第1話 工員のオッサン
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第1話 工員のオッサン
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視界を覆う真っ白が、晴れていきます。同時に小次郎の体を弄り回すような不快感もなくなっていきました。
視界が確保されると、石造りの神殿のような建物の中に佇んでいたのです。見る人が見れば幻想的な神殿なのかもしれないのですが、小次郎にはまるで百鬼夜行の城のように見えました。何かが壁に埋め込まれ、それが蠢いているように見えたのです。
「うっ……」
あまりのおぞましさに小次郎はその場で吐いてしまいました。二日酔いよりも酷い気分です。
「ちょ、あんた大丈夫?」
「あ、うん……大丈夫……うげっ」
「大丈夫じゃないじゃん。まったく」
さきほどすれ違った女子高生の一人が小次郎の背中をさすってくれました。四人の中では一番派手でギャルという風貌の女子高生が一番優しかったことに小次郎は驚きましたが、気分が悪くお礼を言うどころではありません。
「す、すみません。もう大丈夫です」
やっとのことで落ちついた小次郎は、ギャル高生に頭を下げました。
「本当に大丈夫? まだ顔色悪いし」
ゆっくりと立ち上がり、大きく息を吸って吐きます。酸っぱい臭いを感じて小次郎もですが、近くにいたギャル高生もしかめっ面をします。
お互いに顔をみやり、共にフフフと笑いが漏れました。
「よくおいでくださった、英雄たちよ!」
老人が声を張り上げたことで、小次郎は現実に引き戻された気がしました。
周囲には五十人くらいの鎧をまとった人たちと、この老人のようにローブ姿の五人がいます。その中でも最も豪華な意匠が施されたローブを着たのが、アイザック老師と呼ばれる老人であります。
「あんたたち、なんなの!?」
小次郎の背中をさすってくれていたギャル高生が誰何するのも無理はないのですが、吐き気に苦しむ小次郎はともかく他の三人の高校生はただ茫然と立ち尽くすだけでした。これだけでもこのギャル高生の芯の強さがうかがえるものなのでしょう。
「おい、美土里。こいつらヤバいから、あんまり突っかかるなよ」
男子高生は二人いましたが、細身の少年がやっと言葉を発したと思ったら、女子高生らを守るどころか自分の身を案じる始末なのです。
小次郎はどうしたらいいかオドオドするばかりです。
「英雄らを異世界より召喚したのは、この大陸を統一するため! 我らは貴殿らの奮闘に期待する!」
アイザック老師は狂信者のように、唾を飛ばしながら叫びます。その内容が武力による大陸統一と、なんとも欲望に忠実なものだったことに、呆れる以上に頭大丈夫なのかと心配になる小次郎であったのでした。
今日は珍しく残業がなく、彼―――佐藤小次郎はいつものように、帰宅途中にコンビニエンスストアに立ち寄るのでした。自分と両親の分のプリンを購入するのが日課になっているのです。
以前の小次郎は引きこもりでした。両親は引きこもった小次郎を温かい目で見守り、社会復帰ができるように根気よく導いてくれたのです。
親というものが、これほどありがたいと思えるようになったのは、三十を過ぎた頃でしょうか。
兄弟は兄と姉が一人ずつおり、この二人も小次郎を気にかけてくれました。
兄は海外赴任中でもう二年も顔を見ていないが、姉は毎月一回は顔を見せにやってきます。共に結婚して家庭があるのに、電話やメールを結構な頻度でしてくれました。内容は大したことのない日常のことを報告するようなものでしたが、それが小次郎を日常に引き戻してくれたのかもしれません。
最初はウザいと思っていた小次郎でしたが、次第にそのメールを読むのが楽しみになっていったのです。
今は家族がいて本当によかったと思える小次郎なのでした。
ビニール袋をぶら下げてコンビニエンスストアを出たところで、四人組の高校生とすれ違いました。
男女二人ずつの四人は笑顔を浮かべて楽しげで、小次郎にはなかった青春を謳歌していると分かるものです。
スポットライトの当たる場所を歩いてきたのだろう、悩みなどなく光り輝く人生を送ってきたのだと、小次郎はの四人組を眩し気に見送るのでした。
今までそんなことをしたことなかった小次郎ですが、なぜか気になったのです。それが、人生を大きく左右する分岐点になることも知らずに。
小次郎が四人を見送って歩き出そうとしたその時でした、周囲が真っ白に変化したです。浮遊感を感じ、なんとも言えぬ脱力感が襲いってきました。
学生たちの悲鳴が聞こえた気がしましたが、小次郎は体の中を弄られるような不快な感覚を耐えるのに必死だでした。