第10話 暗部の勘違い
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第10話 暗部の勘違い
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黒髪をグリーンに染めた小次郎は、鏡を見ながら微妙な表情をしました。
「なんで俺?」
「だって、あたしはピンクアッシュでこの世界のカラフルな髪の色に馴染んでいるけど、小次郎は黒髪で目立つしー」
たしかに美土里はピンクっぽい茶色の髪をしています。
「でもさ、緑色はさ、ねぇ」
「似合っているわよ。惚れ直しちゃったし」
「え、マジ?」
「マジ、マジ」
この世界の髪と目の色はかなりバリエーションが多い。
国王のライドック四世はコバルトブルーの髪に金色の瞳、アイザック老師は銀髪(白髪ではない)に赤い瞳、ロザンもイエローゴールドの髪に碧眼でした。
ここまで旅してきて見てきた人の中に黒髪は一人もいませんでした。
前の世界では目立っていた美土里のピンクの髪は、この世界では目立たなくなり、逆に元の世界では目立たなかった黒髪の小次郎が目だっていたのです。
そこで美土里は小次郎の髪をプラントグリーンに染めました。美土里の美的感覚では、小次郎はとても格好よくなったのであります。
小次郎と美土里は二人で買い物に出て、小次郎用のマントを購入しました。美土里はフード付きのマントを持っていましたが、小次郎はそういったものを持っていなかったのです。
他にも旅に必要な毛布や木の食器、鍋、フライパン、食料などを買い込みました。おかげで小次郎が王城でもらったお金はほとんどなくなってしまいました。
「お金を稼がないといけないな」
「魔物を狩るとお金になるってロザンさんが言っていたし」
「いや、俺、戦えないし」
「あたしがいるし」
戦力として召喚された美土里でしたが、実は戦闘よりも回復や補助のほうが得意なのです。
そんな美土里が買ったものに触ると、それが消えてなくなりました。
「え? 今、何したの?」
「魔法で荷物を回収しただけだし」
「まさか、ストレージとかアイテムボックス?」
「すとなんとかとかアイテムボックスとかは知らないけど、異空間に荷物を入れているだけだし」
「それをストレージとかアイテムボックスっていうんだよ」
「ふ~ん」
「いや、ふ~んって……まあいいけど、美土里ってそんな恩恵を持っていたの?」
「そんなの持ってないし」
今さらだけど、お互いのライフカードを見たことがなかったと、小次郎は思い至るのです。そこでお互いにライフカードを見せ合うことにしました。
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氏 名 星海美土里
称 号 異世界から召喚された英雄
クラス 水光の聖女
レベル 9
統 率 D
武 勇 B
慈 愛 S
生 産 A
属 性 火B 水A 風B 土S 聖S 光S 神S
兵 科 衛生歩兵S
恩 恵 詠唱破棄A 神聖上昇S
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美土里の恩恵・詠唱破棄は詠唱しなくても魔法を発動できるものです。そして神聖上昇は、聖、光、神の三属性の効果を上昇させる恩恵になります。共に非常によい恩恵になります。
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氏 名 佐藤小次郎
称 号 巻き込まれた工員
クラス 薬師
レベル 16
生 産 Ex
恩 恵 調剤Ex 薬師鑑定S 薬材感知S 指向性散布Ex
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小次郎はレベル五の時に薬師鑑定を、レベル十の時に薬材感知を、レベル十五の時に指向性散布を覚えていました。
薬師鑑定は薬とその材料の詳細を知ることができるものです。
薬材感知は薬の材料になるものを感知します。
指向性散布は小次郎が持っている薬を一定範囲内に散布するのですが、風などの影響を受けない優れものです。
「属性に『神』ってあるんですけど!?」
「ああ、それね。それ、なんか回復とか強化とか結界とかが強力な属性だし」
「俺なんか属性も兵科もないんですけど」
「てか、この『Ex』ってなんだし?」
「あー、それは多分だけど、『S』の上ってことだと思う」
「は?」
「前の世界の知識だと、『Ex』は『エクストラ』といって、『特別』とか『スーパーより強い』みたいな? そんな意味なんだ」
「小次郎のほうが英雄っぽいじゃん!」
「能力も恩恵も生産だけどね」
「それ、戦いに使えないの?」
「やってみないと分からないけど、多分使えると思う」
毒も薬の内だと思われるため、毒の調剤は可能なはずです。それに指向性散布があるおかげで、対象にだけ毒を散布できるのも大きいでしょう。
「反則だし」
「俺も反則だと思っているかな。で、最初の話に戻るけど、ストレージとか本当にないのな。どうやっているわけ?」
「ロザンさんが属性がなくても魔法が使えるって言っていたでしょ」
「ああ、覚えている。まさか時空属性を?」
「うん。魔法使い系のクラスなら、特殊な属性でもある程度は使えるって言ってたし。それに時空属性の収納はとっても便利だって教えてくれたし。あたしと理央は使えるようになったし」
美土里は一週間の魔法の稽古で、表示がない属性でも便利な魔法はある程度使えるようにしていたのです。魔法の才能はさすがで、理央と美土里は容量はそこまで多くないのですが、収納魔法を使い熟すくらいになっていたのでした。
「あたしは理央ほど容量が多くないけど、この部屋くらいの容量はあるよ」
宿の二人部屋の広さは八畳ほどです。これだけの容量があれば、二人が旅する程度の物資は軽く収納できるのでした。
「で、お金を稼ぐんだけど、本当に魔物を狩るつもりか?」
「今はそれくらいしか考えがないっしょ?」
「俺が調剤した薬を売ればいいと思うよ。止瀉薬と解熱剤と鎮痛剤なら安定して作れるし、材料は結構出回っているみたいだから」
「でも、せっかくヘアカラーしたのに、薬を売ったら足がつかないかな?」
「あー、それがあったか……」
美土里は鋭いと、感心する小次郎でした。
「たしか統括ギルドで登録すれば、魔物を買い取ってくれるんだっけ?」
ダンジョン探索する冒険者組合、地上の魔物や盗賊を退治するハンター組合、商人が集まる商人組合、職人が集まる職人組合などの複数の組合が統合されたのが、統括ギルドになります。
統括ギルドは大都市ならどこにでもある、国を跨いだ組織になります。ですから、どこの国でも支部があるのでした。
「そそ、統括ギルドで狩った魔物の素材を購入してくれるって聞いたし。それに魔物を狩る依頼もあって、そういったものだと報酬がいいんだって~」
「それなら、国境を超えたらすぐ冒険者登録しようか」
「りょ!」
その頃、二人を追う追手は、シャイドー伯爵領とは反対方向へと向かっていました。
たまたまなのですが、黒髪の男性が北へ向かったという情報を得たのであります。黒髪はこの国では珍しく、その男性が小次郎だと勘違いした追手は北へと向かったのでした。
実際は黒髪ではなく濃い青色の男性でしたが、光の加減で黒に見えることがあるのです。追手がそのことに気づくのに、時間が少しかかるのでした。