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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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夕食のとき、僕はみんなにおっちゃんのことを話した。

みんな僕の話しを聞いて、ひどく驚いていた。


「畑が穢れておる?と言われたのかの?」


ピサンリはそう言って首を傾げた。


「はて。

 あの畑からは毎日作物が出荷されとるが。

 買って食べたお客が、お腹を壊したなどいう話しは、聞いておらんがのう。」


「俺も、町の連中から、そんな話しは聞いてないな。」


ルクスも首を傾げた。


「そもそも、畑が穢れている?ってのは、どういう状況なんだ?

 枯れたり、荒れたりもしていないし、青々と茂ってる。

 むしろ、あれほど見事な畑は、なかなかないと思うぞ?」


「そうじゃよ?

 あれほど念入りに手入れされた畑はわしもそうそう見たことないわい。

 皆の衆が、毎日、汗水たらして、世話しておるからのう。」


そうだよね。うん。そこは僕もそう思う。


「祓い虫、といったか、その虫。」


アルテミシアはブブのほうをちらっと見て言った。


「その虫には、確か、赤い火の効果があったんだよな。」


それに、ルクスはぽんと手を叩いた。


「だな。

 もし、畑になんらかの穢れがあったとしたら、赤い火は畑にも効果があったんじゃないか?

 だけど、あのとき赤い火は、虫だけを焼いて、畑は焼かなかった。

 むしろ穢れているのはその虫のほうなんじゃないか?」


そうだ。

だからこそ、僕らは、町の人たちにも受け容れてもらえるようになったんだ。

畑を傷つけずに、畑を傷つける虫だけ退治したから。


「あんまり人を疑いたくはないけど…

 あのおっちゃんは、果たして信じられるのか?」


ルクスはちょっと眉をひそめた。


確かにそう言われれば、その通りだ。

直接会ってるときのおっちゃんは、すっごく穏やかで、善い人そうに見えるけど。


実際のところ、虫を呼んで作物を喰い荒らさせてるのは、事実だ。


畑が穢れてる、っておっちゃんは言ってたけど。

町の人たちも、ルクスたちも、誰もそんなこと思ってない。


それでも、なんか心に引っかかって、僕はブブを見た。

だけど、大きくて無表情なブブの目には、僕のほしい答えは何も浮かばなかった。


「おっちゃんに会ったこと、町の人たちにも、言ったほうがいいかな?」


僕は恐る恐るみんなに尋ねた。


そんなことを言ったら、僕はどこかに閉じ込められて、尋問、とかされるのかな。

ここの町の人たちは、まだ、なんとなく、怖いんだ。

ずいぶん、親切にしてもらってる、ってのは分かってるんだけど。


ルクスは僕の不安を読み取ったのか、いや、と首を振ってくれた。


「正直、今の話しに、伝えるべき内容は、そうはないと思う。

 あのおっちゃんが、虫を呼ぶってのは、ここの連中も知ってるわけだし。

 だから、処刑されかかってたんだからな。

 畑の穢れ云々のところは、おっちゃんがそう言ってるってだけで、実証されたわけじゃない。

 あとは、そうだな。

 まだ、この近くにいるらしい、ということだけは、伝えておくかな。

 なら、俺が、それらしい影を畑で見かけた、ということにしよう。」


「そんなことしたら、ルクスが尋問とかされるんじゃ…?」


心配する僕にルクスはけろっと返した。


「そのときは、お前に聞いた話をするだけだ。

 お前が尋問を受けるのと、変わりはない。 

 だいたい、言葉の通じないお前と話すより、俺と話すほうが、ここの連中も手間が省けて助かるだろう?」


そう、なのかな?


それより、とルクスは言った。


「警戒は必要だな。

 まだ近くにいるってことは、もしかしたら、また虫を呼ぶタイミングを図っているのかもしれん。」


「ここのところ、畑では、ときどき、虫は見かけるものの、一匹、二匹、ずつじゃ。

 あのときのような、大群は見かけんのう。」


ピサンリはルクスを安心させるように言った。


「まあな。

 たとえ虫の大群が襲ってきたところで、ピサンリか俺がいれば、脅威にはならない。

 俺たちがいる限り、ここに災厄は絶対に起こさせない。」


ルクスはそう言って胸を張った。


「俺たち、あのときは、何も知らなくて、おっちゃんを逃がすような真似をしてしまった。

 その罪滅ぼしのためにも、ここの畑は守らなくちゃ、な。」


それはルクスの決意表明みたいだった。


「ここの町の連中だって、親しくなってみれば、皆、悪いやつじゃない。

 最初こそ、おっかないやつらかと思ったけど、知り合ってみれば、皆、真面目に働く気のいいやつらだ。

 そんなやつらを困らせようってんだったら、そいつはやっぱり放ってはおけない。」


「しかし、いつまでも、そう言ってもいられないだろう?

 あたしたちの目的地は、ここじゃない。」


アルテミシアの淡々とした声に、その場の全員、はっとした顔になった。

そうだった。

今はどうしようもなくて、足止めされてるけど。

僕らは、まだ先に行かなくちゃいけないんだ。


ふーむ、とピサンリは首を振り振り言った。


「ここの誰かが、赤い火を使えるようになれば、よいのじゃがのう。

 エエルの石を置いて行くことになるかもしれんが、先に進むためには、いたしかたあるまい。」


「エエルの石か。

 それって、ピサンリのじいさまが作ったんだったよな?

 だったら、また作ってもらえばいいし。

 なんなら、作り方も教わっておきゃあいい。

 とっとと目的地へ行くのが、誰にとっても一番いいってこった。」


ルクスはあっけらかんと笑った。


そうだよね。

僕らの旅の目的は、ピサンリのじいさまに会うこと。

そして、エエルや紋章について、いろいろと教えてもらうことだ。


「なら、明日も頑張って、紋章描き、させるかなあ。」


ルクスはちょっと背伸びをしてから欠伸した。


「どうじゃ?

 できそうなやつはおるのか?」


ピサンリに見つめられたルクスは、曖昧に視線を逸らせた。


「そう、だ、なあ…

 いや、そう、だ、なあ…」


ルクスのその答え方だと、難しそう、なのかな?


僕も前にちょっとだけ、練習してみたけど、全然、だめだった。

ルクスやアルテミシアはすらすらとできるようになって、本当にすごいと思う。

アルテミシアなんて、自己流に作り変えちゃうまでするんだから、本当、びっくりだ。

もっともそんなアルテミシアも、人に教えるのは、さっぱりみたい。

なかなかうまくいかないもんだね。


しばらくして、町には、おっちゃんの似姿を描いた張り紙が、あっちこっちに張り出された。

張り紙には、悪党虫使い、捕まえた者には、報奨金を出す、と書いてあった。

その報奨金が、高いのか安いのかは、僕には分からなかったけど。

それ以降、町の人たちの間では、悪党虫使いを探そう、というのが流行りだした。

それと同時に、虫使いの影を見た、という噂も、たくさん聞かれるようになった。

あれが全部本当なら、おっちゃんは、町や畑のありとあらゆる場所に、同時に現れてるってことだけど。

その噂のなかには、ルクスが畑でおっちゃんの影を見た、ってのも混ざっていたけど。

もっと具体的で、もっとすごい噂もたくさんあったから、いつの間にか、ルクスの話しなんてのは、すっかりそのなかに紛れてしまっていた。







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