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僕は見渡す限り続く白く枯れた森を眺めた。
大きな道を挟んで、片方の森は全部、白くなっている。
ここの白い森は、ピサンリたちと浄化したあの前の森よりも、さらに広かった。
最初はたった一本の木だった。
いつの間にか、それが、こんなことになってしまった。
きっと、おっちゃんは何年も何年も、この森と戦ってきたんだろう。
おっちゃんは森の前で、とことこと太鼓をたたいた。
すると、ふわり、ふわり、と祓い虫が、森のなかから湧き上がった。
祓い虫たちは、せっせせっせと白くなった木を食べている。
木はみるみるうちに食べつくされる。
そうして、虫たちも、また同時に消えていった。
それはまるで、さっき降ったばかりなのにもう消えてしまう、雪のようだった。
これを無限に繰り返せば、いつかは、この森も全部消えてしまうんだろうな。
だけど、森が消えてしまったら、祓い虫たちは、どうなるのかな。
もう、いなくなってしまうのかな。
もちろん、森が白く枯れるのは困るんだし。
白く枯れた森なんて、ないほうがいいんだけど。
僕は胸にひっついたままじぃっとしているブブをちょっと見た。
ブブは、他の虫に混ざって白く枯れた森に行こうともしない。
ただ、ここでじっとしている。
ブブも、いなくなってしまうのかな。
それは、淋しい、な。
そう思うのは、いけないことかもしれないけど。
そう感じてしまうのは、止められるものじゃない。
「白く枯れた森の浄化は、僕らも、前にしたこと、ある。」
僕はおっちゃんに言った。
おっちゃんは話しを聞こうというようにこっちを見た。
「赤い火、っていう秘術なんだ。
ルクスとピサンリは使えるんだよ。」
「浄化炎。
一度見せていただきました。
祓い虫の群れを一瞬にして浄化した火ですね。」
そっか。
前に、そんなこと、あったっけ。
「あの火を使えば、この森の浄化も、もう少し早くなるかもしれない。」
そう言いながら、僕は、浄化を早めることはいいことなんだよね、って自分に確認した。
「ただ、赤い火は、火だから、水のなかの浄化はできないんだよね。」
井戸水の浄化はだから、祓い虫にお願いするしかない。
けど、白く枯れた森を全部焼いてしまったら、祓い虫はもういなくなってしまうだろう。
とはいえ、白く枯れた森を浄化しないことには、いつまで経っても、井戸水も浄化されない。
だけど、井戸水を浄化しなければ、畑を襲う虫はいなくならない。
どうしたもんかな。
そのときだった。
突然、目の前に円くて光る不思議な紋様が現れた。
驚いて見ているうちに、紋様は真ん中から縦にぱっくりと二つに割れて、そこが扉みたいに開いた。
「おい。うちのチビを返してもらうぞ。」
そう言いながら扉からルクスが姿を現した。
「賢者様!
無事か?」
ルクスに続いて、ピサンリとアルテミシアも姿を現した。
手に得物を持って身構える三人の前に、僕は慌てて飛び出した。
「うわっ、えっ、ちょっ、待って?
おっちゃんは僕を助けてくれたんだ。
そんな、武器とか、やめてよ!」
両手を広げてみんなの前に立ちながら、僕は大きな声で言った。
みんな目を丸くして、僕の顔を見ていた。
「…お前、悪い虫使いにさらわれたんじゃ…?」
ルクスが最初に口を開く。
僕はぶんぶんと首を横に振った。
「おっちゃんは悪い虫使いじゃないよ。
むしろいい虫使いだよ。
みんなのために、いろいろ陰で暗躍中なんだよ!
どんなにおっちゃんがひとりで頑張ってるのか、話しを聞いてよ!」
「…そこは今はどうでもいい。
お前のことをさらっていったのが問題なんだ。」
「さらわれたんじゃない。
僕、自分からついてきたんだ。」
おっちゃんは僕の後ろに隠れて小さくなりながら、ぶるぶると震えていた。
「…お、お、お、おたすっ、おたすけっ…」
「とにかく、そんなのは引っ込めてよ。
危ないでしょ?」
僕がみんなの手に持っている得物を睨むと、あ、と言って、みんな一斉に引っ込めた。
僕の後ろで、ほーっ、と大きなため息が聞こえた。
「怪我は?
どこも、なんともないのか?」
僕の傍に近づいて、アルテミシアは、頭やら背中やら手足やら、一通り軽く撫でた。
痛いところなんかなかったんだけど、ちょっとくすぐったくて、僕は思わず逃げた。
「?どこか痛いのか?」
「痛くないよ!
くすぐったかっただけ。」
僕は慌てて説明した。
アルテミシアは心配そうにひそめた眉をちょっとゆるめて、そうか、と小さく笑った。
「おっちゃんは僕を助けてくれたんだ。
僕が、畑で笛を吹いていたら、虫がたくさん寄ってきて。
それを町の人に見られちゃって。
それで僕、虫使いだと思われて…」
たかどうかは、本当は定かではないんだけど。
でも、あんなに悲鳴、上げられてたもんね。
「ああ、それは、ちょっと町のやつらも言ってた。
お前のこと、実は悪い虫使いの仲間なんじゃないか、とか。
そんなことあるわけない!って言っといたけどな。
…いや、しかしそれは、俺、嘘ついてしまったことに、なるのか…?」
ルクスは首を傾げながら僕とおっちゃんの顔を見比べた。
僕は慌てて言った。
「だから、おっちゃんは、悪い虫使いじゃないから。
町の人にもそれは説明して、分かってもらわないといけないと思う。」
「とにかく、君たちの話しを聞かせてもらえるかな。」
アルテミシアはそう言うと、さっさとその辺に座り込んだ。
そうじゃのう、とピサンリもそこへ座った。
ルクスもそうだなと言って座りながら、ちょっと小さく舌打ちをした。
「ったく。それにしても、だな。
どこでも笛、吹くんじゃない。
お前の笛には、なんか力?みたいなもんがあるんじゃないか?」
ルクスは困ったみたいに、ちょっと怒ったみたいに言った。
「鳥だの虫だの、前から寄ってきておったからのう。
しかし、ここじゃ、虫を呼ぶのはまずい。」
ピサンリも僕を諭すようにじっと見つめた。
「うん。ごめんなさい。」
それは僕も迂闊だったと思う。ごめんなさい。
「しかし、ここの森はまた、大変そうじゃのう。」
ピサンリは道の反対側の白く枯れた森を見渡してため息を吐いた。




