9 俺が遊んでやるよ!
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「あれはいつだったかなぁ。初めて会った拝み屋さん。
――そう、確か、エンのなんとか言うオジサンだったけど。しきりと僕を黄泉の国へ返そうとするからさ、『僕にお祓いは効かないよ!』って、ひとこと言ってやったんだ」
立ち上がった童子は、転げ回った時に付いたシャツとズボンの汚れを、両手でパンパンと軽く払った。
「そしたらそのオジサン、急に霊力が効かなくなっちゃって、もう大慌てさ。アハハ・・・」
声をあげてケラケラと笑い出した。
「エンのなんとかって・・・、まさか、役行者のこと⁉」
驚いた紗和子が言う。
「う~ん・・・」
童子は少しだけ上を見て考える仕草をする。
と、また前を向いて答えた。
「そう言えば、確かそんな名前だったかも」
「おい、誰だよ? 役行者って?」
「知らないの? 役小角。――修験道の開祖、飛鳥時代の呪術師だよ」
その時、横にいる一樹は、紗和子の表情が一瞬曇るのを見た。
「飛鳥時代の呪術師・・・」
「だけどさ、そのオジサン。霊力で僕を祓えないとわかった途端、飼っていた鬼を嗾けたり、持っていた錫杖で僕に殴り掛かったりして・・・、ほーんと大人気無いよね。こんな幼気な子供相手に」
言葉とは裏腹に、ニヤリと笑う童子の顔が妙に大人びていて、何だか気味が悪い。
「なるほど、そりゃいいこと聞いたぜ!」
瞬時にステップを踏んで目の前まで近づき、身を捻って、一樹が童子の顔を目掛けて拳を振り上げた。
童子が叫ぶ。
――僕は大人!
振り下ろした一樹の拳が届くより一瞬速く、むくむくと童子の身体が大きくなり、ガシッと左の掌で受け止めた。
――僕は強い!
そう言うと、今度は右手の拳で一樹の腹を強か殴りつけた。
思い切りふっ飛ばされた一樹が、紗和子の前でゴロゴロと転がった。
「野原くん!」
口元に両手をあて、大きく目を見開いた紗和子が叫ぶ。
「イッテエ・・・。ちくしょう」
殴られた腹を右手で押さえながら、立ち上がろうとする一樹に、紗和子が駆け寄って来て手を添える。
「大丈夫? 野原くん!」
「クソッ、ガキのくせになんて力だ・・・」
「だって、野原くん・・・。あいつ、もう子供じゃないよ」紗和子が呟いた。
「えっ⁉」」
紗和子の言葉に顔を上げた一樹の目に、ボーダーのTシャツ 、チノパンツに白のスニーカー姿の大男が映る。筋肉隆々の逞しいカラダ。ボディービルダーよろしくポーズを決める。
「ねっ、見て、見て、僕の言う通り、ほら、強い大人の姿になったでしょ?」
盛り上がった筋肉に、ぴちぴちのTシャツが今にも張り裂けそうだ。
「そうか。つまり君の言ったことは、何でも本当のことになるってことだね」
大きくなった童子の姿を、紗和子が険しい眼で見つめる。
「だとすると、嘘がいつ本当のことになるかも、君の胸三寸で決まるってことね?」
「うん。そうだよ」空言童子の眼が光った。
「なんだ、それ。最強かよ」呆れたように一樹が言った。
「そうさ、僕は強いよ。さあ二人とも、もっともっと一緒に遊ぼうよ!」
童子がCapの鍔を掴んで再び後ろに回した。
「一つ教えて。なぜ今日になって、仲代さんから黒子先輩を取り上げようとしたの?」険しい表情で紗和子が尋ねた。
「別に。特に理由なんてないよ」対して、童子はさらりと言った。
「いつも、それを気まぐれで決めてるってこと?」
「まあ、そういうことになるのかな」
腕組みをし、こちらを見てニヤニヤ笑いながら答える空言童子の声が、いつの間にか子供の声から、変声期を過ぎた青年独特の、やや低いそれへと変わっている。
