1 都市伝説ならお任せを!
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――ねえ、何かオモシロイ噺をしてよ!
薄暮の中の帰り道。
頭の中に、直に呼び掛けられたような気がして、その場に立ち止まった。
――こっち! こっち!
「僕だよ、お兄ちゃん!」
振り返った一樹の眼に、小さな男の子の影が映る。
気がつくと、その子は彼の直ぐ目の前にまで来ていた。
(いつの間に…)
ボーダーのシャツにベージュの短パン、白のスニーカー、キャップを後ろ向きに被って笑っている少年。
「オモシロイ噺?」
「うん」
利発そうな、いや、妙に大人びた、涼やかなまなざしで、微笑みながら頷いた。
「急にそんなこと言われても・・・」
「なんでもいいんだよ」
「なんでも?」
「うん」
「そう言われてもなぁ」
いよいよ闇の深まっていくこんな逢魔時に、ふと一樹は思う。
(あれっ、ここって…、どこだっけ?)
しかし、どうしても思い出せない。
「それなら、いいこと教えてあげる」
「いいこと?」
「うん」
――僕に噺をすれば、どんな噺でも、それはあとでホントのことになるんだよ
妖しげに、双の眼が笑っている。
「どう? 僕に噺…、したくなってきたでしょ?」
2
「クーゲンドージ?」
「うん、お願い、中臣さん!」
「私たち、どうしてもその子に会いたいの!」
そう言って、二人は意気込んで話し出した。
ある日の放課後、トデン研の部室に、紗和子と同じクラスの西田絵美、井岡夏純の二人が尋ねて来た。
「ちょっ、ちょっと待って! 二人とも、そのクーゲンドージって、何? なんかのおまじない?」
「えっ⁉ 知らないの?」
隣同士に座っていた二人が顔を見合わせた。
「う、う~ん…」視線を逸らして紗和子が唸る。
「ここって、トデン研なんでしょう?」井岡夏純が言う。
「トデン研って、都市伝説を研究してるんじゃないの?」不満気に西田絵美の眉が少々つり上がった。
「そ、それはそうなんだけど・・・」
もののけハンターを自称する中臣紗和子は、依頼されて悪い妖怪を祓うのが自分の仕事だと思っている。勢い、都市伝説の研究など、それ程熱心にやってなどいない。
とは言え、素人と思っていた二人にそう言われると、それはそれでなんだか癪に障る。
「もちろん、知ってますとも! ねっ、中臣さん」
近くで聞いていたトデン研副部長の橋野勇樹が横目で合図し、助け船を出した。
「ほんとに‼」
同時に叫んだ夏純と絵美が橋野の方を見る。
「これ、ですよね?」
言いながら橋野は、去年備品として部費で購入したタブレットを、自慢気に二人の眼の前に差し出した。
画面には、いくつかのサムネが小さく並んでいる。
その中の一つに、『クーゲンドージ 嘘から出たまこと!』というタイトルが。
更にその下に、「恋愛成就の神 クーゲンドージに意中の人と付き合っているとウソをついたら恋の願いが叶った‼」などの文字がおどっている。
「そう、これっ‼」
叫んだ二人がタブレットを奪い取るようにして動画を再生し、テーブルに置いて覗き始めた。
「クーゲンドージって恋愛成就の神さまなんですか?」
二人の反対側に回り、紗和子が小声で橋野の耳に囁いた。
「そう言われています! もっとも、都市伝説としては比較的新しい部類みたいです。中臣さんがご存じないのも無理もありません」
橋野は左手の指で眼鏡のフレームを掴み、クイッとズレを直しながら、こちらも小声で答えた。
「ねえねえ、見て見て中臣さん、これこれ!」
夏純が指さす画面に、静止画になった小学生くらいの男の子のイラストが映っていた。
紺地に白のボーダー柄のロンT、半ズボンに白いスニーカー。後ろ向きにCapを着けている。
「このクーゲンドージって子を見つけ出して欲しいの!」
「クーゲンドージって、子ども…?」紗和子がつぶやいた。
目撃証言を基に描かれたというその絵は、どことなく大人びた風貌で、薄ら笑いを浮かべているように見える表情が、神さまと呼ぶにはなんとなく薄気味悪い。
「この子に頼めば恋が叶うんでしょ? 副部長さん!」
振り向いた夏純が近くに立っていた橋野に尋ねた。
「へっ? さ、さあ…。それは~、どうでしょう…。都市伝説ですから、信じるか信じないかは…」
急に振られた橋野が返答に困ってまごつく。
その様子を見て、はっきりしない橋野を見限り、今度は紗和子に尋ねた。
「ねえ、中臣さん、お願い! あなたならこの子を捜し出すなんて簡単でしょ?」
「そうだよ、なんたって中臣紗和子は『もののけハンター』なんだから! ねっ、そうでしょ?」
同調して絵美も紗和子に詰め寄る。
「待って、待って、二人とも」
困惑気味の紗和子が話を遮ろうとした。が、二人はそれを許してくれない。
「だってさ、この都市伝説系のYouTuberの人が言うには、私たちじゃ簡単にはこの子に会えないんだよ」
「そうそう、霊感が強くて、そーゆーのが見える人しか、今までに会った人がいないんだって」
「そ、そうなの・・・」
「だからさ、私たちの代わりにこの子を見つけて!」
「そうそう、私たちの代わりに恋愛祈願をして来て欲しいんだ!」
「え~、なにそれ⁉」
「あの、橋野先輩、この子供、本当に恋愛成就の神なんですか?」
一連のやり取りを黙って聞いていた一樹が、タブレットの中に映る男の子の絵に視線を送りながら言った。
「まあ、そうらしいけど、なぜ?」
「う~ん…。――だってその子、俺には『何かオモシロイ噺をして』くれって頼んできたから…。特に恋愛とは関係ないんじゃ…」
「えっ⁉ なんだって‼ ・・・ってことは野原くん、君・・・、クーゲンドージに会ったことあるんですかぁ~⁉」
大声で叫んだ橋野の声に、今の今まで揉めていた女子三人が、驚いて一斉にこちらを振り向いた。