第9話 コジローは殺せ
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第9話 コジローは殺せ
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小次郎と美土里は再び駅馬車に乗り込み、シャイドー伯爵領へと向かっています。
よく寝た後なので、体調は万全であります。
盗賊にまた出遭いましたが、護衛たちがいい仕事をして乗客に被害はありませんでした。
午後にはシャイドー伯爵領に入り、そのまま進んでシャイドー伯爵領の領都へと到着したのです。
二人は宿を取り、今後のことについて話し合う機会を作りました。
小次郎はこのゴルリア・デ・ゼマードという国から出たいと考えています。ですから、さらに南下して他国へいくつもりでいました。
ゴルリア・デ・ゼマード国は三カ国と国境を接しており、南東にバインディルク国、南にエルバーニュ国、そして南西にリッシュ共和国があります。
王都ではこの三カ国の情報はほとんど得られませんでした。入手できたのは、国名と位置関係くらいなものです。
「美土里はどの国にいきたい?」
「全く知らない国だから、どこも一緒……あ、海鮮が食べたい!」
「海鮮……海の幸さか、いいね。それなら南東のバインディルク国か、南西のリッシュ共和国のどちらかだね。西か東、どっちにいこうか」
「だったら、共和国でいいじゃないかな」
「なんで?」
「共和国ってことは、民主主義じゃないの?」
「うーん、それは違うかな。共和国でも民主主義でない国はいくらでもあるからね」
「そうなの?」
「一般的に共和国といえば、主権が国民にある国なんだ。それを建前に、独裁をしている国もあるし、共産主義の国もあるんだよ」
「小次郎は物知りだし」
「昔、社会の授業で習ったのを覚えていただけだよ」
社会の授業もそうですが、ネット小説などで国の制度について調べたことがあるため、意外とそういう知識を持っている小次郎なのです。
「じゃあ、どっちにいくし?」
「この国は意図的に他国の情報を隠しているようで、ほとんど情報がないから運だよね」
「だったら、じゃんけんで決めようか。あたしが勝ったら南西のリッシュ共和国、小次郎が勝ったら南東のバインディルク国。どうだし?」
「うん。それで決めようか。旅の途中で情報が入ったら、また考えればいいしね」
「そうだし! そんじゃ、勝負! 最初は……」
「「グー! じゃんけん、ぽんっ!」」
小次郎と美土里の向かう国がじゃんけんで決まった頃、王城ではライドック四世が怒鳴り声をあげていました。
「なぜ水光の聖女が出奔するのだ!?」
小次郎が城を出た翌朝、美土里がいなくなったことに最初に気づいたのは統牙だったのです。
統牙が美土里がいないと騒ぎ、雷斗と理央は小次郎を追いかけたと察したのでした。
統牙が騒いだことでロザンにそれが知れ、そこからアイザック老師に知られることになったのです。
アイザック老師は状況の把握に務め、その後ライドック四世に美土里が出奔したことを報告したのでした。
「ミドリ殿はコジロー殿を追いかけていったようです。すでに追手を放っておりますれば、一両日中には連れ戻せるでしょう」
「コジローだと? それはあの冴えない男か?」
「左様にございます。どうやらミドリ殿はコジロー殿に惚れていたようです」
「あんな男のどこがいいのだ?」
「さて、某には理解できぬことにございますれば」
「そのコジローとやらに情けをかけ、多少の金をやったが、恩を仇でかえされたか。そのコジローとやらは殺せ」
「承知いたしましてございます」
アイザック老師はすぐに国王の命令を実行するのでした。
アイザック老師は平民への対応が穏やかな貴族でありますが、それでも自分に不利益を与えるものへは苛烈な対応をする方にございます。
「コジローは殺し、ミドリは五体満足で連れ戻すのだ。ミドリが大人しく言うことをきかねば、多少乱暴なことをしてもいいが、後遺症が残るような怪我はさせるでないぞ」
うす暗い部屋の中でアイザック老師は独り言のように小さな声を出します。
周囲には誰も見えません。ですが、その言葉は誰かに向けての指示でありました。
「承知しましてございます」
うす暗い部屋のどこからとなく、了承の声が聞こえました。
姿が見えないこの人物は、ゴルリア・デ・ゼマード国の暗部を統括する方にございます。
アイザック老師は暗部を動かし、コジローを確実に殺すように指示を出したのです。
アイザック老師がお金の入った革袋を部屋の片隅に放り投げると、革袋はどこへとなく消えてしまいました。
そんなことになっているとは知らない小次郎と美土里でしたが、小次郎は悪寒を感じてブルリと身を震わせます。その時、脳裏にあることが浮かんでしまったのです。
「ねえ、美土里」
「なんだし?」
「俺たち、危険なんじゃないかな?」
「どういうことだし?」
「俺は国王に出ていけと言われたけど、美土里は戦力として期待されていた。つまり、美土里が城を出たことで、国王の意に沿わない行動をしたことになるわけだよ」
「あー、なるほどー。それで気の短い莫迦があたしたちを殺そうとするということだね」
美土里はなかなか頭の回転が速いと、小次郎は感心しました。
「まあ、美土里はともかく、俺は殺されるだろうね」
「なんで小次郎だけだし?」
「俺は不要だけど、美土里は戦力として必要だからだよ」
美土里はふ~んと何か思考する仕草を見せました。
「で、あたしたちはどうするべきだし?」
「このまま駅馬車を使って移動していると、すぐに追いつかれるかも。俺の場合は闇から闇へと言う感じで、美土里の場合は連れ戻される。下手をすると、怪我をさせられるかも。だから、ここからは追手があると思って行動したほうがいいと思うんだ」
「歩いて移動するってこと?」
「しばらく、誰にも会わないくらいのほうがいいと思うんだ。あと、できれば変装をしてね」
「りょ(了解の意味)! 変装は任せてよ!」
美土里は前の世界から持っていたカバンを逆さにして、ベッドの上に色々なものをバラ撒いた。
「……これ、全部前の世界のものだよね?」
「そうだよ?」
見事に学校の教科書は一冊もなく、化粧品が大半だった。その中にはなんとヘアカラーまであったのです。
「なんでこんなものを持っているの?」
「乙女の必需品だし」
「そ、そうですか……」
乙女のことがよく分からない小次郎は、そんなものかと納得するのでした……ということはなく、絶対に違うと思っていました。