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10 私の負けよ

  11  


「じじっ!」


 立ち上がった美穂は、目の前に現れた黒子の祖父、恵蔵にいきなりしがみついた。

「おぉぉ、おぉぉ、どうした、美穂」

 驚いて受け止めた恵蔵が尋ねた。


「じじ! じじ! めぐむが、恵が死んじゃう!」

 抱きついたまま、泣きじゃくるように叫ぶ。


「ああ、今お医者と学校の先生に聞いたよ。大丈夫だ、恵は強い子だ。死んだりするもんかい」

 恵蔵は優しく美穂の両肩を掴んで少し自分から離すと、泣き腫らしたその眼を覗き込むようにして言った。


「でも、でも・・・。私のせいなの。私が悪いの」

「どうした、美穂? そんなに泣いて。ん、何があった?」

 柔和な笑みを浮かべ、美穂の眼を見て尋ねた。


「『悪意を持った妖怪ものもいるから、人外じんがいには気をつけなきゃいけない』っていつもじじに言われていたのに。私、何も考えずに…」

 顔を上げた美穂が何度も声をしゃくり上げながら言った。

「一体、何があった?」


   ******

 

「そうか、恵のヤツが急に電話してくるから何かと思ったが、そういうことだったのかい・・・」


  ――それで…、遭ったのかい、お前。空言童子に


「うん…」

「それで、そやつに嘘の話をして、自分の願いを叶えようとした、と?」

「うん…」

「そうしたら、『嘘から出た真』が具現化して、お前の命より大切な恵が、今危篤に」

「うん…」

 つられて返事をしたものの、急に恥ずかしくなって慌てて否定した。


「――えっ! ・・・って違う、恵はそんなんじゃ!」

「あっはっはっ、いいんだよ、隠さんでも。みんな知っとる。昔から美穂は恵のことを大切に思ってくれとったからなぁ」

「う、うん…」顔を赤らめて頷く。


「そう言えば、冴子さんのお孫さんは? 一緒じゃなかったのかい?」

 恵蔵がふと辺りを見回しながら尋ねた。

「それが、さっきまでここに一緒にいたんだけど・・・」

「うん?」

「自分が空言童子を祓う、って言って…」





「ぐぅぅ…」

 胸の奥で心臓をギュッ、っと掴まれる感触。激しい痛みと、あまりの苦しさに息もできない。

 胸を掻きむしり、身悶えしながら、一樹はその場にがくっと膝を突き、どさりと倒れた。 


 その音に、童子を祓うため、目を閉じ集中していた紗和子が異変に気が付いた。目を開き、すぐに二人の方を見遣ると、後ろ姿の童子の前に、うつ伏せに一樹が倒れている。


「野原くん⁉ どうしたの?」

 驚いた紗和子が近づこうとした時、空言童子がゆっくりと振り返った。


「ああ、お姉ちゃん、もうお祓いはやめたのかい?」 

 振り返った童子の、子供に戻ったその顔に、乾いた笑みが張り付いている。

「まあ、そんなことしても、どうせ無駄だからその方がいいけどね」

 童子越しに、倒れて身動きしない一樹を見て、震える声で紗和子が言った。

「あんた、野原くんに何をしたの?」


「ええ? なに?」童子が首を傾げる。 

「野原くんに何をしたか、って訊いてんのよ!」

 怒りを顕に叫んだ紗和子が駈け出し、かたわらにいた童子を突き飛ばして、倒れている一樹に取り付いた。


「野原くん、野原くん! どうしたの? しっかりして!」

 仰向きに抱き起した一樹の顔色が蒼白く、息をしている気配もない。


「もう、さっきから、なに怒ってんのさ?」

 突き飛ばされ、尻をついて座り込んでいた童子が、ゆっくりと立ち上がった。


「もう一度訊く。あんた、野原くんに何をしたの?」紗和子が低い声で言った。

 そうして、その場にそっと一樹を寝かせると、そのまますっと立ち上がった。


「そのお兄ちゃん、乱暴だからさぁ、ちょっとお仕置きをしてやったんだ」

「お仕置き?」紗和子が振り返った。


「そう。だから、『お前は、もう死んでいる』って言ってやった‼ あははっ!」

 さもおかしそうに大きな声をあげて笑った。

「なん、ってこと言うのよ…」

 

