第16話 報復と抱腹
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第16話 報復と抱腹
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統括ギルドを出た小次郎は、小声で呟きます。
「この町はもう出たほうがいいな」
その呟きを美土里の耳に入りました。
「レシピを渡さなかったこと?」
「聞こえてしまった? そうなんだ。多分だけど、あれは正規の手続きを踏んでない接触だと思うんだ」
「正規って?」
「新しいレシピの公開については、発見者に対していくつかのメリットがあるんだよ。でも、あの二人はそのことを一切話さなかった。つまり、俺にメリットを与えるつもりがないという意思表示に取れるんだ」
「あ~、なるほど~。小次郎の成果を横取りしようとしていたわけか。それで小次郎はあんなに警戒していたんだね」
美土里は納得して、手を打ちました。
「それじゃあ、明日朝一で町を出るし!」
「決断が早いね」
「この町に思い入れがあるわけじゃなし、変なヤツがいるならあえて留まる必要はないし~」
「それもそうか。うん。明日町を出ようか」
旅ができる程度には、お金も溜まりました。それに元々通過点でしかなかったメトロンの町です。食料も滞在中に色々買い込んでいるし、いつでも旅立てる状態なのです。
朝早く、小次郎と美土里は旅立ちまっした。挨拶をする人は特におりませんので、気軽な旅立ちでした。
「空は暗いし、雨が降りそうだね」
「雲が厚いからね」
そうこう言っていると、ポツリと小次郎の頬に冷たいものが当たりました。
「降ってきたか」
「なんで朝から降り出すかな~」
二人はマントのフードを深く被り、街道を進みます。雨は次第に強くなり、マントを打ちつけます。
「ねえ、誰かつけてくるし」
町を出て十五分ほどでしょうか、美土里が不穏な言葉を口にしました。美土里に魔力を感知される程度のつたない尾行です。
「え……? 誰かな?」
「人間だとは思うけど、それ以外は分からないし」
「街道を逸れて様子を見ようか。それでもつけてくるなら、排除するしかないよね」
「りょ」
二人は街道を逸れ、雑木林の中へ入っていきます。
雨で足元が悪いため、小次郎は歩きにくいと愚痴りたくなります。
「うっ」
小次郎が足が滑り倒れそうになると、美土里が支えました。
「ありがとう」
「近づいてくるし」
「そっか……少し休憩しようか」
二人は枝葉を大きく広げる木の下で、雨を凌ぐように座りました。
「温かいコーヒーが飲みたいし」
「しばらくコーヒーを飲んでないな……この世界にコーヒーはあるのかな?」
「知らないし」
「ごもっとも」
そんな話をしていると、追跡者が現れました。
「へへへ。お前には恥をかかされたからな」
「お礼参りにやってきたぜ」
いつぞやのナンパハンターの二人でした。
二人はあの後、統括ギルドによって罰金刑とハンター組合の階級を四級から五級に降格にされて、恨みを抱いていたのです。
「美土里。お礼参りだって」
「古っ」
職人組合の副組合長の手の者か、ゴルリア・デ・ゼマード国の追手だと思っていた二人は、かなり拍子抜けしてしまいました。
「なんだと、この野郎!」
「ぶっ殺すぞ、この野郎!」
(ん? なんか俺に視線が集中している? はぁ? なんで?)
こういう時は男が恨まれるもののようです。嫉妬ともいいますね。
「お前をボッコボコにして、その女を俺たちがいただくぜ!」
「おう、ヒィヒィ言わせたるぜ!」
「プププ。あたしをヒィヒィだて。毎晩気絶するほど言わされているし」
「お、おい、美土里……」
(そういうことは人前で言わないで!)
「だって~、この二人じゃねぇ。小次郎以上のものを持っているとは思えないし~」
「もう止めて……」
(恥ずかしいから、それ以上言わないで)
「「あんだとっ!?」」
いきり立つナンパハンターが、剣を抜いて小次郎に詰め寄るのですが、二人はいきなり腹を抱えて蹲りました。
「うがっ」
「い、痛ぇ」
キューグルグル。二人のお腹から大きな音が鳴り、真っ青な顔をしています。
(即効で効いたな、あれ)
そうなのです。これは小次郎が調剤した下剤を、指向性散布によって二人に散布した結果なのです。
魔物は一切容赦なく殺しますが、さすがに人を殺す覚悟はまだできていない小次郎です。
だから致死性の毒ではなく、下剤を散布して二人がお腹を下すように仕向けたのでした。
それと下剤の効果を確かめてみたかったのもあります。
「何これ? 笑えるし~」
グルグルグルピーッ。ブリブリッ。
(あ、出たな、これ)
二人はお腹とお尻を押えながら小次郎たちから離れていきます。さすがに滑稽な姿なので、美土里が腹を抱えて笑っています。
「うわー、クッサー」
(言ってやるなよ……)
涙目で離れていく二人に美土里は追い打ちをかけました。しかし、二人はそれどころではありません。
二人が去ったその場には、剣が二振り落ちていました……臭いも少し漂っています。
「臭いからここを離れるし」
「そうだね」
「あれ、小次郎の薬でしょ?」
「うん」
「見てる分にはいいけど、あたしにはしないでよ、絶対だし」
「そんなプレイがしたいの?」
「変態だしっ!」
「その言葉、俺にはご褒美です」
「引くわー」
二人は街道に戻って旅を再開しました。
リッシュ共和国にもゴルリア・デ・ゼマード国と同じように盗賊がいます。
三日歩いて盗賊に遭遇すること三回、一日に一回の頻度です。それだけで治安が悪いと予想できるものでした。
また、街道沿いで魔物に出遭うことも一度や二度ではありません。
そんな時でした、ジェベルという体長三十センチメートルくらいのゲル状の体を持つ某ゲームのスラ●ムのような魔物が現れたのです。
こちらから攻撃しなければ、滅多に襲ってくることはないため、駆除対象になっていないような魔物です。
「あれがジェベル!」
「どうしたし?」
「あれ、ヌルヌルローションの材料だよ!」
「……変態」
美土里の目が細くなり、クズを見るような目をします。
「おう! 俺は変態さ!」
「威張るな、し」
胸を張った小次郎はスパコーンッとはたかれました。
美土里に頼んでジェベルを狩りました。火の魔法で瞬殺し、そのゲル状の体液を回収するのです。
小次郎はローションと言っていますが、実はジェベルはミズールヒルから調剤できるヒルディンと組み合わせることで、肌荒れに効く薬になるのです。
「肌荒れに効くっ!? それ作るし、早く作るし!」
胸倉を掴まれガクガクとされる小次郎です。
「ちょ、落ちつこうか」
「あたしは落ちついてるし」
「いやいや、そのガクガク止めてくれ。気持ち悪い」
「止めたし。すぐ作るし」
「それは無理だよ。肌荒れに効く薬はミズールヒルから取れるヒルディンが必要なんだ。だから、まずはミズールヒルを乾燥させて、それから調剤しないといけないんだ」
「うぅぅあの気持ち悪いのだし」
「見た目と薬効はあまり関係ないかな……多分」
「分かったし! あの気持ち悪いのは、あたしが乾燥させるし」
「え?」
この日以降、美土里はミズールヒルの乾燥の鬼になるのでした……。