表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/243

97

祓い虫。

おっちゃんは虫たちをそう呼ぶことにした。

虫は白く枯れた森の穢れを祓い、畑の穢れを祓っている。

そんなふうに考えたからだった。


祓い虫は白枯病にかかった木や作物を率先して食べる。

それが、結果的に、これ以上、白枯病を拡げないようにしている。


どうして虫たちがそんなことをしているのかは分からない。

もしかしたら、白く枯れた森で生まれた祓い虫は、白枯病に侵された木が大好物で、畑の作物にも白枯病の匂いかなにかがうつっているから、食べているだけかもしれない。


ただ、祓い虫のおかげで、白枯病は、健康な森に広がらずに食い止められたのは事実だ。


虫たちは、白く枯れた森を食べつくす前に、畑へと飛び立った。

それは、森のほうはいったん大丈夫になったから、その外へ水脈を通じて白枯病が広がるのを防ぎに行った、なんて考えるのは、あまりにも、自分たちにとって都合のいい解釈だろうか。

虫は単に、白枯病にかかって枯れた木より、ほんのり白枯病の匂いのするまだ枯れてない作物の方を、美味しいって感じるってだけかもしれないけれども。


白枯病は、森のかかる病だ。

人のからだに何か影響があるのかは、分からない。

けれど、僕は、前に、白枯病にかかった木の崩れた粉を吸って、具合が悪くなったこともある。

確かに、僕は、一般的な人よりも、からだは丈夫じゃないかもしれないけど。

それでも、白枯病は、少なくとも、人にとっても、からだにいい、ものではないとは思う。


「祓い虫たちは、あちこちの畑を荒らし、そうして、とうとう、最後に行きついたのは、小さな池でした。

 おそらくそこは、わたしが昔聞いた、白く枯れた森に降った雨水が地中を流れて地上に湧き出す場所、なのだと思います。

 そこに辿り着いた虫たちは、みな、その水に飛び込んでいきました。

 そして、そのまま、虫の群れは消滅しました。」


「群れごと消滅したの?

 なんだって、そんなことを?」


「さて。

 それはわたしにも分かりません。」


おっちゃんはまた困った顔をして、首を傾げた。

確かに。虫の考えって分からない。


「わたしはひとりになってしまって、とりあえず、途方にくれました。

 しかし、いつまでも、そこにいても仕方ありません。

 来た道を引き返すことにしました。

 ところが、その帰り道、わたしはまた困ったことに気づきました。

 いったんは祓い虫によって壊滅させられた畑に、再び、作物が植えられていたのです。」


それはまあ、考えてみれば、そうするよね、って思う。

白枯病なんて、この辺の人たちは知らないわけだし。


「わたしは気になって、しばらくはその近くに留まっていました。

 しかし、再びその畑に作物が実るのを見て、わたしは迷いました。

 この作物は白く枯れる病に侵されているかもしれない。

 けれど、見た目はまだ白く枯れてはいないし、おそらく、この分なら、枯れる前に収穫されてしまうことでしょう。

 しかし、果たしてこの作物は、人の食べていいものだろうか?