「さあ、今度はお姉ちゃんが相手だね。次は何をして遊ぼうか? そうだ、もう一回お祓いをしてみるかい⁉ ――まあ、無駄だとは思うけど」

 その言葉に、紗和子は童子の目の前に進み出て詰め寄った。

「何が遊びよ…。ふざけんじゃないわよ!」


「んん?」

 何を怒っているのかわからない、と言った素振りで、怪訝な顔の童子が目の前の紗和子を見返す。


「どうして、なぜこんなことばかりするの? こんなふうに人の命をもてあそんで…」紗和子が唇を噛んだ。

「ありゃぁ、それを僕に訊いちゃう?」口をへの字に曲げて言う。


理由わけなんてないよ、さっきも言ったけど。ただ、面白いからさ。だって僕、()()()だもん」と、にやりと口元が綻ぶ。


「じゃあ、なに、全部ただの子供の悪戯いたずらだとでも言いたいの?」

「そういうこと。まあ、それが僕というあやかしなんだ」

 童子が大きくため息を吐いた。



「そうか、わかった。それなら、私と一緒に遊びましょう。『オモシロイ噺』をしてあげる」俯き加減に静かに言った。

「オモシロイ噺? ・・・ってまさか」

 一瞬目をみはった童子が、驚きを通り越し、呆れたように言った。

「ええ、そのまさかよ」


「いいの? そんなことしたら…。今度はお姉ちゃんが死んじゃうかもよ」

「構わない! それでも私は助けたいの!」

 紗和子が童子をめ付けた。


「ふうん。わからないなぁ」

 やれやれと帽子の上から頭を掻いていたかと思うと、急に鋭い視線を向けた。

「なんで、そこまでするの?」


 そう問われても、もとより感情の問題であって、紗和子には論理的にそれを説明出来るはずもない。


「そんなこと…、そんなことあんたみたいな子供に、わかるもんですか!」 

 紗和子には珍しく、感情に任せるように叫んだ。


「へえぇ、そう」

 一瞬童子に侮蔑の色が浮かぶ。


「そうよ、彼は私の一番大切な人。だから・・・」


  ――野原くんは死んでなんかいない。まだ生きている!


「うっはあ、死んだ人に向って愛の告白かい、やるねえ、お姉ちゃん。・・・ああ、でもザーンネン!」

 ふざけた口調であざけるように言う。

「えっ?」

「『嘘から出た真』は、僕が言葉にして口に出して初めて、その嘘が本当のことになるんだ」


「それじゃ…」

「そう。だから、かわいそうだけど、今の言葉を僕が繰り返さない限り、お兄ちゃんはあのまんまだ」

「なっ‼ そんな、だったら早く言いなさいよ、今すぐ! わたしの言った通り…」

 慌てて紗和子がすがるように言う。


「やぁぁだね! そんなに言わせたかったら、僕を捕まえてから言わせてみなよ‼」

 言うが早いか、童子が紗和子に背を向けて駆け出そうとした。が、それを制するように紗和子が叫んだ。


   ――わかった、空言童子! 私の負けよ


「…だから、お願い。野原くんを、助けて…」

 うなだれて、そう言った紗和子の眼に涙が光っていた。


短編のつもりでしたが、少し長くなってしまいました。一応、次回で一旦完結の予定です。(たぶん)

いつも見に来てくださる方、ありがとうございます。


相変わらず書けば書くほどPVも減少していく現状にモチベを保つのも大変ですが、とりあえず、一人でも見てくださる方がいるうちは続けようかと思います。_(._.)_


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