第23話 アリシュマー祭り
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第23話 アリシュマー祭り
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アリシュマー神殿の祭りを見物する観光客が街道を同じ方向に進んでいきます。
(まるで津波だな、これは)
小次郎が津波だと感想を持つほどの大移動です。
祭りの前日からはビルヘイトに泊まれないことから、周辺の村や町に泊る人たちがおおいのです。彼らは朝早くに起き、このようにビルヘイトのアリシュマー神殿を目指すのです。
「民族大移動だし」
「あー、そういう受け取り方もあるか」
「あたしたちもいくし。遅いと祭りを楽しめないし」
「それじゃあ、異世界の祭りというものをみてみますか、美土里」
「おーっ!」
二人は人々に混ざってビルヘイトへと向かいます。通常は歩いて二十分もすれば、町の端に入れるのですが、今回は五十分もかかりました。
「うわー、いろんな露店が出てるしー」
前の世界の祭りによく似ています。大通りは露店が両サイドに出ており、昼前から大賑わいです。
「小次郎、あれを買うし」
トウモロコシを焼いたものを美土里が買ってきました。
「醤油じゃないけど、ほどよく塩味がついてるし。小次郎も食べるし」
美土里の齧った焼きトウモロコシを差し出す美土里は、心の底から楽しんでいるようでした。
「リンゴ飴が売っているし!」
焼きトウモロコシの後はリンゴを飴でコーティングしたお菓子を買います。
「甘い~♪」
これも自分が齧ったものを小次郎に差し出します。同じものを楽しみたいという美土里の気持ちが表れているようです。
人込みはあまり得意ではない小次郎も、祭りの独特の雰囲気は嫌いではありません。
二人は手を繋ぎ、恋人気分を味わうのでした。
夕方になると、アリシュマー神殿の境内において劇が催されると聞いています。小次郎たちもその劇を見るために、数万の群衆に紛れています。
三部作で、今日は一部、明日が二部、そして最終日が三部という日程で演じられます。
内容は豊穣の神アリシュマーが大地に恵を与えるというものです。
遠くからその観劇するので、声が聞こえないかと思いきや魔法で拡声されていてしっかり聞こえます。
クライマックスの豊穣の神アリシュマーが人間に神器を与える場面を、観客は固唾を飲んで見ております。
このエルバーニュ国で最も信仰されている神アリシュマーは、平和を愛し、土と共に生きる民を愛する神だと言われております。そういった内容を取り入れた劇が終わりました。
「よかったし。感動したし」
美土里は涙を流して感動しています。
「美土里は感受性が豊なんだな」
「なんだし、笑うなし」
「笑ってないよ。美土里は心が綺麗だなと思ったんだ」
「そんなこと……」
美土里は頬を赤くさせますが、夕焼けによって顔全体が真っ赤になっていました。
結局、小次郎と美土里は三日間全部の劇を観劇しました。美土里がどうして観たいとお願いしたのです。
小次郎は人混みに紛れることは身体的な疲労も精神的な疲弊もあり、好きではありません。ですが、美土里の笑顔をみると不思議と疲れを感じないのです。
祭りの間、ドームで暮らした二人でしたが、その翌日からは宿に空きができて泊まれるようになりました。
「久しぶりの宿だしー!」
水の都リバンズを出てから、数カ月。一度も宿や家の中に泊まったことはありません。
土のドームと美土里の魔法のおかげで、宿に泊まるのとそこまで遜色ない暮らしはしていましたが、やはりベッドで寝るのは格別です。
「明日は服を買いにいこうか」
「かなりよれてきたもんね」
服は二着持っていますが、山の中の生活は結構ハードで痛みやすいのでした。これまではあまり人前に出なかったためそこまで気になりませんし、ボロを着ている人は少なくないためまだマシなのですが、現代の生活を知っている二人にとって買い替えの時期なのでした。
それに、最近は朝晩がめっきり寒くなっており、厚手の服が欲しいところです。
旅の間、我慢していた小次郎の性欲が爆発した翌朝、美土里は目の下にクマを作るほど疲れ切っていました。逆に小次郎は肌艶がよく、とても満足しています。
「鬼畜だし……」
「……ごめん」
一度始まってしまうと、どうしても途中で止めることができないのです。小次郎も申しわけないと思っているのですが、その時は本能が体を支配しており、歯止めが利かないのでした。
美土里が昼近くまで寝ていたことで、出かけたのは昼過ぎのことでした。
ビルヘイトで最初に買い物した際にある程度物価は理解しています。食品に関しては、水の都リバンズよりも二割から三割くらい安く手に入れられます。
今日は服を買いましたが、厚手のものでもリバンズよりも安く、さらに品質も良いものが多くありました。
小次郎と美土里は秋冬物を三着ずつ選びました。吊るしですが、新品の服です。
「毎度ありがとうございましたー」
店員がいい笑みで見送ってくれます。
このエルバーニュ国の通貨は意匠こそ違うものですが、ゴルリア・デ・ゼマード国の通貨のように銅貨が二種類、銀貨が二種類、金貨が二種類になっております。形も同じようなものです。
百五十年ほど前までこの大陸は大帝国によって統一されていました。(以後、統一帝国と呼称)それがいくつかの国に分裂し、併合と分裂を繰り返して今の九カ国になったのです。
その名残で、どの国でも通貨の形や重さ、度量衡は統一帝国のものがそのまま使われているのです。
もっとも、過去には金銀銅の含有率を下げた国もありますが、経済が混乱して景気が一気に冷え込んだのです。それが国王の首を挿げ替えるほどの大騒動になり、十五年も混乱が続いたのでした。その国はその五年後に滅亡しております。
通貨の価値が同じなら、他国との交易はしやすくなります。国力の差や、国の信用度によって多少の差はありますが、金銀銅の含有率が同じなら交換比率はかなり安定するのでした。
また、こういった騒動が大陸中に知れ渡ったことで、通貨の金銀銅の含有率を変更する国はそれ以降現れておりません。
ただ、頭のいい人はどこにでもいるようで、金銀銅の含有率を変えずに、混ぜ物をより安い金属に換えた国があるのです。そういった国の通貨はやや安くなっていますが、金銀銅ほどの混乱はありませんでした。