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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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流石に道端で話し込むのもなんなので、僕らはおっちゃんの隠れ家に引き返してきた。

飲みかけのお茶の入ったカップはそのままになってたけど、アルテミシアはくんくんとその匂いを嗅いで、ほう、と言った。


「この薬草はこの森で摘めるのか?」


視線をむけられたおっちゃんが、はい、とうなずくと、満足そうに、にやり、とした。


「後で薬草摘みにつきあってもらえないかな?」


「そんなにすごい薬草なの?これ?」


僕は恐る恐る尋ねた。

このお茶、もんのすんごく飲みにくかったんだけど。


するとアルテミシアは、この上ないってくらい上機嫌で頷いた。


「おう。あたしらの森にはこの草はあんまり生えてなかったけど、これは、それはそれは貴重なお茶だぞ?

 効能は、滋養強壮、疲労回復、暑気退散、風邪予防、熱さましに化膿止め、解毒に整腸、等々、等々、そらもう、掃いて捨てるほどある万能草だ。

 それをこーんなに惜しげもなくたっぷり入れて、ここまで濃く煮だしてあるなんて。

 こらもう、妙薬、と言ってもいいくらいの貴重品だぞ?」


そんなすごいお茶だったんだ!


「じゃあ、ちゃんと飲んでおかないと…」


ともう一度チャレンジしようとしたけど…

ぐへっ。

一口でギブアップした。


それを見ていたアルテミシアはからからと笑って、いきなり僕の手からカップを取り上げた。


「飲みにくいのが、玉に瑕、なんだ。

 でも、大丈夫。

 あたしの手にかかりゃ、絶品のお茶にしてやるよ。」


そう言っていきなり僕の飲みかけを一気飲みしてしまった。


「うえっ。まずいっ!」


そう言いながらも、なんでそんなに嬉しそうなの?

アルテミシアって、ときどき、分からない。


ふへへへ、と笑ってるアルテミシアはとりあえずほっといて、僕はいそいそとみんなに敷物をすすめた。

いや、ここは僕の家じゃないんだけどさ。

ほら、おっちゃんはすっかりびびってしまっていて、そういうとこ、気、回らないだろうから。


みんなそれぞれ敷物を手に好きなように座る。

アルテミシアは、話しに参加するつもりはあるのかないのか、洞窟の隅にある貯蔵棚の近くに座って、棚の中身をさっそく漁っていた。


こほん。

なんだか始めるきっかけをつかめなくて、咳払いなんかしちゃったけど。

一瞬しんとしたけど、みんなは、すぐに、小さくくすくすと笑い出した。

ふん。

そんな生あったかい目で見ないで?


なにから話したものかと迷いながら、少しずつ、僕はおっちゃんから聞いた話をみんなにした。

最初はにやにやしていたみんなも、そのうちに真面目な顔になった。

ときどき質問をはさみながら、みんなはちゃんと最後まで話しを聞いてくれた。


「白枯虫に、祓い虫、か。」


話しを聞き終えたルクスは、そう呟いて、洞窟の外を眺めるみたいにした。

そこには白く枯れた森はないけれど、さっき、さんざん見てきたから、森の光景は記憶に刻まれているんだろう。


「そんなのものがおったとはのう。」


ピサンリはゆるゆると頭を振った。


「だが、そういうものがいて、それが白枯病を拡げているんなら、離れたところの森が突然、白枯病に罹ることも説明がつくな。」


アルテミシアも話しを信じてくれたみたいだった。


「おっちゃんは、その、白枯虫?のほうは操れないのか?」


ルクスは相変わらず僕の後ろに隠れているおっちゃんを覗き込みながら言った。

おっちゃんはルクスの視線から隠れるようにこそこそと移動して、はい、とだけ答えた。


「確かに、その白枯虫が、作物とかに乗っかって、あっちこっちに拡がるのは、まずいよな。」


ルクスはふむと頷いた。


「作物は人の手でうんとうんと遠くまで運ばれて行くからな。

 その行った先の木や草に、虫をうつしてしまうだろう。」


「そ、っか。」


白枯虫はそんなふうに拡がっていくんだ。

水の流れを使ったり。作物にくっついたりして。

だから、こんなに離れているところでも、白く枯れた森になっていたりするんだ。


「大昔の言い伝えでは、世界が滅びるとき、畑の作物も、草木も、皆真っ白になって枯れていった、とある。

 あれは白枯病だったのかもしれん。

 今はまだ、平原では、白枯病の噂は聞かんが。

 これは放っておくべきではない、忌々しき事態じゃ。」


ピサンリは深刻そうな顔になって言った。


「なるほど。

 世界の崩壊は気づかないうちに静かに進行している、ということか。」


アルテミシアも、ふぅ、と唸った。


「その白枯虫?というやつは、どんな虫なんだ?

 見ることはできないのか?」


それは僕も分からないや。

おっちゃんを振り返ると、おっちゃんは、おどおどと僕の後ろから説明した。


「白枯虫の姿は、わたしも見たことはありません。

 そういう虫がいるということも、祓い虫たちの話しを聞いて知ったくらいで…」


「本当なのか?

 おっちゃん、あんた確か、最初に俺たちと話したとき、虫を操る技なんざない、って言ったよな?

 けど、それって、真っ赤な嘘だったんだろ?

 嘘つくやつってのは、何回だって、嘘をつくからな。」


ルクスにすごむように睨まれて、おっちゃんは、ひぃ、っとまた僕の背中に隠れた。


「だいたい、あんた、言葉だって、俺たちの言葉が分かるなんて一言も言わなかったしな。」


おっちゃんは、また、ひぃ、と言ってからだを小さく小さくして僕の後ろになるべく隠れた。

そこから、ぼそぼそと声だけで返事した。


「あ、あ、あ、あのときは、あなたがたのことも、まだよく分かりませんでしたし…

 虫を使うなどと言ったら、すぐに町の人たちに引き渡されるかもしれません…

 それに、虫を使う、というより、わたしの場合、共闘している、というか…

 いや実際、虫は自分たちの意志で戦ってまして、わたしはただ、ついて行ってるだけ、というか…」


「それ言っちゃおしまいだろ?」


ルクスはちょっと呆れたみたいにこっちを見る。

おっちゃんが僕の後ろに隠れているから、なんだか、僕がその目で見られているみたいな気分になる。


「いえ。もう本当に。わたしなんて、その程度なので。」


おっちゃんはしょんぼりと答えた。

ルクスは盛大なため息を吐いた。


「とにかく。

 白く枯れた森を浄化するだけなら、そう問題はない。

 俺もピサンリも赤い火を使うからな。

 まあ、これだけ広いと、時間はかかるだろうけど。

 だが、水脈の浄化のほうは、その祓い虫?に頼るしかないな。」


ルクスは僕の胸元をちらっと見た。

ブブはいつも通りそこにいたんだけど。

話しを聞いているのかいないのか、完全に知らん顔をしていた。










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