「強いて言えば、僕のことが見える人が揃っている、君たちがオモシロそうだったから、かな。一緒に遊ぼうと思って」
「なに言ってんの! 大体ね、あんたは面白半分の軽い気持ちなのかも知れないけれど、ウソ話を事実にしたからって、命やら、命より大事なモノを取られちゃ、こっちはたまんないのよ‼」
堪りかねて紗和子が叫んだ。
「ふん。だって、――それが僕という存在だもの」
紗和子の言葉に相好を崩した童子に、悪びれた様子は微塵もない。
「下がってろ、さわこ」
二人のやり取りを聞いていた一樹が、紗和子の手を取り、そっと後ろに回すように促して小声で言う。
「野原くん⁉」
驚いた紗和子が一樹を見た。
「お祓いが効かない、祓えないと言うのなら、とりあえず、俺の能力で攻撃してみるしかないだろ」
「だけど…」
追い縋るようにその背中に紗和子が言う。
振り向くことなく、一樹が両腕を交差させる。
「これ以上厄介なことになる前に、一気にケリをつける」
その言葉と同時に、蒼白い光を伴って、一樹の全身からバチバチと火花が飛ぶ。
「まあ、あんな子供の姿じゃ気が引けたけど・・・。大人の姿になってくれたし。あれなら、今度こそ遠慮なくぶっ飛ばせる」
――空言童子! そんなに遊びたきゃ、俺が遊んでやるよ!
叫んで一樹が飛び出す。
その刹那、目の前に現れた一樹を目掛け、すぐさま童子の鋭い拳が飛ぶ。
間一髪でそれを躱し、その勢いで跳び上がった一樹が、童子の太い右腕を掴んだ。満を持して溜め込んでいた電気をそのまま一気に放出する。
バリバリバリバリ‼
不意に落雷に撃たれたように、マッチョな姿に変わった童子の全身を一樹の電撃が貫く。
「うわぁぁぁ!」堪らず童子が悲鳴をあげた。
思い切り足を踏ん張り、その丸太のような太い腕に力を込めて、童子が思い切り一樹を振り払った。
無理をせず、そのまま飛んで宙を舞い、一回転して着地した一樹が振り返った。
「やったか⁉」
見ると、肩で大きく息をする空言童子が、元の子供の姿に戻っている。電撃で焼かれた全身から白い煙が上がっている。
「見ろ、さわこ‼ 童子の術が解けて元に戻っている。今なら祓えるかも⁉」
「やってみる!」
紗和子が目を閉じ、手を合わせ、気を集中する。
「ふぅぅ、やるね・・・、これが、おにいちゃんの力かい? ・・・ははっ、オモシロいよ‼」
切れ切れに言った童子の息が上がっている。
「強がりはやめろ。大人しくこのまま祓われろ! さもなきゃ、もう一発・・・」
しかし、空言童子は一樹の言葉を無視して言葉を続ける。
「僕はさ、いつもこんなふうに子どもの格好をしているだろう・・・。――だから・・・、いつも、大人たちがいろんなモノをくれるんだ」
俯き加減で話す童子の息遣いが、次第に落ち着いてくる。
「いつだったか、漫画がたくさん載っている雑誌をもらったよ。あれはオモシロかったなあ」
再び童子が顔を上げた。
その顔には、例の大人びた薄笑いが戻っている。
「何言ってんだ、お前?」
訝るように一樹が言った。
「一番好きだったのは、凄く強い男が出てくるヤツ。あれは格好よかったな、その強い人のセリフ。知ってる? 確か・・・」
不意に、童子が祓いの祈りに集中する紗和子を見て指を指す。
――お前はもう・・・
「なっ! やめろ!」
童子の言葉の意味に気付いた一樹が叫んだ。
が、次の瞬間、視線を移した童子は、一樹の方を見て指を差した。
「死んでいる! て、いうんだよ‼」
突き出した右腕の掌を開き、ぎゅっ、と一樹の心臓を掴む真似をする。
「ぐっ!」一樹が呻く。
見えない手に自分の心臓を鷲掴みにされた感触が、一樹の胸に奔った。




