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第29話 三級相当レシピ

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 第29話 三級相当レシピ

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 小次郎は肌スベールを百本納入すると、三十万ギルを得ました。

 今後は職人組合が肌スベールをリッテルフェイドに持ち込み、富裕層に売り込みをかけることになります。

 契約料は顧客の反応を見てから決定しますが、これは職人ギルドの規定に従って二、三カ月後に支払われることになります。


 お金ができたので、このイリューシャで家具を買おうということになりました。

 野営するにも、土のドームや風呂は美土里の魔法で作れるのですが、家具はそうはいきません。職人の手によって作られた家具を購入したい、特にベッドはいいものが欲しいと美土里が強く主張したのでした。

「あんたらの希望のベッドは八万ギルだな。製作期間は四日欲しい」

 家具職人にベッドをオーダーメイドすると、結構な金額になりました。

「待つからいいのを作ってだし!」

(うん、寝具は大事だ。いいものにしないとね! そのベッドで美土里と……フフフフ)

 こうして家具や他諸々をオーダーメイドした小次郎と美土里は、それから五日ほどイリューシャの町に逗留することになるのでした。


 その頃、職人組合は専属二級薬師のアッパスと同じく専属三級薬師のルディナンドに、肌スベールのレシピを渡して製造を依頼していました。

 共に二日で百本の肌スベールを製造しましたが、アッパスは百本中二十本が高品質、ルディナンドは百本中二本が高品質でした。それ以外は普通の品質でありました。

「コジロー殿が持ち込んだのは百一本全部が高品質だったが、アッパス殿でも二十本か……」

 リッテン組合長が難しい顔をしました。

「慣れればもう少し高品質を作れると思うが、全部が全部というわけにはいかぬな。せいぜい五割だろう」

 アッパスは六十一歳、この道五十年の大ベテランにして薬師界では広く名を知られる腕利きの薬師です。そのアッパスでも高品質なものは半分程度しか作れないというのですから、肌スベールの調剤の難しさが分かるというものでしょう。

「ルディナンド殿はどうかね」

「残念ながら某の腕では、慣れても精々百本に十本といったところでしょう」

 四十二歳のルディナンドは首を振って大きなため息まで吐きました。

 肌スベールの素材は二人にとって思わぬものでした。ジェベルのあのヌルヌルを誰が薬にしようと思うのだろうか、しかも合わせる素材がこれまた軟体のミズールヒルから取れる成分なのです。

 ミズールヒルはそのヒルディンという成分が血液を健康に保つ薬になると知られているのですが、ジェベルはただの魔物でしかないと思われていたのです。

「ジェベルのジェルとヒルディンを馴染ませる処理が肝だろう」

「ええ、馴染んだ時を見極めるのがとても難しいですね。早くても遅くてもいけません。非常に厄介な作業です」

 アッパスとルディナンドは共に首を振って作業の問題点を、リッテン組合長に伝えます。

「お二人がそこまで言うのなら、肌スベールは三級相当レシピとするのが妥当ということか……」

 三級相当レシピとは、言い方を買えると三級薬師推奨レシピとなります。三級薬師が作ることでほとんど失敗はないですが、高品質もあまり作れないという意味なのであります。おそらく四級薬師では販売可能な品質のものを作ることさえ大変でしょう。


 アッパスとルディナンドが退室すると、リッテン組合長は椅子に背を預けて天井を仰ぎます。

「アッパス殿でも慣れて精々五割。そんな肌スベールを百一本全て高品質で納品したコジロー殿は五級だぞ? ふっ。そんな五級がいていいわけがない」

 リッテン組合長は小次郎を昇級させることに決めたのでした。

 本来、五級から四級に昇級するには、一年以上の実務と規定薬品の製造を行う必要がある。さらに年に一度の昇級試験を受けないといけないのです。

 ですが、リッテン組合長は自分の権限で試験なしで昇級させることにしました。試験はまだ半年以上先のため、それまで小次郎を昇級させないのは組合の損失だと考えたのです。




 リッテン組合長が小次郎の昇級を決めた頃、ゴルリア・デ・ゼマード国では政変が起こっておりました。

 国王ライドック四世が死去し、そのまつりごとを支えていたアイザック老師も亡くなりました。二人の死因については、医師たちは呪いだと言い、神官たちは悪性の病だと言います。つまり、分かっていないのでした。

