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8 俺に考えがある

   9 


 たちまち周囲の景色がぐにゃりと歪み出した。

「なんだ?」

 左右を見回し、一樹が辺りの様子を窺う。せんまで夕紅ゆうくれないに染まっていた周辺の空気が、暗紫色あんししょくに変わっている。



「結界…。――君、やっぱり妖怪なんだね」

 異変に気付いた紗和子がじっと少年の姿を見つめる。


「そうだよ。・・・なら、どうするの?」

 言いながら、空言童子が紗和子を見る。射抜くような視線で、口元だけが笑っている。


「なら・・・、人間に仇為あだなす、悪い妖怪なら・・・」


――祓うしかないよね!


 静かに紗和子が両手を合わせた。メラメラと紅い炎のようなオーラが立ち昇る。


「へえ、そんなことが出来るんだ」


――お姉ちゃん、拝み屋(おがみや)だね


 童子の眼が妖しくきらめく。


「そうよ。私はもののけハンター」きりっとした表情の紗和子が言った。


「そうかぁ、面白いよ! 拝み屋さんに会ったのは久しぶりだぁ。二百年ぶりくらいかな」

 相好そうごうを崩して童子が興奮気味に言った。


「二百年ぶりって、君、一体いくつなの?」

「さあ、そんなこともう忘れちゃったよ。でもさっきから子供扱いしてくれちゃってるけど・・・、少なくとも君達より、千年は年上だよ」


「千年って⁉」

 驚いている紗和子に、冷静に一樹が突っ込みを入れる。

「いや、そりゃそうだろ、あんな昔の説話の中に出て来るんだから」



「いいぞぉ、こりゃ面白い。一緒に遊ぼうよ。どうやらそっちのお兄ちゃんも普通じゃないみたいし」

 視線を一樹に移し、興奮気味の童子が言った。

「お前、わかるのか?」驚いた一樹が問い返した。


「もちろん! 時々いるんだ。人間のくせに、そういう訳のわからない力を持ったヤツが」

「じゃあ、今までにもそういう人間に会ったことがあるのか?」

「うん、あるよ。――でも、そういう人間は、決まって厄介な連中だったなぁ」

 思い出すように斜め上を見上げた。



「ごちゃごちゃ言ってないで、早く黒子先輩の病気を治しなさい‼」 


――そうじゃなきゃ、祓う‼

 再び紗和子が両手を合わせてみせた。


「イヤだね!」

「なんですって!」紗和子の目が吊り上がる。


「てか、そんなの無理だもん!」

 空言童子が後ろ手にCapのつばを掴んで前に戻し、それをそのまま立てるようにしてかぶり直した。

 

「一度僕が本当だと決めたことは、絶対に元へは戻らないんだ」

 吊り上がった猫目をギョロつかせ言った。


「そんな…」

「まあ待て、さわこ。そんなら俺に考えがある」

「何? 考えって」

「いいか、一度決まったことは元に戻せない、って言うんなら」


「コイツに黒子先輩はもう病気が治って、ピンピンしているって嘘の話をすればいいんだ」

「えっ??」

 あっけにとられたように、紗和子が不思議そうに一樹の顔を見た。

「そうしたらそれが本当になって、黒子先輩が助かる」


「ブッ、ブー。——残念だけど、お兄ちゃんからは前に一度、別のはなしを聞いているから、それは無効だよ。・・・それに、前の噺も全然オモシロくなかったし、もう一回お兄ちゃんの噺を聞く気にはならないね」言いながらいやいやと首を横に振った。


「や、やかましいわ! 悪かったな、面白くなくて!」

「野原くん、この子にそんなこと言われるくらい、つまんない話したんだ…」

「う、うるせえ!」一樹の顔が赤くなった。 


「そ、そうだ、だったらさわこが今の話して先輩を助けろ」

「・・・だから、野原くん…」


――そんなことしたら、今度は私の一番大切なモノがこの子に取られちゃうでしょ


「あっ!」

「もうちょっと頭使ってよ」

「・・・・・・」

(そうか、今度はさわこの命が危ない。バカか、俺は…)



「ああっ、そうかぁ!」

 突然紗和子が突拍子もない大きな声で言った。


「私の一番大切なモノは野原くんだったぁ!」

 わざとらしいくらい棒読み口調の紗和子が言う。


「はっ?」驚いてさわこを見た。

「そっかぁ、偉いねえ、野原くんは。自分を犠牲にしてまで、黒子先輩を助けようとするなんて」

「ああぁ、だから。すまん。今のは俺が悪かったよ、浅知恵で。そんなことしたら今度はお前の身に危険が…」



「あははは、こりゃいいや。面白かったよ、今のは。傑作だよ、お兄ちゃん。まさに、猿知恵ってヤツ?」空言童子が腹を抱えて笑っている。

「う、うるせえ! このクソガキ!」一樹が渋面を作って言った。


「そうかぁ…、やっぱり野原くんもまだ死にたくないんだ」とこちらを見て、ニヤリと笑う。

「だぁから、もう言うなよ。俺が悪かったって!」

 そう言って思わず紗和子の顔を見ると、意外にも今は真面目な顔をしている。


「私だって、野原くんが死んじゃったらイヤだし、もしそんなことになったら、仲代さんみたいにとても哀しむと思うよ…」

 その言葉と共に前へ出ると、再び紗和子の周囲を薄紅うすくれないのオーラがゆらゆらと揺らめき出した。


「えっ!」

 意外な言葉に、思わず紗和子の動きを目で追った。


――てことは・・・、やっぱり君を祓うしかないよね!


 素早く紗和子が駆け出し、童子の目の前で立ち止まった。パンッと、柏手かしわでを打つと、その薄紅のオーラが蜘蛛手くもでに伸びて、たちまち空言童子の体を包み込んだ。  


「なに、これ?」

 自分の周りに漂うオーラを見回し、振り払おうと手を伸ばした。その手が触れた途端、薄紅の紗和子のオーラがぬるぬると童子の全身にまとわりついた。


「うわっ、なんだこれ⁉」

 しゅるしゅると、実体がないはずのオーラに緊縛きんばくされて、童子が叫んだ。身をよじる度に絡まる糸が全身に喰い込む。



「汝、もののけよ、汝が魂にれいを下す。我の命ずるところにりて、直ちにここから汝が元なる棲み処(すみか)、闇へと去れ…」

 再びたなごころを合わせ、祓いの言葉を唱える。


――うぁぁ、やめて! 助けて! 苦しいよぉぉぉ…


 絡み付いた糸が、あたかも紅い炎のごとく燃え上がる。童子が堪らず悲鳴を上げ、その場にごろごろと転がってのた打ち回った。



「いいぞ、もう少しだ。祓え、さわこ!」

「さあ、黒子先輩の病を治しなさい。さもないと、このまま祓って、君を元の闇へと返す!」


――うああぁぁ、苦しいよぉぉぉ……

  

 と、不意に今まで転げ回っていた童子が、ピタッと動きをめた。そのままゆっくりと、曲がったCapをかぶり直して立ち上がった。


「……なあんちゃって」

 憎々しげにベロを出した空言童子の言葉と共に、紗和子のくれないのオーラが次第に霞んで薄くなり、ついには見えなくなった。

 

――僕に、お祓いは効かないよ


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