分から離すと、泣き腫らしたその眼を覗き込むようにして言った。
「でも、でも・・・。私のせいなの。私が悪いの」
「どうした、美穂? そんなに泣いて。ん、何があった?」
柔和な笑みを浮かべ、美穂の眼を見て尋ねた。
「『悪意を持った妖怪もいるから、人外には気をつけなきゃいけない』っていつもじじに言われていたのに。私、何も考えずに…」
顔を上げた美穂が何度も声をしゃくり上げながら言った。
「一体、何があった?」
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「そうか、恵のヤツが急に電話してくるから何かと思ったが、そういうことだったのかい・・・」
――それで…、遭ったのかい、お前。空言童子に
「うん…」
「それで、そやつに嘘の話をして、自分の願いを叶えようとした、と?」
「うん…」
「そうしたら、『嘘から出た真』が具現化して、お前の命より大切な恵が、今危篤に」
「うん…」
つられて返事をしたものの、急に恥ずかしくなって慌てて否定した。
「――えっ! ・・・って違う、恵はそんなんじゃ!」
「あっはっはっ、いいんだよ、隠さんでも。みんな知っとる。昔から美穂は恵のことを大切に思ってくれとったからなぁ」
「う、うん…」顔を赤らめて頷く。
「そう言えば、冴子さんのお孫さんは? 一緒じゃなかったのかい?」
恵蔵がふと辺りを見回しながら尋ねた。
「それが、さっきまでここに一緒にいたんだけど・・・」
「うん?」
「自分が空言童子を祓う、って言って…」
「ぐぅぅ…」
胸の奥で心臓をギュッ、っと掴まれる感触。激しい痛みと、あまりの苦しさに息もできない。
胸を掻きむしり、身悶えしながら、一樹はその場にがくっと膝を突き、どさりと倒れた。
その音に、童子を祓うため、目を閉じ集中していた紗和子が異変に気が付いた。目を開き、すぐに二人の方を見遣ると、後ろ姿の童子の前に、うつ伏せに一樹が倒れている。
「野原くん⁉ どうしたの?」
驚いた紗和子が近づこうとした時、空言童子がゆっくりと振り返った。
「ああ、お姉ちゃん、もうお祓いはやめたのかい?」
振り返った童子の、子供に戻ったその顔に、乾いた笑みが張り付いている。
「まあ、そんなことしても、どうせ無駄だからその方がいいけどね」
童子越しに、倒れて身動きしない一樹を見て、震える声で紗和子が言った。
「あんた、野原くんに何をしたの?」
「ええ? なに?」童子が首を傾げる。
「野原くんに何をしたか、って訊いてんのよ!」
怒りを顕に叫んだ紗和子が駈け出し、傍にいた童子を突き飛ばして、倒れている一樹に取り付いた。
「野原くん、野原くん! どうしたの? しっかりして!」
仰向きに抱き起した一樹の顔色が蒼白く、息をしている気配もない。
「もう、さっきから、なに怒ってんのさ?」
突き飛ばされ、尻をついて座り込んでいた童子が、ゆっくりと立ち上がった。
「もう一度訊く。あんた、野原くんに何をしたの?」紗和子が低い声で言った。
そうして、その場にそっと一樹を寝かせると、そのまますっと立ち上がった。
「そのお兄ちゃん、乱暴だからさぁ、ちょっとお仕置きをしてやったんだ」
「お仕置き?」紗和子が振り返った。
「そう。だから、『お前は、もう死んでいる』って言ってやった‼ あははっ!」
さもおかしそうに大きな声をあげて笑った。
「なん、ってこと言うのよ…」
「さあ、今度はお姉ちゃんが相手だね。次は何をして遊ぼうか? そうだ、もう一回お祓いをしてみるかい⁉ ――まあ、無駄だとは思うけど」
その言葉に、紗和子は童子の目の前に進み出て詰め寄った。
「何が遊びよ…。ふざけんじゃないわよ!」
「んん?」
何を怒っているのかわからない、と言った素振りで、怪訝な顔の童子が目の前の紗和子を見返す。
「どうして、なぜこんなことばかりするの? こんなふうに人の命を弄んで…」紗和子が唇を噛んだ。
「ありゃぁ、それを僕に訊いちゃう?」口をへの字に曲げて言う。
「理由なんてないよ、さっきも言ったけど。ただ、面白いからさ。だって僕、こどもだもん」と、にやりと口元が綻ぶ。
「じゃあ、なに、全部ただの子供の悪戯だとでも言いたいの?」
「そういうこと。まあ、それが僕というあやかしなんだ」
童子が大きくため息を吐いた。
「そうか、わかった。それなら、私と一緒に遊びましょう。『オモシロイ噺』をしてあげる」俯き加減に静かに言った。
「オモシロイ噺? ・・・ってまさか」
一瞬目を瞠った童子が、驚きを通り越し、呆れたように言った。
「ええ、そのまさかよ」
「いいの? そんなことしたら…。今度はお姉ちゃんが死んじゃうかもよ」
「構わない! それでも私は助けたいの!」
紗和子が童子を睨め付けた。
「ふうん。わからないなぁ」
やれやれと帽子の上から頭を掻いていたかと思うと、急に鋭い視線を向けた。
「なんで、そこまでするの?」
そう問われても、もとより感情の問題であって、紗和子には論理的にそれを説明出来るはずもない。
「そんなこと…、そんなことあんたみたいな子供に、わかるもんですか!」
紗和子には珍しく、感情に任せるように叫んだ。
「へえぇ、そう」
一瞬童子に侮蔑の色が浮かぶ。
「そうよ、彼は私の一番大切な人。だから・・・」
――野原くんは死んでなんかいない。まだ生きている!
「うっはあ、死んだ人に向って愛の告白かい、やるねえ、お姉ちゃん。・・・ああ、でもザーンネン!」
ふざけた口調で嘲るように言う。
「えっ?」
「『嘘から出た真』は、僕が言葉にして口に出して初めて、その嘘が本当のことになるんだ」
「それじゃ…」
「そう。だから、かわいそうだけど、今の言葉を僕が繰り返さない限り、お兄ちゃんはあのまんまだ」
「なっ‼ そんな、だったら早く言いなさいよ、今すぐ! わたしの言った通り…」
慌てて紗和子が縋るように言う。
「やぁぁだね! そんなに言わせたかったら、僕を捕まえてから言わせてみなよ‼」
言うが早いか、童子が紗和子に背を向けて駆け出そうとした。が、それを制するように紗和子が叫んだ。
――わかった、空言童子! 私の負けよ
「…だから、お願い。野原くんを、助けて…」
うなだれて、そう言った紗和子の眼に涙が光っていた。
短編のつもりでしたが、少し長くなってしまいました。一応、次回で一旦完結の予定です。(たぶん)
いつも見に来てくださる方、ありがとうございます。
相変わらず書けば書くほどPVも減少していく現状にモチベを保つのも大変ですが、とりあえず、一人でも見てくださる方がいるうちは続けようかと思います。_(._.)_




