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〔ライト〕な短編シリーズ

VRの学校だって、老朽化するんです

作者: ウナム立早


 私はサウスランドパーク中学二年生の、水無月みなづき瑠奈るなといいます。ニックネーム、もといハンドルネームはルナルナ。


 以前は普通の中学校に通っていましたが、リアルの学校生活に馴染めず不登校になり、仮想空間に存在するサウスランドパーク中学校へ転校したのです。一応、VRの学園シミュレーションゲームにある中学校のひとつなのですが、私のような不登校の子どもたちや事情がある生徒たちの受け入れ先として、国の認可を得た中学校として認められているんだそう。


 今回は、そんなサウスランドパーク中学校の不思議な魅力についてお話したいと思います。




 VRゴーグルを着けて、登校しようとした私。仮想空間は中学校の正面玄関から始まるので、まず遅刻することはないのですが……。


 学校の廊下を歩いていると、誰かアバターが直立不動の状態で立ち尽くしていました。


「あっ、ルナルナじゃん。おはよう」

「おはよう、ドロキング君」

「ごめん、ちょっと助けてくれないか」

「助けるって、またスタックしちゃったの?」

「その通りさ。これ見ろよ」


 スタックとは、プレイヤーのアバターが壁や床などに何らかの理由で引っかかって動けなくなってしまう現象です。ドロキング君は歩いたり走ったり、ジャンプしたりしてみるものの、動作モーションだけでその場からまったく動いていません。


「ほんとだ。ちょっと当ててみるよ」


 私は自分のアバターを、ドロキング君に体当たりさせたり、ジャンプして上に乗っかったりさせてみたけど、まるで変化なし。


「こりゃ、サポートセンターに連絡した方がいいんじゃないかな」

()()()()なんか、朝はずっと混んでるだろ。繋がるの待ってたら遅刻しちゃうぜ」


 ドロキング君は運営さんに頼りたくないみたい。


 実はこの学校、作られてから何十年も経っていて、老朽化が激しいんです。


 VRの中学校が老朽化するのか、と思うかもしれませんが、ドロキング君みたいに、あちらこちらでスタックするポイントがあって、他にも不具合バグがけっこうあるんです。


 床のテクスチャーに不備があって、上に乗ったら下に落ちてしまったりとか、ドアが開いているのに見えない壁があって通れなかったりとか。


 運営さんには発見次第報告してるんですけど、このゲームは他にも学校がたくさんあって、小さい規模で古いバージョンのこの学校まで手が回らないそうなのです。


 だから、時にはこんな荒療治が必要になります。


「しょうがないね。ルナルナ特性の爆弾、今回も使っちゃうよ」

「おっ、使ってくれるのか。頼むぜ」


 ゲームならではのお手製爆弾アイテムだ。スイッチを入れてドロキング君に投げつけると、爆発とともに、彼はその場から数メートル離れた場所まで吹っ飛ばされました。


「やったー、脱出できたぜ! サンキュールナルナ」

「どういたしまして、さあ、急がないと遅刻しちゃうよ」


 ドロキング君はダメージを受けて体が少々焼け焦げてしまったけど、本人はノーダメージだから問題無いのです。




 不具合バグがあるのは、校舎だけじゃありません。


「先生! 体育館の摩擦係数が異常に少なくなってます!」


 体育の授業。本来ならバスケをやるつもりだったんだけど、床の摩擦係数、いわゆる滑りやすさの数値がおかしくなっているみたい。


「おっおおっ、す、滑るぅ!」

「まともに立てねえよ、これじゃあ!」


 まるで床一面にローションをぶちまけたような状態です。これじゃあスポーツなんてできるわけがありません。


「うーん、しょうがないな。運営には連絡しておくから、今日の授業は校庭でサッカーにしよう」


 しかし、屋外の校庭といえども油断はできません。


「うわああー……」

「先生、ここの地面、判定が抜けてます! ドロキング君がすり抜けて、奈落の底へ落っこちちゃいました!」

「何!? またか……。ドロキングには、チャットで再ログインするよう伝えておくよ」




 普通の授業では、みんなの動きも少ないから不具合バクに遭遇することも減るんだけれども、みんなVR上のアバターで出席しているから、それぞれの事情でトラブルが発生することもあります。


「では教科書の32ページの文書、タダラスさん、読んでみてください。……タダラスさん?」


 先生に当てられても、タダラスはその場に座ったままで、返事もしません。


「先生、タダラスはまた親とケンカしてるかもしれませんよ」

「ドロキングさん、そういう憶測でものを言ってはいけません。ですが、どうも離席しているようですね。代わりにルナルナさん、お願いできますか」


 アバターはその場にいるけど、本人がいないなんてことはよくあったのです。何かしら事情を抱えている私たちにはありがちなので、先生もよほどのことがない限り叱ったりはしません。


「先生、ちゅいおちゃんが不具合バグってます」


 授業の途中、ちゅいおちゃんが突然立ち上がり、両手を横に真一文字に広げて、直立不動の状態になった。アバターの不具合バグが起こったらよく目にする光景だ。


「ちゅいおさんが不具合バグですか、これは珍しい……ん? 失礼、ちょっと」


 先生が授業を中断し、耳元に何かを当てるような動作を取りました。リアルで電話があったのでしょうか。


「生徒の皆さん、落ち着いて聞いてください。ちゅいおさんの自宅で火事があったそうです。私はこれからログアウトして状況を確認しますので、皆さんは自習という形で待機してください」

「ええっ!」

「うそ」

「そんな!」


 みんなの驚きの声が飛び交う中、先生はログアウトして、エフェクトとともに消えていきました。


 先生は自習と言ったけど、両手を広げて動かないちゅいおちゃんのアバターが教室に残っている状態では、みんな何もする気になれませんでした。


「ちゅいおちゃん、どうか無事で……」


 時々、小さな声で無事を祈る声が聞こえてきます。私も両手を組んで、ちゅいおちゃんの無事を祈りました。


 すると突然、ちゅいおちゃんのアバターが元に戻り、そのまま椅子に座りました。


 みんなが固唾を飲んで見守っていると、ちゅいおちゃんの口元が少しずつ動きはじめます。


「みんな、ザザッ……心配かけて……ごめん。あたし、無事……ザッ」


 教室が、歓喜の声に包まれます。そのすぐ後で、先生も教室に戻ってきました。


「いやー、心配しましたよ。ちゅいおさん、火事がぼや騒ぎですんで不幸中の幸いでしたね。今日は無理せず、早退してもいいですよ」

「大丈夫……タブレットからでも……ザザ……ログイン、できますから」


 発言がノイズ混じりなのは、携帯端末からログインしているせいなのでしょうか。ちゅいおちゃん、すごい根性です。


「ふうっ、これで一件落着だな」


 自分の席から離れていたドロキング君が、戻ろうした時でした。


「うわああー……」

「先生! ドロキング君が下の階に落っこちました!」


 こんなふうに不具合バグはあるけれども、そんな中でもみんなと繋がりを感じられるサウスランドパーク中学校が、私は大好きです。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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