 二人の病か呪いは、周囲の人にも感染するものでしたが、不思議と死者は王家の者しかいません。騎士たちや文官、使用人たちは二、三日寝込んだら回復しているのですが、王族だけは致死率百パーセントだったのです。

 本来であれば、王城を封鎖するべきだったでしょう。しかし、混乱した城で働く者らが、城下町に出てしまい、感染が広がってしまいました。

 原因不明の病か呪いが拡散しても、王族以外で死んだのはアイザック老師のみであり、これは明らかに王族を呪ったものだと皆が噂をするのでした。

 しかし、呪いは感染しません。神官たちはそう主張しました。それを信じる者もいましたが、原因が分からないのですから噂の域を出ないのです。


 王城内にいた王族は皆死亡しました。老人も女も幼子も関係なく、王族は死亡したのです。ただ、これで王家が滅亡したかというと、そうではありません。王家の血を引く者は、数多あまたいるのです。ライドック四世の近親者は全滅ですが、王城にいなかった王族もいるのです。

 比較的王都に近い場所に領地を与えられていた王家の血を引く者が、我こそはと声を挙げるのは必然だったのでしょう。


 今回使われた毒は伝染性が強い細菌類を使っているのですが、通常は体内に入って二、三日で死滅する細菌です。

 では、王族とアイザック老師のみが死亡したのはなぜか。それは暗部の者が予めライドック四世とアイザック老師の髪などを入手し、細菌の餌として与えていたためです。与えたDNAを栄養に育った細菌は、そのDNAを持つ者だけに効くように変異するのでした。つまり、この二人の血とその血に近い者だけは、体内に入っても簡単に死滅しなくなるのです。

 アイザック老師の近親者に被害者がいないのは、王都から離れた領地に娘とその婿、孫たちが住んでいたからです。

 小次郎は偶然の産物として細菌を手に入れたのですが、危険極まりないため美土里の収納の肥やしになる予定でした。しかし、小次郎を怒らせたのが、ライドック四世たちの運の尽きだったのです。

「異世界召喚の巻き込まれを莫迦にすんじゃねぇよ」

 小次郎は決して善人ではありません。自分に悪意を向けた者、危害を加えた者に強い恨みを持つタイプです。

 彼は学生時代の虐めによって、人生を大きく遠回りさせられました。二十年以上たった今でも、時々その恨みを思い出すことがあります。当初はそれこそ自爆覚悟でやり返そうかと思ったほどでした。ただ、仕返しして警察沙汰にでもなると、家族に悲しい想いをさせてしまうと自制していただけです。

 それが異世界に召喚されたことで、家族との繋がりは心だけになってしまいました。この世界で仮に小次郎が犯罪者として追われるようになっても、家族になんの影響もありません。もちろん、犯罪者として追われるつもりはないのですが、家族という箍が外れた状態なのです。短剣で腹を刺された時の痛み、そして美土里を奪おうとした者への怒りは、マリアナ海溝よりも深いのでした。




 王城で王族が全員死亡し、政治が混乱しているのですからエルバーニュ国への侵攻どころの話ではありません。侵攻した三軍団は補給が滞り、戦線維持ができなくなっていました。

「国王が死んだそうですね」

 総司令官のベルハルト将軍は、統牙の言葉に苦虫を嚙み潰したような表情をして頷きました。

「なんでもアイザック老師も死んだとか」

「そのようだ……」

「軍を引くべきです」

「今となっては、それも厳しい」

 ベルハルト将軍が率いる三軍団は、エルバーニュ国軍と対峙している最中であります。

 そして、ゴルリア・デ・ゼマード国の政変については、敵の耳にも入った可能性があります。ここで引けば、エルバーニュ国軍は一気に攻勢に出ることでしょう。

「俺に考えがあります」

「聞こう」

 統牙が地図を指差して作戦を提案しましたが、ベルハルト将軍をはじめ多くの将軍が顔を顰めます。

「今ならまだ傷口は小さく済みます。ですが、時がたてばたつほど、傷口は広がりますよ」

「むぅ……」

「ベルハルト将軍! 決断を!」

 統牙は決断を迫ります。一部の現実が見えている将軍たちからも、統牙の案が最善だと進言を受けたベルハルト将軍は頷くことを決意しました。



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