 思い悩んだわたしは、太鼓をたたいてみることにしました。

 あの虫たちは、白く枯れた森から現れました。

 もしも、今またこの畑が、あの病に侵されているのだとしたら、ここにまたあの虫たちは現れるかもしれない。

 虫が現れなければいい、と思いました。

 現れない、ということを見届けたら、この地を立ち去ろうと。」


「だけど、虫は、現れたんだ?」


おっちゃんは辛そうにうなずいた。


「ええ。

 どこからともなく。大量に。

 あのときと同じでした。

 そうして、黒雲のような群れになると、一斉に畑に襲い掛かりました。」


それは、つまり、畑の作物が穢れていた、ってことだ。

そんなものは、誰も食べないほうがいい、のには違いないけど。


「…それじゃあ、おっちゃんは、悪い虫を呼ぶ虫使いみたい、だよ…」


「わたしもそう思いました。

 畑を作っていた人たちには申し訳ないと思いました。

 けれども、そのときは、ただ恐ろしくて、逃げてしまいました。」


もしかしたら、その光景は、誰かに見られていたのかもしれない。

そうしてその噂が拡がって、虫を呼ぶ悪い虫使いがいる、ってことになったのかも。


「けれど、たとえわたしが呼ばなくても、病が進行すれば、虫は自然に現れます。

 それを避ける方法は、ひとつしかありません。

 あの森から流れる井戸の水を使わないこと。

 わたしはそれをなんとか伝えらえないかと思いました。

 そこで、あの町へ行って、畑で働かせてもらうことにしました。

 森の民に憧れて遠い町から来た、ということにして。」


けれど、それはやってみると、とても難しいことでした、とおっちゃんはうなだれた。


「あの広大な畑には、いくつも井戸があって、その井戸水は立派な汲み上げ機で汲み上げられています。

 汲み上げ機を動かし続ける人夫もいるくらいです。

 その水は、いったんは溜め池に貯められてから、用水路を通じて、畑全体へと送られている。

 これを止めるなんて、土台、無理なことだと思い知りました。」


おっちゃんは深いため息を吐いた。


「けれど、このままでは同じことの繰り返しになる。

 なんとかならないものか、と考え続けました。

 そうして、ふと、気づきました。

 虫はまだ、畑の作物を喰い荒らしてはいないのです。

 もしかしたら、畑の穢れは、少しずつ蓄積していくもので、ある一定のところを越えると、虫たちは一斉に襲い掛かるのじゃないだろうか。

 ならば、そうなる前に、何か打つ手はないだろうか。

 そして思い付いたのです。

 溜め池の水を畑に撒く前に浄化することはできないか、と。」


そうか。

畑の穢れはその水のせいなんだから。

その水を浄化できればいいんだ。


「そこで思い出したのは、あの水脈の果ての池で、一斉に水に飛び込んだ虫たちのことでした。

 あれも、もしかしたら、穢れを祓っていたのかもしれない。

 わたしは、こっそり太鼓をたたいて、ほんの少しだけ、虫を集めました。

 そうして、溜め池に連れて行きました。

 思った通り、虫たちは、溜め池へと飛び込んでいきました。

 それを何度も繰り返しているうちに、畑で虫が大発生する事態は、避けられるようになりました。」


「つまり、おっちゃんは、虫を集めて、水を浄化してたんだ。」


それは、むしろ、人たちにとっては、有難い虫使い、じゃないか。


「そんなことを繰り返すうちに、少しずつ、虫のなかにも力を持つ虫がいることに気づきました。

 そんな虫は、一度消えても、また次も召喚にも応えて現れていたのです。

 そのうちに、わたしに話しかけてくるものも現れました。

 彼らの会話は、言葉ではなく、頭のなかに、直に思考を送ってくるのです。」


それって、おっちゃんが前に言った、レイカク、ってやつかな?

ブブともそんなふうに話しをしてたんだ。


「わたしは虫たちからいろんなことを教わりました。

 この虫たちは、正確には、生き物ではありません。

 虫の姿をしているけれど、本当は、虫ですらありません。

 彼らは姿を消しても、滅ぶのではない、とも知りました。

 彼らは、自分たちは白枯虫を食べるためにいるんだ、と言います。

 白枯虫は、白く枯れた森や、その森の水や、その森の水で育った作物のなかにたくさんいて、彼らはとにかくそれを全部、食べなければいけないのだ、と。

 彼らは白枯虫とは対局にあるもので、けれども、白枯虫のないところには存在しない。

 そういう存在なのだそうです。」


僕はブブをちらっと見た。

ブブって、そんなにすごいものだったんだね。


「おっちゃんって、なんか、すごく立派な人だね?」


僕がそう言うと、おっちゃんは困った顔をした。


「いいえ。

 そもそも、わたしには、一度、虫を呼んで、そのまま逃げてしまった負い目もあります。

 それに、たとえ、ここの溜め池を浄化したとしても、水脈の水すべてを浄化できるわけではありません。

 大元のあの森を浄化しない限り、白枯虫は生まれ続け、祓い虫もまた生まれ続ける。

 わたしのいない場所の畑は、やはり、虫に襲われている。

 …これだけじゃ、根本的な解決にはならないのですよ。」


そう言ってため息を吐いた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