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旅の人たちが郷に滞在するのは一晩だけで、明日の朝にはまた出発することになっていた。


みんな、一緒に来ないかって、誘ってくれた。

ことに、オルニスは、ずっと僕の腕のところを持って、離さなかった。


「なあ?行こう?一緒に行こうや。

 せっかく友だちになれたのに、一晩きりでお別れだなんて、寂しいじゃないか。」


それは、ちょっと同意する。


「それに、むこうに行けば、君たちの郷の仲間とだって再会できるかもしれないだろ?」


それはちょっと、どうかな、って思う、けど。


「…本当に、僕らの郷のみんなも、行先は同じなのかな?」


「同じに決まってるだろ?

 森の民はみんなアマンの地を目指すんだから。」


「あまんのち?」


その名前を聞いたのは初めてだった。


「なんだ、知らないのか?」


「僕らの郷のみんなは、彼の地、とか、至福の地、とか言ってた。」


「そうとも言う。

 けど、本当の名前は、アマンの地、っていうんだぞ?」


オルニスは地面に枝で絵を描きながら説明を始めた。


「アマンの地ってのは、こっから、延々、延々、と、日の沈む方へ行ったところに、ある。

 うんと、うんと、うんと、遠くだ。」


走りながらずーっと長い線を描いて行って、そのむこうに、ぐるっと丸をつけた。


「まあ、このくらい遠くかな。」


戻ってきながら、オルニスはちょっと得意そうに胸をそらせた。


「え?でもさ、この森って、そっちへ真っ直ぐに行くと、行き止まりなんだよ?」


僕は、オルニスの描いた長い線の手前のところに、バツをつけた。


「え?行き止まり?」


途端に、オルニスは不安そうになった。


「そうだよ。

 こっちに延々、三日くらい歩いたところにはさ。

 天まで聳える大きな崖があるんだ。

 とても高い崖で、てっぺんはどこまであるのか全然見えない。

 それに、その崖はさらさらと崩れやすくて、上ろうとしても上れない。

 ロープをかけようにも、杭も打てない。」


僕らも仲間を追いかけてその崖までは行ったけど、どうしてもその崖を越えることはできなかった。


「郷の仲間も、お日様の沈む方へ行くって言ってた。

 だから必死に追いかけたんだけど、この崖に行く手を阻まれたんだ。」


「じゃあ、こっちから、とか、こっちから、とか、回り込めばいいんじゃないの?」


オルニスは僕のつけたバツ印を迂回するように矢印を描いたけど、僕はその矢印の先にもバツを並べて描いた。


「だめなんだよ。

 こっちも、こっちも。

 延々、崖は続いているんだ。」


「…そんな、それじゃあ、僕らだって、どうやって行けばいいんだ?」


ちょうどそこを通りかかった族長さんに、オルニスはその話を伝えた。

けれど、族長さんは、ああ、とこともなげに教えてくれた。


「こちら側に十日ほど進めば、崖が途切れるところがあるのですよ。

 ここから、こう回り込めば、なだらかな坂があって、崖の上へと出られるのです。」


族長さんは僕の描いたバツ印にいくつか描き足したむこうに、通り抜けられる道を描いた。


「郷のみなさんも、おそらく、このう回路を取られたのでは?」


そっか。そうだったんだ。

僕は目を丸くして、族長さんの描いた絵を見ていた。

僕らも崖に沿って数日は行ってみたけど。

いくら歩いても崖に終わりは見えなくて、諦めて引き返した。

だけど、もう少し長く歩き続けていたら、もしかしたら、そのう回路を見つけられたのかもしれない。


「どれほど長い壁であっても、いつかは途切れるところがあるものです。

 ただ、ここまで長いとね?

 その事実を知る者と一緒ならばともかく。

 流石に、信じて歩き続けるのも、なかなかに難しいことでしょう。」


族長さんは慰めるようにそう言ってくれた。


「うちには物知りのおじいさまもいらっしゃるし、安心だろう?

 なあ、だから、一緒に行こうや。」


オルニスはますます強く僕の腕を引っ張った。


「これ、オルニス。あまり無理を言ってはいけませんよ?」


族長さんはそう言ってやんわりとオルニスをたしなめた。

それから僕のほうにむき直って、穏やかに微笑みかけた。


「もちろん、あなた方がそれを望むと言うのなら、共に行きましょう。

 わたしたちは喜んであなた方をお仲間に迎え入れます。

 しかし、どうしたいかは、あなた方自身が決めなければなりません。」


僕は、またちょっと、考えた。


いろんな話しをして、一緒にご飯も食べて、この人たちは信頼できるって、よく分かっていた。

すっかり親しくなれた仲間と、また離れるのは、すっごく寂しい。

この人たちの目的地も、僕らの郷の仲間の目指していたのと同じ場所だ。

ついて行けば、もしかしたら、むこうでまた、郷のみんなとも会えるかもしれない。


なのに、一緒に行きますと、どうして僕は即答しないんだろう。


僕はそんな自分が不思議だった。


すると、そんな僕に、族長さんはまた柔らかく微笑みかけた。


「残りたいのであれば、そうしてもいいのですよ?」


残りたい、のかな、僕は。

よく分からない。


一度は仲間たちと一緒に出立したはずだった。

けど、忘れ物をして、どうしても取って来たいって思って。

取りに戻った間に、置いて行かれてしまった。

僕らは仲間を追いかけようとしたけど、道が、分からなかった。


もし、あのとき、忘れ物をしなかったら。

取りに戻ったときに、置いて行かれなかったら。

仲間に追いつくことができていたら。


僕はきっと、今頃、彼の地にむかって歩き続けていたに違いない。多分。


「あなた方は、シードなのかもしれない。」


ぽつり、と族長さんは言った。


「しーど?」


「種。

 この世界に、お仲間たちが遺した、同族の種。」


「同族の、種?」


「あなた方をあえてここに遺した、ということです。

 誰も、喜んで、この世界を捨てて、見知らぬ土地へと行きたいわけじゃない。

 ただ、そうするしかないだけ。

 だけど、ほんのわずかな望みを遺しておきたい。

 あなた方は、同族のみなさんの希望を託されて、この世界に遺された種なのかもしれません。」


「…種…」


「過去に一度、世界が滅びかかったとき、やっぱり森の民たちは、アマンの地へと多く旅立ったそうです。

 けれど、そこから何人か、零れ落ちた者もいた。

 今、この世界に生きるわたしたちはみな、その零れ落ちた者たちの子孫だとも言います。

 だから、種、なのです。」


「種、か。」


「アマンの地へむかい、そこから帰ってきた人はいません。

 そこは至福の地だとは言うけれど、本当はどんな場所なのか、誰も知らないのです。

 もっとも、素晴らしい土地だからこそ、誰も、戻ってこないのかもしれませんが。」


族長さんはまた優しい目をして僕を見た。


「どちらを選んでも、それはあなた方の選択です。

 何も知らされずに、あなた方は置いて行かれた。

 同族のみなさんにとっては、本当のことをあなた方に告げることは辛くてできなかったのかもしれません。

 しかし、その時点では、それはあなた方の意志ではない。

 それを知った上で、あなた方自身がどうしたいか。

 決めるのは、あなた方です。」


どうしたら、いいんだろう。

仲間たちの行った方も分からずに、もう無理だって思っていたことが、突然、叶うことになった。


ルクスとアルテミシアともよくよく相談しなくちゃ。

僕は二人を探そうと走り出していた。









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